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 もともとは小学生の時に聴いたビートルズが最初で、名古屋のコメ兵(笑)で買ったガットギターが音楽へのスタートです。そして中一からFMを聴くようになって、フー、ストーンズにはまって、そうこうするうちに中三でピストルズ、クラッシュとか、パンクを聴いて「なんじゃこりゃー!」という感じではまりました。こんなギターなら私でもいけるかも・・・なんて(笑)。そして女子校に入学して最初の自己紹介の時に「バンド組みませんか」なんて言ってバンドを結成したんですが、せっかくバンドを組めたのに学園祭に出ようとしたら、「女の子がバンド?エレキ?とんでもない!」なんてバンド演奏は中止になってしまったんです。で、当時からモヤモヤが始まったわけです(笑)。結局、学園祭には出られなかったんで、当時近所にあった1時間300円とか500円とかの値段の貸しスタジオに集まって、みんなでお金を出し合って、スタジオ代のためにみんなオシャレもやめてバンドをやってましたね。

あと、インベーダーゲーム(笑)。私当時インベーダーゲームが得意中の得意で、「名古屋の人間がナゴヤ打ち出来なくてどーするかー!」ってくらい得意でしたからね。普通女子高生なんて「美」に目覚める年頃だと思うんですけど、もうその頃のお金の使い方といったら、髪型なんて床屋でチャッチャで済ませて、バンドのスタジオ代かインベーダーゲーム(笑)。で、そんなこんなで高校生活を楽しんでたんですが、ある時、確か高校の創立記念日の時だったと思うんですけど、石垣島に遊びにいったんですね。そしたらたまたま台風に出会ってしまって、一歩も外に出られなくなってしまったんです。で、しょうがないから泊まったホテルにあったインベーダーゲームずっとやってたんですよ。そしたらインベーダーの最中に声かけて来たのが事務所の社長だった。その時はそんなの知らないから、「今スゴイいいとこまでいってたのに話しかけてくんな!100円返してよ!」みたいな感じで(笑)。

で、「ちょっと話させてほしい」って事になったんだけど、最初は私のインベーダーゲームのうまさに惚れて話かけてきたんだと思ってた(笑)。そしたらインベーダーのうまさではなくて私の方で。で、こっちは貴重な100円無駄にしてむかつきながらも話を聞いたら、実は「かくかくしかじかで資生堂のCMのモデルを探している。もしよかったら来週撮影があるんだけど東京まで来てくれないか」と。「え?」みたいな。で、東京まで行って撮影して2週間くらいしたら「合格です」って連絡があって、そのCMに出たのがきっかけだったんです。そして、その資生堂のCMが流れ始めたんですが、そのCM見るたびに「うん、なかなかいいけど、私が出てるんだからCMソングも私が歌いたいわ。ねえ、なんで私じゃないの?」なんて今考えるとオッソロシイ事を(笑)社長に言ったんですよ。そしたら社長が「歌やりたいの?じゃ考えてみる」なんて話になって、いろいろあってビクターに決まったんですね。それが高二の時。

で、ちょっとポップなロックンローラー、みたいな感じで売り出してもらえるって最初に聞いてたんで、私はてっきりインビテーション(当時ビクターでロックをやっていたレーベル)に行けるものとばっかり思ってたんですよ。あの頃インビテーションにはARBもいたしアナーキーもいたし、絶対私はインビテーションだと思ってたら全然違う部署という事がわかって。そうこうしてるうちに突然「陽あたり良好」の主役に決まってしまったんですね。それもオンエアの直前くらいにほんとに突然。で、デビュー前に「陽あたり良好」に出てしまったので、どうしても役柄の「岸本かすみ」のイメージが強くなってしまって、しかも当時ビクターでデビューが同時期だった松本伊代さん、小泉今日子さんと3人でまとめられて、「伊代ちゃんキョンキョンさやかちゃん、アイドルだー!(笑)」みたいな感じになってしまって。「え?私もアイドル?」なんて感じで。私だけアロハなんか着てて一人だけ浮いちゃってたのに(笑)。

そんな流れがあって、「私の本当にやりたかった事が閉ざされちゃった」って事をその時は感じてしまったんですね。ドラマのオンエアがデビューより早かったんで、どうしても「伊藤さやか」より「岸本かすみちゃん」のイメージが先行してしまって。本当はデビュー曲の「天使と悪魔」もスッカスカのロックンロール調にしたかったんですけどね。当時は抵抗もしたんですが受け入れてもらえなかった。でも今このジャケット見るとこんな怒った顔でデビュー曲のジャケットに写ってるアイドルなんていないよね(笑)。今考えるとビクターもすごい頑張ってくれてたんだな、って思いますね。デビュー曲以降も、作る作品には妥協はしたくなかったんで、音作りから衣装からジャケットから、殆ど全部に関わっていましたね。だから当時のビクターのスタッフは悩んだと思う(笑)。だって「オケ作りから見ておきたい」なんて言うアイドルは当時いなかったから。

