PROFILE プロフィール

グレン・ミラー (Glenn Miller)
1904年アメリカ・アイオワ州生まれ。26年にベン・ポラック楽団にトロンボーン奏者として参加したのがプロの第一歩。2年後、作編曲の勉強のためジョセフ・シリンガー教授のもとへ行き、この時にピアノに向かいながら作曲をした際に出来たのが「ムーンライト・セレナーデ」とされている。37年に自分の楽団を結成し、30年代末あたりから40年代前半にかけてミラー・サウンドの全盛期が訪れる。1939年には「ムーンライト・セレナーデ」他、「サンライズ・セレナーデ」「虹の彼方へ」「ウイッシング(Will Make It So)」など17曲が年間トップ10にチャートイン。1940年にはダウンビード誌で最も人気のバンドと評価され、トップ10に入った曲は31曲。「タキシード・ジャンクション」は初週に11万5千枚を売り上げた他「イン・ザ・ムード」「ウッドペッカー・ソング」の3曲でビルボード・チャート26週連続1位を達成。1941年には同バンドが出演した映画『銀嶺セレナーデ』の挿入歌となった「チャタヌーガ・チュー・チュー」はビルボード・チャートで9週間1位となり、レコード・セールスは120万枚。初のゴールドディスクとなった。

人気絶頂のなか1939年に始まった第二次世界大戦のため愛国心の強いミラーは、自らの意志で第二次世界大戦中の軍に籍を置き、空軍バンドを率いて各地で慰問演奏を続けた。この辺りの様子は、1954年の映画「グレン・ミラー物語」に描かれた通りである。1944年12月、慰問演奏の一環としてフランスからイギリスへ向かう軍用機と共に霧深き英仏海峡に消えてしまった最期もよく知られているエピソード。

主なき後もグレン・ミラー・楽団はリーダーを替えながら存続しており、あの煌びやかでスウィートなミラー・サウンドは、今もポピュラー音楽ファンから熱烈な支持を受けている。

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