・・・the id : 2001.08.10

『オリの中での遊び方』 

最近思ったこと。
なんでもそうだと思うんだけど、「これだけしか材料がありません」とか「これしか道具が使えません」とか、そういう制約があるときこそ、出来上がる形は実に予測不可能でおもしろく、結果はこれ以外にあり得なかったと思わせるほど最高だ。

最初は、そんなの無理だよ、これだけじゃ何も作れないよ、と文句を言う。
諦めようとする。でもそこで諦めずに、なんとかしてみようとする。 しかもあり合わせのものを適当に利用するのではなく、一流品を作ってやろうと志を高く持つ。
そうすると不思議な事に、だんだんその制約がおもしろい作用をもたらす。
決められた枠組みの中では、それまで思い付かなかったような斬新なことを思い付いたりするからだ。
例えばこの狭い空間をなるべく広く見せる方法を考えようとか、
限られた時間の中でどれだけ多くの作業をこなせるかとか、
そうやって工夫が生まれ、想像が膨らみ、めいっぱい頭を使って、
結果今までできなかったことができるようになったりする。
そういう経験はありませんか?

例えば私は文章を書く事が多いけれど、それにはだいたい文字の制限がある。
もっと自由に書かせてくれればもっと良いものが書けるのに、もっと言いたい事が伝えられるのに、と思う。
曲先で詞を書く時、ここにもう一回サビがあればな、とか思う。でも無い。
無いからそれに変わる方法でいちばん素晴らしい形を探す。
そうやって長くなりすぎた文章を削り、おさまりきらない思いを何とかおさめようと歌にする。
試行錯誤が繰り返され、そのうちひとつずつ、発見や新しい道筋を見つける。
気がつけば、なんだか良いものが出来上がっているのだ。
制限があったからこそ、そこにたどりつく事が出来た場所なのだ。

きっと自由が良いに決まっている、自由が私を解き放ち、気持ちよく舞い上がれる。
もちろんそういう瞬間もあるのだろうけど、でもそれだけじゃない。
誰かにむりやり退屈なオリの中に閉じ込められたとしても、その狭い世界の中で最大限楽しむ方法を探し出す。クイズゲームみたいに。

これが「イージーリスニング」の世界。
私をオリに閉じ込めたhog。
彼らが私の手をひいて連れて行くそのオリの中には、今まで見たことのない自分を写し出す鏡があった。

どこへ行こうと、何をしようと、
私は私でしかないはず。
けれどここはオリの中。
非日常的な形で成り立つ、私だけの世界。
だから考えた。考えて、考えて、休んで、感じて、
何もかも予測不可能で、
退屈を知って覚えた喜びがあって、
そうして見つけた。オリの中での遊び方。

*maaya*  


(illustrated by maaya.)

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