お腹の子供が産まれたら、会いに行きます
|
山口あかね(29歳)/カナダ
|
”家のちびちゃん”。父ちゃんは未だに私をこう呼びますね。その”ちび”も来年には母親になります。先日掛けた誕生日祝いの電話、本当はその報告を兼ねていたんですよ。照れが入り言い出せなかったけど、一体父ちゃんはどんな言葉を返してくれたのでしょう?
幼い頃は余りに厳しい父ちゃんを疎ましく思っていました。父ちゃんの単身赴任が決まった時、正直もう勉強させられなくてすむのだとホッとしたものです。それでも海外出張の度に送ってくれた色とりどりの絵葉書。ドキドキしながら見ては、子ども心に父ちゃんの旅する国々に想いを馳せたものです。一枚も残らず保管してあり、今では大切な宝物です。
高校時代、勉強で苦労していた時には毎週、新聞の英語の慣用句を切り取っては葉書に貼ってメモを添えて送ってくれましたね。慣用句は覚えてないけど、父ちゃんの熱意と優しさだけはちゃんと伝わりましたよ。
大学に入り、遊び惚けていた私を父ちゃんは随分と心配しましたね。朝帰りの日の行動を報告させられた時は居酒屋の羅列で恥ずかしかったけど、嘘はついてないからね。信じてくれて有り難う。
四日市の狭い父ちゃんの単身赴任先のアパート、訪ねる度に胸が詰まりましたよ。東京のマンション暮らしの私達家族を養う為に、随分苦労をしてくれましたね。一言も愚痴を言わない父ちゃんの強さ、ひたむきさ、常に感じて育って来ました。
就職をせずに海外へ行くと言った時には、ちゃんと目的を聞いてくれて有り難う。自分の気持ちを抑えて送り出してくれた心の広さ、決して忘れません。
国際結婚をすると決めた時はさすがにどうしてもなかなか言い出せなくて困りました。一生懸命自分を犠牲にしてまで育ててくれた父ちゃんへの、最大の親不孝だと何度も自分を責めました。姉の結婚式で多くの人に素晴らしいお嬢さんだとスピーチされ、何の心配もなく娘を送り出す満足気な父ちゃんの表情を見て、同じことが出来ない自分を恥じました。どうして自分は周りの人のように生きることが出来ないのだろうかと、何度も自問しました。けれどもやはり私は自分の気持ちに素直に生きることしか出来ませんでした。それが父ちゃんをどれ程悲しませるかが嫌という程分かっていただけに自分も苦しみ、悩みましたが、いくら考えても答えは出ず、最終的に自分の人生だからと言い聞かせて決めました。
今こうして日本から遠く離れた所で新しい命を授かり、よく父ちゃんのことを思います。心配を懸け放しの私ですが、好きな人と地味ではありますが幸せに暮らしています。お腹の中の子供が生まれた際には元気に里帰りをする予定です。父ちゃんはどんな顔をしてその子を抱いてくれるのでしょう。立派なおじいちゃん振りを発揮してくれるのでしょうか。ちょっと照れながらも嬉しそうな父ちゃんの表情が目に浮かぶようです。
近くに住んでいない分いろいろと不便だけれども、出来る範囲でゆっくりと今まで父ちゃんがしてくれたことへのお返しが出来たら、と考えています。この歳になってしみじみ父ちゃんの娘であれた幸せを感じられる幸運に感謝します。
これからも末永く宜しくお願いします。
|
子どもを出産することで、新しい人生が始まる。父ちゃんに感謝する心もまた新しく生まれ変わる。そんなとき、「父ちゃんの娘であれた幸せ」を噛みしめることができるのも、「人生最高のラブレター」かもしれない。
|
プロデューサー/太田空真(生活デザイン研究所所長)
|
− close −
|