● 坂本真綾 LIVE TOUR 2011 “You can’t catch me”東京国際フォーラム公演(6/4)  オフィシャルレポート 
 

坂本真綾にとって初めての本格的な全国ツアー「坂本真綾 LIVE TOUR 2011 “You can't catch me”」の終盤、東京・国際フォーラム公演(6月4日)。昨年3月31日の日本武道館ライブから始まった“デビュー15周年企画”のフィナーレとなるこのツアーで彼女はーー震災の影響を乗り越えながらーーシンガー/アーティストとして大きな成長を遂げた。そのことが真っ直ぐに実感できる、素晴らしいライブだった。

 ボディに「You can't catch me」と書かれた2階建てのバスが“TOKYO”に向かって走っていくオープニング映像の後、心地よい疾走感をたたえたピアノが鳴り始める。ステージにかけられた白い幕にシルエットが大きく映し出され、手拍子と大歓声が起こる。その直後に幕が落ち、シックな黒のドレスに身を包んだ本人が登場、アルバム「You can't catch me」の1曲目に収録された「eternal return」からライブがスタートする。正確なピッチと力強いテンション、美しい響きを併せ持つボーカルによって、会場全体の熱量が一気に上がっていく。さらにどこか憂いを帯びたメロディが印象的な「秘密」、「こんばんわ! 坂本真綾です!」という挨拶を挟み、スカ〜ジャズの要素を取り入れた「DOWN TOWN」(“シュガーベイブ”のカバー曲)、“ありがとう 今ここにいてくれて”というフレーズで始まる「スピカ」へ。笑顔を浮かべながら軽やかにリズムを取る彼女からは、全身で音楽を楽しんでいることが伝わってくる。

 最初のMCでは、この日のライブは当初4月24日に予定されていて、震災の影響で延期になったことに触れ、「みなさん、本当におまたせしました」とコメント。さらに「武道館で私は“毎日が一生に一度しかない、特別な日”と言いました。その言葉が自分を励ましてくれて、ここまで来れたんじゃないかなって。だから今日も6月4日だからできるライブをやりたいと思います」と、このライブ(そして、ツアー全体に対する)強い思いを語った。

 ライブ中盤で特に印象に残ったのは、震災後、ツアーを再開するタイミングでセットリストに加えられたという「ボクらの歴史」。モータウン風のリズムを取り入れたサウンドのなかで広がっていく“明日のことはよくわからないそれでも/未来のことならわかる/自分のしたいことが何なのか/みんな探している途中”というフレーズには、いま、多くの人が求めている大切なメッセージが内包されている、と思う。ひとつひとつの言葉にしっかりと思いを込め、そこから普遍的な歌を紡ぎ出していくボーカルも本当に素晴らしい。

 「ねこといぬ(Instrumental)」(ジャズのエッセンスをたっぷり含んだ演奏に酔いしれました…)からは、アコースティックな手触りのナンバーが続く。洗練されたメロディとまさに祈りにも似た歌声がひとつになった「Remedy」、切ない情感と“それでも、明日は必ずやってくる”という前向きな意志を感じさせてくれた「悲しくてやりきれない」(ザ・フォーク・クルセダーズのカバー曲)、スタンダート・ナンバーとしての雰囲気をたたえた「ムーンライト(または“君が眠るための音楽”)」、そして、人間が根源的に抱える孤独と生命の尊さを描き出した「ユニバース」。“アーティスト・坂本真綾”のなかにある奥深く、切実なエモーションが濃密に描きこまれたこれらの楽曲たちによって、会場は強く、大きな感動に包まれていった。

 そして彼女は再びオーディエンスに語りかける。ライブを再開する際に感じた葛藤と迷い、本当に困っている人たちに対して何も出来ないもどかしさ。いろいろと思いを巡らしていくなかで彼女は、“楽しい、美味しい、嬉しいといった気持ちを恥じたり、後ろめたく感じるのは、生きている自分、命に対して失礼じゃないか”という考えにたどり着いたという。そして、それぞれが感じた幸せを、誰かに手渡ししていくことを忘れないでほしい、とーーその後で歌われた「風待ちジェット〜kazeyomi edition〜」の“手を 手をつなぐ そして飛べる きみとなら”というフレーズ、そこから広がっていく暖かい空気は、このライブにおけるひとつのクライマックスだったと思う。

 風を切って走っていくようなドラムに導かれた「Private Sky」からはポップな響きを持ったアップチューンが連なっていく。シャープなギター・リフを軸にした「Get No Satisfaction!」(武道館で彼女自身がこのイントロを弾いたことを思い出した人も多かったと思う)、ポジティブなムードが伝わってくる「マジックナンバー」、愛を信じる力を高らかに歌い上げる「光あれ」。音楽の楽しさをしっかりと感じながら、オーディエンスとひとつになっていこうとする姿に思わずグッと来てしまう。彼女自身もステージの上で話していたが、以前“ライブが怖い”と思っていたというのが嘘みたいだ。そして本編ラストは「You can't catch me」の最後に収録されていた「トピア」。故郷である東京への思いが込められたこの歌には、観客ひとりひとりを“思い出の場所”へと誘う、優しくて美しい力が確かに宿っていた。

 アンコールでも“これ、ずっと覚えてるんだろうな”と思うような印象的なシーンが続く。「(本来ライブが行われるはずだった)デビュー記念日の4月24日にやりたかった曲。日にちはズレちゃったけど、やっぱりやらなくちゃいけないと思います」というMCに導かれたデビュー曲「約束はいらない」、カラフルでポップなメロディによって観客のテンションがさらに上がった「stand up,girls!」、2年前のヨーロッパ旅行中に曲想を得て、初めて作詞・作曲を手がけた「everywhere」、そして最後は「みなさんの歌声を聞くと、ライブっていいなって思えるし、明日もがんばろうって思える。全部いっしょに歌ってください!」という呼びかけによって大合唱が生まれた「ポケットを空にして」。すべての楽曲に“いま、ここで歌われる”必然性がある、本当に意義深いライブだった。この日彼女は「ライブって何? 音楽って何? 仕事って何? ということまで考えました。そういう気持ちをカタチに出来ることもあると思います」と語った。このツアーのなかで感じたことは、その後の彼女の音楽に色濃く反映されることになるだろう。デビュー15周年を越えた坂本真綾はいま、アーティストとしてさらに実りある季節へと向かっているようだ。

text:森 朋之