柴田淳 9th オリジナル・ニューアルバム「あなたと見た夢 君のいない朝」| ライナーノーツ

 柴田 淳はよく女性ファンから「どうして私の恋愛を知っているんですか?」と言われることが多いという。たぶん、それだけ彼女の作る楽曲にはリスナーの身に起こった出来事と酷似したリアルな息遣いが色濃く表現されているからだろう。しかもそれは単なる恋愛シュミレーション的な“あるある”といった共感レベルの話ではなく、心の奥底にしまい込んでいた毒を吐き出し、心の闇をあぶり出すほどの愛憎を含んでいるから、胸をチクリと刺されて余計にリアリティーを感じるのだと思う。
 さて、そんな彼女の9枚目のアルバムとなる『あなたと見た夢 君のいない朝』は果たしてどうだろう。もちろん、そのリアルな息遣いは益々頑強となっていて、終わりを示唆する歌が多いということもあり、綺麗事では済まされないドロドロとした負の感情の含有量はかなり高い。だが、聴き終わった後の手触りがいつもと違う。涙発令のスイッチがいつでも作動していいように、“泣いてもいいんだよ”と涙を誘発してくれるような深い思いが感じられるのだ。
「例えば、自分に降りかかった悲しい出来事があったとして、それをどうにか吹っ切れたとか、全然大丈夫と人に話したりすることがあると思うんですよね。そういう時って本当に自分でそう思い込んでいるんだけど、実はその根底ではまだまだ癒えていない傷ってあると思うんですよね。もちろん中には強がって頑張る人もいると思うけど、そうじゃなくて大丈夫と思いこんでいる分、無意識で頑張ってしまうことってあるんじゃないかなと。それって本当に癒さないと乗り越えられない傷だったりするんですよね。このアルバムはそういう傷に容赦なく入っていく作品だし、言葉にできない想いを代弁したようなところもあるから、これを聴いて本来流さないといけない涙をいい形で流してもらいたいんですよね。泣くことによって自分の気持ちを解放できると思うから。だから、このアルバムを聴いてわんわん泣いてほしいと思います」
 それは失恋の痛手を癒す数々の楽曲だけじゃなく、例えば、東日本大震災の被災者の人たちに優しく寄り添うような「道」という楽曲でもその想いは同様。包み込んでくれるようなオーケストレーションで綴られた郷愁感あるこのバラードは、同じ景色を見ていることをさりげなく伝えている。
そんなふうに収録曲は多彩なのだが、共通して感じる“いつのまにか封印していた悲しみをじわじわと溶かしてくれるような感覚”は、いつも以上にシンプルで素直な手触りを感じさせるメロディーと、サウンドの質感によるところが大きい。その要因としてあげられるのは、まず曲作りにおいて彼女自身があれこれ考えずに自然に湧き上がる親しみやすいメロディーをキャッチしたこと。そして今作の2人のプロデューサー、羽毛田丈史と松浦晃久の愛情と理解と手腕が、ポピュラリティーあるサウンド感に鮮やかな彩りを添えて開花させたことである。カヴァー・アルバム『COVER 70’s』でもプロデュースを手掛けていた羽毛田氏は、そのカヴァー作からの流れである70年代サウンドの匂いをさりげなく滲ませながら洗練されたサウンドを聴かせてくれているし、また松浦氏はロックテイストのスパイスをうまく取り込みながら彼女の世界に広がりを持たせている。特に松浦氏が手掛けた「ノマド」はこれまでのしばじゅんにはないエキゾチックな個性派ナンバーで、幕開けにふさわしく彼女が次のステップを踏み出したことを実感させる楽曲となったのは言うまでもない。ちなみにレコーディング中、名うてのミュージシャンたちによる演奏を見つめながら、その心地好いグルーヴ感を肌で感じて「すごーい!! すごーい!!」と大絶賛していたしばじゅんの声がミキサールームに響いていたそうである。いずれにせよ、収録曲すべてに手堅いバック陣に支えられて艶やかなヴォーカルを聴かせている柴田 淳がいるのだ。
 そしてイマジネーションを刺激する詩的なアルバムのタイトルについては…。
「最初はなんとなく終わりの歌ばかりなので、もしも終わった恋を想い出しながら聴くのであれば、それぞれの恋のエンドロールになりたいと思って『エンドロール』ってタイトルを考えていたんだけど、ふと“エンド”が嫌だなと。終わりって決めつけたくなかったんですよね。もしかするとそれはその人にとって延長上の恋かもしれないって。だから、色々と考えて文章っぽいものにするのもいいかなと思って。“あなたと見た夢 君のいない朝”って色々な想像ができるでしょ。“あなたと見た”は過去でもあるけど、現在進行形ともとれるし、“君がいない”といっても本当にいないのか、それとも帰ってくるかもしれないしっていう。そういうふうに聴き手のイマジネーションによって聴こえ方が違うタイトルも面白いかなと思ったんですね」
「自分のプライベートも色々あったんだけど、カヴァーをやったことで世の中に出ているんだっていう自信も出来たし、なんか変わったの。生まれ変わったような感じ。ありのままを出し切ったから今はすっきりしているんですよ。本当に裸を見せたアルバムになりました(笑)」と最後にそんな話をしてくれた。
 人は涙を流した後、きっと浄化し、癒される。まさに『あなたと見た夢 君のいない朝』は涙を抱きしめるアルバムなのだ。
 生まれ変わった柴田 淳の世界を十二分にご堪能あれ。

2013年3月 大畑 幸子