柴田淳「COVER 70’s」| ライナーノーツ&プロデューサー羽毛田丈史氏コメント

ライナーノーツ

デビュー丸11年目を迎える10月31日にリリースされる柴田淳のカヴァー・アルバム『COVER 70’s』は、デビュー10周年アニバーサリーのラストを飾る作品だ。
柴田淳とカヴァー曲というと、真っ先に思い浮かぶのはコンサートのアンコールで歌うアカペラ。ここではオーディエンスからの生リクエストに応え、オリジナル曲はもとより懐かしいカヴァー曲に至るまで様々な楽曲をアカペラで歌うというものなのだが、回が重なるにつれカヴァー曲の要望が高まり、今やすっかり人気の高い名物コーナーとなっている。そういう意味でも多種多様なカヴァー作品が発表されている昨今のブームとは別のところで、彼女とカヴァー曲の結びつきは決して珍しいことではない。もっと遡るとデビュー当時から、“しばじゅんの歌声でこの曲を聴いてみたい、あの曲も聴いてみたい”と、彼女の周辺の人たちからたくさんの声が寄せられ、そんな話を聞くたびに歌手として求められているという嬉しさを感じていたのだという。以来、“いつかカヴァー・アルバムを出したい”という願望が彼女の中に芽生えたのはごく自然な成り行きだといえる。
そんな想いがついに形となった。それがこの『COVER 70’s』である。
今作はタイトルが示す通り、収録されている楽曲は70年代にヒットした「異邦人」や「みずいろの雨」「22才の別れ」ほかといった日本のニューミュージックやフォークの懐かしい名曲ばかり。今回70年代に特化した理由は、彼女が幼い頃に台所で母親が口ずさむメロディーや歌声に慣れ親しんでいた曲をコンセプトにして制作を開始したからだという。
「母は歌が好きで、私が小さい頃に70年代の歌をよく歌ってくれたんですよね。だから、歌のお手本は母だったので、オリジナルを聴いたことがないのに歌えちゃうんですよ。あの当時の曲ってメロディーが強くて歌いたくなる曲ばかりだから、そういうところに魅せられたんでしょうね。今回、母から教えてもらった曲に加えて、自分がのちのち聴いて好きになった70年代の曲をプラスして選曲しました」
一度聴いたら歌いたくなるような名曲揃いだけに、オリジナルのイメージを損なわず、あえてオリジナルに忠実なサウンドに仕上げた。
「私は何とかヴァージョンとか既存曲をアレンジしたりすることがあまり好きじゃないんですよ。それに母の歌しか聴いたことがないとはいえ、オリジナルのサウンドは何気に耳にしていましたから、どうしてもどこかに沁み込んでいますしね。だから今回はあえてオリジナルのサウンドを崩さずに自分のヴォーカルで好きな歌を届けたいと思ったんです」
彼女のそんな思いをくみ取って、これまでにも数々のしばじゅん作品をプロデュースしてきた羽毛田丈史が今作のサウンド・プロデュースを手掛けた。その時代に輝き今なお色褪せず歌い継がれてきた名曲たちと、しばじゅんの歌声が見事に交差し、彼女のシンガーとしての良さが最大限に引き出されているのは、羽毛田氏の手腕によるところも大きい。
「言うなれば、オリジナルのアレンジも変えずにヴォーカルだけを変えたアルバムなわけですから、いい度胸しているなって思われるかもしれないんですけど(笑)。今回そういうことができたのも、10年経って自分のキャリアを積み重ねてきたからこそだと思うんです。自分のオリジナル曲とは違う表現方法で、色々なアーティストのカヴァー曲を自信をもって歌って、自分のオリジナルでは味わえない世界観の歌を表現できた。だから、私が歌い手としてどのくらい成長したかがわかりやすく見えるんじゃないかなと。もしかすると、このアルバムは自分に課した挑戦状だったかもしれません。シンガーソングライター柴田淳というよりも、好きな曲をのびのびと歌っている歌手・柴田淳を楽しんでもらえる1枚になったと思います」
ちなみにアルバム・ジャケットに映っている利かん気の強そうな可愛らしい女の子は、1歳半の柴田淳。70年代の自分をカヴァーするという意味合いを込めてこのジャケットにしたそうだ。
長年、柴田淳の中で発酵し培養させてきた70年代の名曲たちを歌い紡いだ今作は、彼女のシンガーとしての成長の指標が感じながら、新たな歌声も楽しめる作品となっている。

2012年10月 大畑幸子

サウンドプロデューサー羽毛田丈史氏コメント

以前から、柴田淳と「カヴァー曲とか歌ったらすごくいいんじゃない?」と話していた。
本人もやりたがっていたのだが、実現はしなかった。カヴァーアルバムは自分の世界を持つアーティストにとっては、いろんな意味で難しいもの。選曲もあるし、なぜ、カヴァーなのか?とか、なにより僕自身、往年の名曲カヴァーを聴いて原曲よりいいと思ったことはほとんどないし、ハードルは高そうだ。
最初に、本人の歌いたい曲リストが届いたのだが、これに驚いた。なんで、こんなおいしい曲ばかりをリアルタイムに聴いていない君が!という疑問?ほとんど、70年代の大ヒットソングばかり。いいじゃない!
聞けば、お母さんがずっと歌っていたのを耳で覚えた思い出の曲ばかりだという。
中には、原曲を聴いたことがない曲もあるらしい。僕にとってというか、同じ世代の人たちには、王道というか、全部、直球でストライクなので、嬉しいというか「絶対聴きたいな、このアルバム」というのが、僕の最初の印象だった。
この選曲は、今の人たちにとっては全部新曲だけど、すべて大ヒット曲ばかり。曲のクオリティーは保障されているし、今、蘇っても色あせることはない。まして、柴田淳が歌うのだからファンには必ずや受け入れられるだろう。では、あとは僕、いや僕らの、その歌をリアルタイムに愛した人々を「う~ん、なかなかこれもいいじゃない」と唸りたい、いや唸らせたい、と思った。
だが、こればっかりはすべて柴田淳にかかっているので、正直、プリプロ(レコーディングする前の作業)の段階では予測不可能なところがあったことは、確かだった。
しかし、レコーディングが進み、彼女が1曲1曲と歌っていくと、まさに名曲たちが現代に蘇ったかのように仕上がっていった。柴田淳という歌手が、しっかり真ん中にいるのに、原曲の歌手の持つイメージや雰囲気は確実に残されている、まさに、70年代の名曲が現代に新しく生き生きと蘇ったのだ!
これは、彼女が原曲をあまり知らなかったということが、余計な気負いやプレッシャーを感じる事なく歌えたという理由もあるだろうが、やはり彼女の歌手としての大きさと、曲に対する深い愛情がなければ実現しなかったのだと思う。原曲を知らない世代にも、青春の大切な1曲となっている世代にも、長く愛してもらえる柴田淳の1枚ができたと思う。

サウンドプロデューサー・羽毛田丈史