デビューアルバムが今で言うミニアルバムみたいな構成だったのも私のアイデアだったんですよ。スタッフみんなに話を聞いてもらって、納得してもらってあの形にしてもらったんです。それはやっぱり、ドラマよりも何よりも「音楽が一番好き」という気持ちが根底にあったから譲れなかったんですね。刹那的に「売れてる曲をまとめてアルバム」みたいな形にはしたくなかった。詞も「出来あがったものを歌うだけ」というのは出来なかったので、「じゃあチームで詞を書いていこう(注:作詞クレジットのHeart Boxの事)」という事になったり、頭脳警察とか好きだったんで「パンタさんに曲お願いしてみよう」とか、ARBのメンバーやボウイのマコちゃんとかに相談に乗ってもらったりとかしました。そのうちにロックへの気持ちが強くなっていってしまって、ビクターが売り出したいアイドル路線と、私のやりたい事のギャップがどんどん広がっていってしまったんですね。今だから言えるんですが、当時、あるレコード店に行った時なんか、お店の人に「伊藤さやかのレコード、アイドルのコーナーに入れてもらうと困るんですけどー」なんて言ったりしてましたね(笑)。「聴いてよこれ、全然アイドルじゃないでしょー!」なんて言って。で、せっかく「伊藤さやか」のコーナーがあったのに、勝手にロックの「ア行」のコーナーに移動させたりして、イーグルス、伊藤さやか、なんて。バカだよねー(笑)。それくらいロックに向かってたんです。

3枚目の『BROKEN GENERATION/フル・スロットルSAYAKA』 も、今考えると自分のやりたい事を相当やらせてもらってたんだな、って思いますけど、当時は若いから「120%自分の意見が通らないとこれはダメだ」なんて思ってて、ちょっとでも意見されると「サイテー、もうやめた!」なんて事言ったりしてました。で、ついには「ロンドンレコーディングしたい!」なんて事を言っちゃって(笑)。でもそれは海外で録音する事で他の仕事をシャットアウトして、一番やりたい「音楽」に専念したかったんですよね。当時テレビとラジオのレギュラーの数が物凄くて、録音に集中できる環境とか無かったんですよ。で「とにかくロンドンで録音したいんだ!他にわがまま言わないから!」なんて言って、スタッフに「それがわがままだろ!」なんて言われながら(笑)、エンジニアの山口州治さんに「州ちゃん行くよ!」なんて言ってマネージャーも連れずにスタッフだけでロンドン行きましたね。でも行きの飛行機では心細くて泣いたりしましたけど(笑)。

いろいろわがままもしましたが、結局ビクターのスタッフも事務所の社長も、私の「わがままなりの信念」みたいなものに気付いてくれて「しょーがねーなー」なんて言いながらも、いろいろやらせてくれたんですね。毎回自分なりのテーマを考えて曲、サウンド、アレンジを作っていってました。録音メンバーも北島健二さんとか鳥山さんとか、ポンタさんに後藤次利さん、白井良明さん、今考えても超豪華メンバーですよね。「これだけのメンツ揃えて何が不満なの!」って私がもし当時ビクターのスタッフだったら怒ってますよ(笑)。それでも当時は若かったから、やりたいロックができない事に対してまだ不満でしたね。取材なんかでも、「ロックはまだ早過ぎるよ」なんて言われてインタビュアーとケンカになった事もありましたね(笑)。

やはりスタートが「陽あたり良好」だった事で、アイドルとロックの間のジレンマはずっとあったんです。ですが、今にして思うと「陽あたり良好」があったおかげで今もこうしてファンの方に応援して頂いているわけで、「陽あたり良好」には感謝の気持ちで一杯ですね。こうして好きな事をやれたのも、かすみちゃんのおかげだったな、と今にして思いますねー。最近もスカパーとかで「陽あたり良好」の再放送やってるじゃないですか。そしたら最近原宿歩いてたら高校生くらいの若い男の子から「あー!」なんて声かけられて「陽あたり良好見てますよー!」なんて言われたりして(笑)。再放送なのに・・・。

―――最後にファンの皆さんに一言おねがいします。

「いろいろ待たせてしまってすみません(笑)。これからも、ゆっくりやりますので、皆さんもゆっくり気長に待っていて下さい!」

―――2004年2月17日 表参道にて
―――こんな具合で、実に2時間に渡ってさやかさんのマシンガントークが繰り広げられました。お会いした瞬間、余りの変わらなさぶりにスタッフ一同びっくり! 「さやかさん、20代でも通用しますよ!」今回はびっぷ!コレクション発売記念ということでビクター時代のエピソードを中心にお送りしましたが、本当はこれ以外にも「コンサート終了後に突然握手会事件」の話や、まもなく公開されるさやかさん出演の映画の話、当時のビクタースタッフとの感動の再会ありと、紙面の関係で全部掲載できないのが本当に惜しい盛り沢山の2時間でした!

インタビュアー:加賀谷裕之(MG2)
取材協力:岡本敏(オリコン)