坂本真綾がCDデビュー15周年を記念したベスト・アルバム『everywhere』をリリースする。児童劇団に所属していた頃から、子役としてもCMソングを数多く歌ってきた彼女。まだ16歳、高校生の頃にシングル「約束はいらない」(1996年)でシンガーとしてデビューしてから、プロデューサーの菅野よう子と共に多くの作品を生み出してきた。ファースト・アルバム『グレープフルーツ』(1997年)から既に自ら作詞を手がけ、周りの大人たちの期待に応えたいという気持ちや、新しい曲に出会う度に「こんな自分もいるんだ!」という発見があり、どんどん音楽活動にのめりこんでいったという。あっという間に声優・歌手としての人気が高まり、その一方で普通の高校生としての自分がいて……という周りの人とは分かち合えない葛藤を抱えていた。そんな17〜18歳の気持ちを真っすぐにぶつけたのが今回のベスト盤DISC1の1曲目に収録されている「I.D.」。彼女の思春期を支えてくれたのがまた、自分の想いを歌詞にして音楽にするという自己表現だった。

「“歌う”ということ以上に“書く”ということがなければ、私の10代、20代はどうなっていたのかなって思います(笑)。学校とかとは違う、自分のことを見つめる、自問自答するみたいな場があって。しかもそれが表現で昇華することができたのは、ほんとに救われていたなと思います」

 大学生になって女性らしい奔放さも纏い、それがまた音楽を自由に伸びやかにしたサード・アルバム『Lucy』(2001年3月)、続けてリリースされたミニ・アルバム『イージーリスニング』(2001年8月)では打ち込みのビートをダンサブルに大胆に取り入れるなど、作品ごとに鮮やかな進化を遂げてきた。しかし彼女は、要するにそれだけの“アーティストとしての自我”を持っていながら、一方でアニメやドラマの主題歌なども歌い続けていた。

「私はこれまで、アーティストとしてのカラーがある一方で、他の人は絶対歌わないような曲をいっぱい歌ってきたなと思うんです。ミュージカルみたいな趣向の歌もあれば、ちょっとぶりっこしてるような曲もあれば、英語の歌もあれば、アニメとかドラマとかの作品の為に歌ってきた曲があるからこそ、坂本真綾単体では生まれなかった曲と出会ってきたということがすごく嬉しいんです」

 4枚目のオリジナル・アルバム『少年アリス』(2003年)では、当時、「レ・ミゼラブル」でミュージカルに挑戦したことで感じた初めての挫折感や苦しみが、「ソラヲミロ」や「光あれ」といった力強い楽曲を生み出して行く。そしてこの作品の完成をもって菅野よう子の手を離れ、セルフ・プロデュースの道を歩み始める。その後のシングル「ループ」を彼女が“第2のデビューを果たした曲”と呼ぶのは、そのためである。更にアルバム『夕凪LOOP』(2005年)、ミニ・アルバム『30minites night flight』(2007年)の制作を通じ、より“自分らしいポップ・ミュージックとは何か?”を追求してきた。新たな出会いとコミュニケーションを大切にしながら、イメージを具現化する術を身につけたのだ。
そして最新作『かぜよみ』(2009年)では、菅野よう子と久しぶりのコラボレーションとなったシングル「トライアングラー」(アニメ「マクロスF」のオープニングテーマ)を収録しながらも筋の通ったひとつの作品として完成させた。色んな私がいるけれど、どんな楽曲の私も、全部が私、とでも言わんばかりの堂々とした自信が聴こえてきた。『かぜよみ』はまさに、30歳を迎えてのひと区切りを祝福するのにふさわしいものになったのだ。

 今回のベスト・アルバムには15年の歩みにおける「要所要所でキモになってきた楽曲」が詰まっている。そして“2度目のデビューをしたあの日”から5年が経ち、「もう1回歌詞の意味をかみしめながら歌いたい」と「ループ」を再アレンジ&レコーディングで収録。DISC2の最後には初めて作曲を手がけた新曲「everywhere」も。《ぼくがぼくを選んだその理由を/ずっとずっと 問い続けてるんだ》と唄われているこの曲は、真摯に音楽と、そして自分自身とに向き合い続けたこの15年を穏やかに響かせている。何より素敵なことは、坂本真綾のその唄声が、キャリアを積んで成長を遂げた今もなお、ピュアな透明感を失っていないこと。いつでもワクワクしていた16歳の頃と同じような、この日常と明日への好奇心を感じさせるものであること。そこが、この春に30歳を迎える彼女の一番の魅力だ。

「今の私にとって音楽はすごく、重要な自己表現の一番大きな面積を占めてる分野。私が持っているいろんな表現の仕方の中で、もっともダイレクトに自分の想いとか、私自身というものをぶつけられる場所なんです」

だからこそ。これからも、どこへでも、どこまでも行ける。ベスト盤で15年の足跡を辿った後に、坂本真綾のそんな軽やかな「今」を受け取ってもらえるはずだ。

Text 上野三樹