坂本真綾「抱きしめて」Interview

――新曲「抱きしめて」は1月より放送がスタートするWOWOWオリジナルアニメ『火狩りの王』の第2シーズンのエンディング・テーマであり、大江千里さんが作詞・作曲を手掛けられたそうですね。今回はどのように制作が始まったのでしょうか。

アニメ『火狩りの王』では第1シーズンでもエンディング・テーマを担当させていただいていて、第2シーズンでもお願いしますというお話をいただいていたのはもう1年以上前のことでした。第1シーズンのエンディング・テーマ「まだ遠くにいる」は物語の戦闘シーンに合うような派手さと壮大な展開のある曲だったんですけど。同じような方向性でもう1曲となると難しいので、どういうイメージがいいですかとアニメの監督さんや制作スタッフさんとお話させていただきました。そんななかで意外にも「優しい」「可愛い」というようなキーワードを出してくださったので、「まだ遠くにいる」とは全く違う方向性でトライできるかなと言うことで、さらにイメージを広げていきました。その頃はちょうどアルバム『記憶の図書館』を制作していた時期だったんですけど、今回の新曲を大江千里さんに書いていただくことになりました。

――大江千里さんは現在、ニューヨークでジャズ・ピアニストとして活動をされていますから、今回のコラボには驚きでした。

そうですよね。だから今回のお話はちょっとお伺いしてみないとわからないという感じで始まったんですけど。私の担当ディレクターが以前に別のアーティストで大江さんに曲を書いていただいたことがあり、そうした繋がりもあってお願いさせていただきました。私は大江さんの「ラジオが呼んでいる」という7インチシングルを持っていて昔から聴いていましたし、渡辺美里さんも大好きでよく聴いていたんですが、大江さんが作曲されたものが多かったんですよね。美里さんの「好き」という曲もたくさん聴いていましたし、大江さんのコーラスが入っている曲も多くて。小さい頃からその声にすごく親しみを持っていましたから、まさか自分に曲を書いていただくことになるなんて思っても見なかったことです。

――前回、『火狩の王』のエンディング・テーマとして書き下ろした「まだ遠くにいる」とは全く違う方向性で制作がスタートしたということですが。「抱きしめて」は第2シーズンの物語の展開など、どんなことを意識しながら作っていきましたか。

そもそも「優しい」や「可愛い」というキーワードがどうして監督から出てきたかというと、話がクライマックスに近づくにつれて殺伐とした場面が増えてくるので、エンディングでは主人公の女の子の年相応の素の部分みたいなものを映像を含めて描きたいというイメージがあったようなんです。なので、お話の展開とはちょっと合わないように感じるけれども、どこかほっこりするような可愛い曲にしたいと。とはいえ私も声優としてこの作品に携わっているので、どんな話が繰り広げられているかはわかっていますし、作品自体のテイストもシリアスなので、いきなりエンディングでそぐわないほっこりとした可愛さになるのは嫌だったので、それらを私の中でどう捉えていくのがいいかを考えていきました。

――なるほど。どんな意味合いをもって「優しい」や「可愛い」に着地するか。

そうですね。作品の中で、主人公の少女を含めた登場人物が命をかけて旅をしている合間に、時々安心して眠れる場所にたどり着くことができるんです。そうするともう泥のように眠るので、長いいびきのシーンとか収録したりしたんです。監督からも「もうとにかく貪るように寝ている感じで」とか言われたりして。殺伐とした場面が増えてくるなかで、やっと眠れるとか、やっとありついた食べ物をかきこむように食べるとか、そういうシーンがおそらく意図的に挟まれているんです。私はなんかそれがすごくいいなと感じたんですよね、生きるということの生命力そのものに思えて。本当に安心できる場所で眠るということだって、私たちにとっては普通のことかもしれないけど、まさにこの作品に着手したとき、ウクライナでは戦争が始まったりしていて、そこでは本当に怖い思いをして夜を過ごしている人たちもいっぱいいる中で、子どもたちが安心して「今日は好きなだけ眠っていいよ」って言ってもらえる場所があったなら、あるいはそういう場所で「大丈夫だよ」って言ってあげられるような、そんな子守唄みたいな曲になればと思いました。アコースティックな楽器の音色で構成されているような、静かなんだけど希望を抱かせる明るい音楽を目指したいなと。大江さんと最初にリモート会議をさせていただいたときに、そんなお話をさせていただきました。

――だから「抱きしめて」は素朴な愛らしさだけではない、歌詞の行間に滲む切実さのようなものを感じさせる、とても深みのある歌に仕上がったんですね。

同じ星に生まれても、どこで生まれ育つかによって安心して眠れない子どもが、今もいるということを想像して。「大丈夫だよ」なんて簡単に言える言葉ではないですけど、心細いと感じている子どもたちの夜に一緒にいてあげられるような歌にしたかった。大江さんも海外にお住まいですし、大江さんの視点で世界のいろんな動きを見ていて共感してもらえる部分や、ご自身が発したいメッセージと重なる部分もあったと思うので、すごく理解して歌詞を書いてくださったんだなと感じました。

