すべての楽曲の作詞・作曲を手がけたアルバム「シンガーソングライター」、これまでの音楽活動を振り返るような構成となった全国ツアー「Roots of SSW」など、充実した1年を過ごした2013年の坂本真綾。そのなかで培われた豊かなクリエイティビティは、2014年最初のシングルにも色濃く反映されている。「SAVED.」(TVアニメ―ション「いなり、こんこん、恋いろは。」EDテーマ)、「Be mine!」(TVアニメーション「世界征服〜謀略のズヴィズダー〜」OPテーマ)による本作。まず、鈴木祥子の作詞・作曲による「SAVED.」は、美しく、憂いに満ちたメロディが心に残るミディアムチューンに仕上がっている。

「“曲が出来ました、聴いてみましょう”って会議室で聴いてるときに、危うく泣いてしまいそうになったんですよね。すごく良い曲で、祥子さんにお願いして良かったなって思いました。どこか不思議な曲というか、哀しいのか幸せなのかよくわからないところがあるんですよ。“あなたがそばにいて(わたしに光を与えてくれたから。)”という温かい歌詞がある一方で、この“あなた”という人とは、いま、現在進行形で寄り添ってる感じが見えない気もしたり。“いつかは終わる毎日が”というフレーズもそうですけど、ぜんぶが過去形になってるんですよね。いろんなことが過ぎ去ったあとに回想してるというか…。幸福感な時期を俯瞰して眺めてる感じもあって、そこがすごく切ないんですよ」

 繊細にして多彩な感情を聴く者に与えてくれるこの曲は、「YOU/SAVED/ME.」という過去形の英語で終わる。誰かに恋をすることで“救われた”という感覚を得る――この曲から伝わってくるストーリーは性別や年齢を越えて、大きな共感を呼ぶことになるだろう。

「片想いをしたことあがる人なら、誰でもきっと泣けちゃうんじゃないかなって。日常のなかで“救われた”って感じることいっぱいあるような気がしますね。仕事で言えば、作品が完成したときとか。いろいろ苦労を重ねてきて、それが完結したときっていうのは、それまでの日々がぜんぶ救われる感じもありますしね。あと、私、スポーツ選手を見るのが好きなんですよ。そんなに詳しくないんですけど、がんばっている姿を見て勝手に感動するっていう(笑)」

 一方の「Be mine!」は、ロックシーンで強い支持を獲得している the band apartとのコラボレーションによるアッパーチューン。洗練されたアレンジメントと爆発的な高揚感を共存させたバンドサウンド、ドラマティックな展開を見せるメロディライン、がひとつになったこの曲は、まさに坂本真綾の新境地と言えるだろう。

「この曲はまさに“スポーツ”ですね。“世界征服”というすごいタイトルのアニメのタイアップなんですけど、そういう気持ちは自分のなかにはほとんどないんですよね。で、“何かに置き換えよう”と思ったんですけど、そのときに浮かんできたのがスポーツ選手の姿で。スポーツ選手は、自分が表彰台のいちばん高いところに立っているところをひたすらイメージしているわけじゃないですか。そういう征服欲って、ふだんは人前に出しちゃいけないというか、それが強いと“あの人は貪欲だ”とか“がめつい”って思われることもあるかもしれない。でも、みんな絶対にどこかにあるはずなんですよ、そういう気持ちって。自分のなかに“絶対に欲しい”とか“これだけは譲れない”ってものがあるのは、素晴らしいことなんじゃないかなって」

「メンバーのみなさんとはほぼ同年代。しかも同じ板橋区出身なんですよ(笑)」というthe band apartとのレコーディングも刺激的な経験になったようだ。

「“尖っていて、激しい曲調”というアニメの監督からのオーダーがあって、バンアパさん はどうだろう? って思ったんです。ツアー中だったのに快く引き受けてくれて、デモもすぐに上がってきたんですよね。レコーディングでもすごく楽しそうに演奏してくれたし、弦を入れるときもボーカル録りも、ぜんぶ立ち会ってくれて。歌ってると爽快感があるんですよ、この曲。メロディもキャッチ―だし、女の子が歌うっていうことを意識して作ってくれたんだなって思います」

 さらに「モンスターハンターフロンティアG」のオリジナルテーマソングとして配信中の「セクレアール」の日本語ヴァージョン「声」も収録。

「『セクレアール』は何語でもない、架空の言語で歌ってるんですけど、ゲームの世界観に合った日本語の歌詞を付けてみようということなって。“モンスターハンター”は、長い歴史を持っている作品だし、明確な世界観があるんですよね。“どこかの国やどこかの時代を思わせる言葉は使わないほうがいい”とか“木や石を使った文明なので、機械音はそぐわない”とか。そういうことを踏まえつつ制作してたんですけど、歌詞に関しては『セクレアール』を録っているときからすごくイメージがあったんです。曲のなかに“我が友よ”という歌詞があるんですけど、“同志”みたいな歌がいいんじゃないかな、と。もし(歌の主人公が)女神だったとしても、目線は人間や動物と同じところにあって、生命の営みを見つめているっていうか…。そういう神秘性も表現してみたかったんですよね」

 また、初回限定盤にはライブツアー「Roots of SSW」の東京・渋谷Bunkamuraオーチャードホールでの音源を収めたミニライブアルバムも。アルバム「シンガーソングライター」の収録曲、これまでライブで披露されることが少なかった楽曲を中心にしたラインナップからは、“ミュージシャン・坂本真綾”の本質がたっぷりと伝わってくる。

「(『Roots of SSW』は)すごく良いツアーだったなという感じがしてるんですよね。 アルバム全曲の作詞作曲を自分でやったっていうのと、そこに至るまでの道のりを振り返るような曲ばかりで、いままでの音楽生活を振り返るような感覚もあって。今回のライブ盤に関しては、オーチャードホールの空間に合う曲も多かったし、わりと大人っぽい雰囲気になったんじゃないかなって思います」

「楽曲との出会いだったり、いろんなことを含めて、“坂本真綾として歌を出すのであれば、ここは譲れないな”ということは多くなる一方なんです」という彼女。2015年のデビュー20周年に向けて、坂本真綾の音楽はさらに豊かに広がっていく――このシングルを聴けば、誰もがそのことを実感するだろう。


Text by 森 朋之