「今回のコンセプトは〈冬〉。私自身、大好きな季節で、寒くなってくるとどんどん元気になる感じがします。みなさん色んな冬の捉え方があると思うんですけど、その中でも〈インドアな冬〉というのをひとつのキーワードにしていて、それを作家やミュージシャンの方たちにも伝えて制作を始めました。冬はイベントごとが多かったりして大勢でワイワイするイメージの人も多いと思うんですが、家の中で聴くパーソナルな空間だったり、近しい人達と一緒にいる空間のような、小さい世界の話をしたかったんです」

 そう語る坂本真綾のコンセプトアルバム『Driving in the silence』。今作は2001年にリリースされた『イージーリスニング』、2007年にリリースされた『30minutes night flight』に続く3枚目のコンセプトアルバムである。これまでも、それぞれに異なる〈コンセプト〉という枠組みを持つことでオリジナルアルバムとは異なる新たな世界観を生み出し、アーティストとしての新たな自分を発見してきた。

今作では、まずは表題曲でもある「Driving in the silence」が美しいサウンドと柔らかな内面をプリズムのように反射させながら、一気に坂本真綾ならではの〈冬〉の世界へと引き込む。

「この曲はアルバム『かぜよみ』を作っていた時に出来たんですけど、アルバムには入れずに取っておいたものなんです。それを掘り起こして聴いてみたら、むしろ今このタイミングで出したいなという感じで、すごくしっくりきて。これは詞先だったので、それに柴草 玲さんに曲を付けていただいたんです。自分の中の誰にも触れられない部分というか、パーソナルの極みのような曲に仕上がった感じがします。静けさの中にある幸福感でもあり、孤独感でもあるんだけど、寂しい孤独というよりも当たり前にあるものという感じ。例えばひとりで車を運転している時みたいに、ふと外から遮断されるような気になる、自分だけになれる空間をイメージして書いた歌詞なんです。それがこのコンセプトアルバムの雰囲気にもぴったりだなと思いました」

 サウンド的にも「生の楽器が中心の、家の中で奏でているような落ち着いたものにしたかった」という。そうした統一感はあるものの、曲調はバラエティに富んでおり、作家陣も初の顔ぶれが多い。スウェーデンのアーティストであるRasmus Faberとの初コラボとなった「Sayonara Santa」と「Melt the snow in me」、「極夜」も今作の冬フレーバーを一層濃いものにしている。

「ラスマスとは、そもそも私のデビュー曲をご自身のアルバムでカバーしていただいたことが出会いだったんです。今回、冬のアルバムということで何となく北欧のイメージがあったので〈じゃあ北欧に住んでいる人に作ってもらおう!〉と、お願いしました。“Melt the snow in me”は、言いたいことがあるのに上手く言葉にできないもどかしさを英語詞で歌っています。ちょっとファンタジックな世界観のある曲なので歌っていてもすごく気持ちが良かったです」

 そしてジャジーかつドラマチックな「今年いちばん」と、シンプルかつキュートなメロディが新鮮な「たとえばリンゴが手に落ちるように」は永野亮(APOGEE)が曲を手がけた。大人っぽさや遊び心を表現しつつ、その中に冬の温もりをしっかりと添える坂本の言葉と歌声も揺るぎない。更にラストナンバーの「誓い」が大きな感動を運んでくる。この曲は「everywhere」に続き2曲目となる、坂本自身が作曲したもの。3月11日の東日本大震災直後に出来た曲である。

「震災後にライヴも他のお仕事も全部延期になって家にいるしかなかった時に〈何かしなくては〉と思い、ピアノに向かいました。歌う場所も演じる場所もない状況が続く中で、何かを作り出したかった。〈これまでやってきた当たり前のことをやめてしまったら、私たちはこれからどうやって生きていくんだろう?〉というような、そんな想いでしたね。この曲がいつどのように形になるのかもわからなかったし、そういうテンションで作ったものが作品としていいものになるのかもわからなかったけど、今起きたことを力にして音楽にして前に進まなきゃしょうがない、そういう気持ちでした」

彼女のそんな想いが、冬を耐えしのいで春を待つ、力強い「誓い」のメッセージとして今作の最後を締めくくる。ライヴで歌う姿も眼に浮かぶような熱気が、聴き手の心をしっかりと温めてくれることだろう。制作が始まった時から「いい作品になるイメージがあった」という今作『Driving in the silence』を作り終えて彼女はこう語る。

「すごく好きですね、このアルバム。毎年〈ああ冬が来たな〉と思う頃に引っ張り出してきて、〈もう冬が終わるな〉という頃に聴き収めていくような1枚になったら素敵だなと思っています。程良く大人で程良く遊んでいて、とても自由な仕上がりになったので、作り終えてとても爽快感があります。みなさんも自由に聴いてください」

 12月には3枚のコンセプトアルバム『イージーリスニング』『30minutes night flight』、『Driving in the silence』を1曲目から全て曲順どおりに演奏するライヴが5日間行われる。こうした大胆な企画ライヴでも楽しませてくれる坂本真綾。2011年・冬を過ごす心に優しい明かりを灯す、そんな素敵な招待状のような作品が届いた。

Text:上野三樹