――「抱きしめて」が出来上がってきたときに真綾さんはどんなイメージを持って、どんな想いを込めて歌いましたか。

まずはこの「抱きしめて」というタイトルがシンプルでメッセージ性もあって、歌詞を読めば読むほど「抱きしめて」という言葉について色んな想いが浮かんできて。あなたの<感じる全てを 抱きしめて>といざなっているようにも受け取れるし、自分自身が抱きしめていないと消えてしまいそうなものを一生懸命抱きしめて確かめているようにも感じます。聴き終わったあとにしばらく考えちゃうような歌なんですよね。冒頭からずっと明るくて優しい旋律なのに<抱きしめて>の部分のコードがちょっとだけ寂しいのも、本当に言葉とメロディの関係によって景色や心情が違って聴こえるんだなと感じましたし。だから最後の<抱きしめて>を4回繰り返す部分は本当に難しかったんですよ。音楽的にはたぶん3回で終わっても自然なんですけど、敢えての4回なんです。

だからレコーディングのときもどういう<抱きしめて>で最後終わるのが正解なのか、何度も試行錯誤しました。

――聴き終わって、すごく余韻が残る仕上がりになりましたね。

言葉数もそんなに多くないなかで、優しいバラードなんですけど始まりから終わりまで糸がピーンと張ってるような独特な世界観があって。初めて聴いたときは可愛くて素敵な曲だなと思いましたが歌ってみたら難しさも感じました。大江さんとはできあがったものに関して特に話したりはしていないんですけど、私が伝えたかったことは色んな環境や状況の中でも自分の内側に感じたものや生まれたものを信じて大事にして生きて欲しいということで。つまりはそれが豊かさ、目に見える何かではないけれども、1人1人がものすごく豊かな感受性や感情を持っているから、それをなくさないでねってことなんです。

――この曲は捉え方によっては、目に見える景色や状況が荒れ果てていたとしても心のなかにある豊かさを抱きしめてと伝えているのかもしれないですね。

そうですね。私も大江さんと最初のリモート会議でお話をさせていただいたときは、とても怖いことが世の中で始まってしまって、でもこの曲が出るのは1年後だから、その頃にはもっと状況が良くなっていると信じていました。まさか世界の中で危機迫る場所が増えているなんて思ってなかった。この歌詞は読めば読むほど色んな情景が重なって浮かぶものですし、もちろん大人でも色んな気持ちで長い夜を過ごしている人がいると思うんです。何か悩み事があったり、学校に行きたくないなとか、色んな人がいると思うんですけど。大人でも子どもでも、何かにちょっと気持ちが塞いでいる人に、それでも朝、この優しいピアノの音で目覚めて窓を開けてごらんと、窓の向こうに目を向けさせてあげられるような曲になればなと。

――だからこの曲って絶対的な聖域であるための数分間なんですよね。

もしそんなことができるならって思います。聴く人の気持ちによって滲み方が全然違うんじゃないかな、心から気持ちいい朝だなと思っている日にも似合うと思います。

――サウンド面ではフルートやオーボエ、クラリネットなどの楽器が印象的です。河野 伸さんのアレンジですが、真綾さんの意見も反映された部分はありますか。

あんまり壮大になりすぎず、デモのときの素朴な雰囲気を残したサウンドでとお願いしました。この曲は河野さんが弾いてくださっているイントロのピアノがすごくいいんです。ご本人は何回か録音し直して、もっとお気に入りのテイクがあったんですけど、この「とりあえず1回やってみようか」というテイクの何気なくはじまっている感じがすごく好きで。河野さん的にはもっと細かい部分でこっちの方が良いと感じるテイクがあったようですが。誰かに聴かせようとかって心構えもせずに弾いたような、パーソナルであったかさを感じさせるこのテイクを河野さんと何度かやり取りを重ねて(笑)、使わせていただいたんです。

――本当にこのピアノの音色が自然な感じで始まるのが素敵ですよね。

パーソナルな雰囲気のあるピアノの演奏で、物語の入り口としてさりげなく始まった空気感がとても気に入っています。

――こうして完成した新曲「抱きしめて」ですが、『火狩りの王』の第2シーズンのアニメの展開も含め、皆さんにどのように受け取ってもらえるといいなと思っていますか。

アニメ『火狩りの王』の第2シーズンはここから怒涛の展開になっていきますので、「抱きしめて」がエンディングで流れたときにホッと一息つけるようなオアシス的な役割になってくれたらいいなと思います。作品を離れたところでこの曲だけ聴いても、「今日は『抱きしめて』を聴こう」って求めてもらえるような、静かだけれどエネルギーをもらえるような曲に仕上がっていると思います。夜明けをイメージさせるような歌詞もありますし、新年の雰囲気にも合っている曲だと思いますので、新しい1年を迎えて、また新しい気持ちで何かを始めたいようなときにも聴いてもらえたらと思います。

――2023年は「まだ遠くにいる / un_mute」のリリースから始まり、アルバム『記憶の図書館』のリリースやツアーなどもありました。1年を振り返っていかがですか。

今年はまだあまり寒さを感じないので、もう12月だということも信じられないほど(笑)、あっという間でした。ツアーでは体調不良などもあり、ご心配をおかけしましたが、年内に元気な姿を皆さんにお見せすることができて良かったです。2024年も年明けからライブもありますし、元気に過ごしていきたいです。さらに翌年の2025年はデビュー30周年になりますので、無事に30周年を迎えられるようなパワーを来年はしっかりと蓄えていきたいと思います。

Text : 上野 三樹