菅野よう子 インタビュー

『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』などのサントラで、何語だかよく分からない言葉を、時に静かに、時にエモーショナルかつエキセントリックに歌い上げる女性。その声が印象に残っているリスナーも多いと思う。イラリア・グラツィアーノ。イタリア人女性シンガーで、菅野よう子が手掛けるサントラに多く参加している。菅野作品の特徴でもある、国籍不明で、叙情的で、爆発的に盛り上がるような曲を的確に表現できる歌声の持ち主だ。 今回、そのイラリアが歌った菅野よう子プロデュースの楽曲が、新曲を交えて1枚のアルバムにまとめられることになった。そこで、プロデューサー、菅野よう子に話を聞いた。

――もともとこのアルバムの企画はどういうところから始まってるんですか。
 「イラリア・グラツィアーノって、ルックスもすごく素敵な娘なんです。ナポリ出身のイタリア人。彼女が20代前半の時知り合って、いろんな作品でちょこちょこ歌ってもらってる。彼女の歌ってる曲が増えてきたので、一枚にまとめておきたいね、というシンプルな理由です。」

――アーティスト名はILA(イラ)?
 「そうです。“おたまじゃくし”という意味らしい。」

――最初の出会いは?
 「たぶん『Napple Tale』(2000年)だと思います。あれはイタリアで録音したので。初めての出会いは<うさぎベッド>の歌かな」

――イラリアさんの歌の魅力はどこだと思いますか。
 「それは、女っぽい泣きの部分と、…ちょっぴり宇宙感。演歌ちっくだしウェットだし、派手なんだけど、ちょっと宇宙感があるのがいい(笑)」

――宇宙感っていうのは?
 「空間の広さ。女性コズミックみたいな(笑)…なんですかそれ、自分で言ってまったく意味わかんない(笑)。スペーシーなだけだったらもっと似合う声があるとは思うんですけど、彼女の歌は女性の身体の中のコズミック、という感じなんです。」

――1曲目の普通に歌ってるところは坂本真綾みたいだな、と思ったり。
 「あ、そう!? 彼女を知って彼女のために作った最初の曲が<Velveteen>なんです。ラテンのメロディ・ラインで、少々ヒステリックに“キーッ!”って言ってるような(笑)。ああいうの、一度やってみたかったんです」

――でも曲によっては強く歌う曲もあるし、コブシ回したりするのもあるし。
 「『攻殻機動隊』の主人公みたいな、硬い感じの女の人に対して書く曲で、その裏にある、隠れた女性性みたいなものを表現するのに、この人の声はとてもいいですよね。彼女が歌うと、整理されない業(ごう)とか、嫉妬とか、泣きとか、人に必ずあるものがドラマチックに立ち表れる。女の子があまり人前に出したくない“いやなところ、汚いところ、認めがたいところ”が含まれている声、その頃合がいいんですよね。ヒステリックの中には、気に障るものとかわいげがあって色っぽいものがあると思う。彼女のは可愛くて素敵。」

――タイトルの『サイバー・ビッチ』というのはどういう意味ですか。
 「表記のbicci は造語で、意味はもちろん英語の、、、、書くもためらわれるビッチな意味なんだけど、外国語が母国語の方に向けて表現をマイルドにしてみました。イタリア人と日本人が、ちょっと英語間違っちゃった、って感じも良いと思って。歌い手って、インターネットの中では、お客さんにいいようにされる存在になっていますよね。お客さんは曲を聴いていろんなふうに感じ、いろんな用途でその音を使う。声だけ聴いて、きっとこういう女性だと想像し、勝手に元気になったり、あるいは悲しくなるために聴いてみたり、癒されるために聴いたりというふうに、歌い手や声が他人に消費されるものになっているという感じがあって。“私は誰のためにも、体のかわりに声や音楽を捧げちゃうわよ”っていう」

――じゃあやっぱりビッチなんですね。
 「“サイバー・ビッチ”ということで、『攻殻機動隊』の世界と同じように、ネット上で消費されてしまう音楽をやる女」

――じゃあこのアルバムは『攻殻』の延長線上にあるものですか。
 「コンセプトとしては近いですね。ただ、もっとインナーにこもってる感じですかね。実体がないというか。歌い手の脳とお客さんが直接つながっちゃってるようなイメージにしようかなと思って。勝手にお客さんが脳にアクセスしちゃう、みたいな。
 この子自身は、決してそういう子じゃないんです。すごく魅力的な、天使のように純な女の子なんです。ただ、私があえて彼女をプロデュースするんだったら、声はいかにも“情”を表現するのにふさわしい声なんだけど、みんなの気持ちを代弁します、っていうんじゃなくて逆にサイバーに振っちゃった方が面白いなと思って。」

――ILAのアルバムとして、これまでのサントラに少しずつ入っていた曲を集めたアルバムですが、これでひと段落ですか。
 「なんでしょうね(笑)、むしろスタートじゃないかと」

――え?
 「彼女の歌はいろいろなところで録音してるんです。ロンドンでやったり、ニューヨークでもやってるし、ナポリやローマで録ったものもある。そういう意味ではジプシー・レコーディングですよね(笑)。私も転々としているから彼女と会う時は、ふたりが世界中を回っている時に、たまたまぴたっと重なったところなんです。いまは国境の中でやってる音楽はどこにもない。そういう時代じゃないだろうなと思ってる。これから先はそういうのを飛び越えた表現なり、場なり、やり方を、追求して行きたい。このアルバムはその第1弾ですね」

text:高橋修(MUSIC MAGAZINE編集長)

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