9月13日に2PACことトゥパック・アマル・シャクールが銃弾に倒れてから今年で丸7年。
そこで命日である9月13日に向けて、InterFM・Hip/Hop R&Bプログラム 『76 JOINT 1 TRAFFIC JAM』にて、改めて偉大なるラッパー“2PAC”を大フューチャーする事が決定!!毎日オリジナル・グッズのプレゼントもありますので要チェック!!
応募締切:9月14日(日)24:00到着分まで
当選者は発送をもって変えさせて頂きます。

下記事項(1)〜(7)をご記入の上、次のメールアドレスにお送り下さい。
※お一人様一通の応募とさせていただきます。

送り先:2pac@jvcmusic.co.jp

記入事項:
件名「2PAC&JOINT1 ステッカープレゼント」
(1)氏名
(2)郵便番号
(3)住所
(4)年齢
遂に日本編集によって実現するデス・ロウ時代の2パック(マキャヴェリ名義による録音、およびデス・ロウ発のサントラも含む)のベスト・オブ・ベスト!!
しかもこのアルバムのリリースで今一度、彼の歴史的な功績を偲ぼうと、9月13日の彼の命日に発売することが決定。
解説/歌詞/対訳付、豪華ブックレット、豪華パッケージ、しかも「カリフォルニア・ラヴ」のビデオをCDエキストラ収録!
更に、“Thug Nature”、“Lost Souls”、といったサントラにしか収録されていなかった名曲群に加え、“Dear Mama”、“I Get Around (Remix)”といったデス・ロウ以前の名曲も特別追加収録!!
まさに究極のアニヴァーサリー・アルバムの登場です。
THUG NATURE:サグ・ネイチャー
CAN'T C ME(FEATURING GEORGE CLINTON)
:キャント・シー・ミー(フィーチャリング・ジョージ・クリントン)
HAIL MARY/MAKAVELI:ヘイル・メアリー/マキャヴェリ
TOSS IT UP/MAKAVELI:トス・イット・アップ/マキャヴェリ
LOST SOULS(FEATURING OUTLAWZ)
:ロスト・ソウルズ(フィーチャリング・アウトローズ)
DEAR MAMA:ディア・ママ
AMBITIONZ AZ A RIDAH:アンビションズ・アズ・ア・ライダー
NEVER HAD A FRIEND LIKE ME:ネヴァー・ハッド・ア・フレンド・ライク・ミー
HOW DO U WANT IT(FEATURING K-CI & JOJO)
:ハウ・ドゥ・ユー・ウォント・イット(フィーチャリング・K-CI & JOJO)
LATE NIGHT(FEATURING DJ QUIK & OUTLAWZ)
:レイト・ナイト(フィーチャリング・DJ クイック&アウトローズ)
I GET AROUND(WITH DIGITAL UNDERGROUND)〔REMIX〕 :アイ・ゲット・アラウンド(ウィズ・デジタル・アンダーグラウンド)〔リミックス〕
RUN THA STREETZ(FEATURING MICHEL’LE, MUTAH, STORM)
:ラン・ザ・ストリーツ(フィーチャリング・ミッシェルレ、ムータ、ストーム)
SMILE FOR ME NOW(FEATURING SCARFACE)
:スマイル・フォー・ミー・ナウ(フィーチャリング・スカーフェイス)
ALL BOUT U(FEATURING SNOOP DOGGY DOGG, NATE DOGG, FATAL AND YAKI KADAFI):オール・バウト・ユー(フィーチャリング・スヌープ・ドギー・ドッグ、ネイト・ドッグ、ファタル・アンド・ヤキ・カダフィ)
I AIN'T MAD AT CHA(FEATURING DANNY BOY)
:アイ・エイント・マッド・アッチャ(フィーチャリング・ダニー・ボーイ)
 1971年6月16日、NYのハーレム生まれ。本名のトゥパック・アマル・シャクールは16世紀最後のインカ皇帝の名から取られたもの。
 高校を中退したあと、単身ベイエリアでドラッグ・ディーラーに。ホームレス生活を続けながら、“MCニューヨーク”という名前で活動開始。その後、同地の大型ラップ・グループ、デジタル・アンダーグラウンドに加入。その活動と並行して、91年の11月には初ソロ作「2PACALYPSE NOW」をリリース。92年になると、1月に公開された彼の映画初出演作「ジュース」が大ヒットし、この時点で彼は完全に独り立ちする。93年に彼はソロ第2作「STRICTLY 4 MY N.I.G.G.A.Z」を大ヒットとさせ、名実共にナンバー・ワン・ラッパーに。映画出演ではジャネット・ジャクソンの相手役を務めた「ポエティック・ジャスティス」で名声を高めるが、数々の事件、不祥事でラップ界最大の問題児として扱われるようにもなる。そんな中、94年には映画「ビート・オブ・ダンク(原題:ABOVE THE RIM)」に出演、また彼が率いるグループ、サグ・ライフの「VOLUME 1」が大ヒット。94年11月30日にタイムズ・スクエアのスタジオの外で何者かによって5発もの銃弾を浴びるが、一命は取り留める。この犯人はショーン・パフィ・コムズ、ノトーリアスBIGではないかと勘ぐったパックとノトーリアスBIGとの関係はこれを境に悪化。
 95年2月にレイプの罪状で4年6ヶ月の刑期を言い渡され、刑務所に入る。その間に3作目「ME AGAINST THE WORLD」が発売、彼にとって初のナンバー1ヒットになる。
 その頃にライカーズ・アイランドの刑務所でニコロ・マキャベリ(15世紀イタリアの政治家)の”君主論”などの書物を読み、更生することを決意。しかし、彼は面会に頻繁にやって来ていたデス・ロウ・レコードのシュグ・ナイトの熱意でデス・ロウ入りを決意。シュグが140万ドルの保釈金を用意、パックは服役9ヶ月で出所、デス・ロウとの契約に踏み切る。96年2月デス・ロウからCD2枚組の「ALL EYEZ ON ME」をリリース、これはポップ・チャートでもナンバー1を獲得。
 デス・ロウ時代には「グリッドロックド」「ギャングシティ(原題:GANG RELATED)」といった映画にも出演、まさに人気はピークを迎えていた。
 そんな中、パックはデス・ロウ VS バッド・ボーイを中心とした東西ラップ抗争に関わり、激化。
最終的にはバッド・ボーイ側から歩み寄られてこの抗争も終息したように思われた。
 その頃パックは“MAKAVELI”として最新作のレコーディングを行っていたが、9月7日に友人でマイク・タイソンの試合を観るためにラスヴェガスを訪れる。
この時、シュグ・ナイトと乗っていた車が銃撃され、シュグ軽症で済んだものの、パックは深刻で、すぐにユニヴァーシティ・メディカル・センターに運ばれる(この銃撃が何故起きたのかはよく分かっていないが、ギャング間の抗争とも、ヒップホップ東西抗争の挙句とも言われている)。
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