2010年3月31日の日本武道館公演からスタートし、ベスト盤、ライヴDVD、初のカヴァー・シングルのリリースなど、デビュー15周年を華やかに駆け抜ける坂本真綾。 〈15周年記念企画第6弾〉として2011年1月12日に発売されるのは、7枚目のオリジナル・フル・アルバムとなる『You can’t catch me』。これは、前作『かぜよみ』で、これまでのルーツも含めた自分自身と、そして音楽とに真正面から向き合ってひとつに紡いだ彼女が、15周年という節目に〈これからの坂本真綾〉を見つけ出したくて挑んだ作品である。

 制作にあたって、彼女がまず選んだ方法は、新しい出会いの中でのコラボレーション。作家陣に掘込高樹(キリンジ)、冨田恵一、常田真太郎(スキマスイッチ)、スネオヘアー、柴田淳、桜井秀俊(真心ブラザーズ)、末光篤といった、フレッシュで豪華な顔ぶれが揃った。

どのアーティストも、彼女が以前から好きで作品を聴いていた方ばかりだという。しかも、例えば2曲目の「秘密」では坂本が歌詞を、柴田淳が作曲を、アレンジは渡辺善太郎が手がけたという組み合わせも面白い。そして多くの場合、作曲の依頼だけでなく、そのアーティストが普段一緒に音を鳴らしているバンドの演奏の中に飛び込んで歌っているところにも、坂本真綾のシンガーとしての攻めの姿勢を感じる。

更に男性アーティストには歌詞も手がけてもらうことも多く、これまでに歌ったことがないタイプのものや男性目線ならではの歌詞世界にも挑戦。逆に、女性アーティストが作曲したものに対しては、基本的に自ら作詞を手がけることにしたそうだが、そこにはこんな課題があった。

「今作においては、今更ながらなのかもしれないですけど、〈どうしてもいい子ぶってしまう自分〉みたいなものを少しでも排除したい気持ちがありました。かといって悪ぶるということではなく、自分の中にある普通の事実をなるべく着飾らずに言葉にすることを大事にしていました。
歌っていることは、もしかしたらすごくナイーヴな、これまであまり歌にしてこなかったような部分かもしれないけれど、今の自分ならそれを聴いてもらった時にかっこいいなと思ってもらえたり、何かわからないけどエネルギーが沸いてくるようなエンターテイメントにして、音楽として楽しんでもらえるものにできるんじゃないかと。そこに挑戦することが今回自分の中で掲げていたテーマでした。」

 そんな想いがあって、コラボにしても自身の歌詞にしても「少し乱暴なくらい色んなところに飛び込んでみた」制作だったという。
1曲目の「eternal return」からピアノ・ロックの疾走感の中で〈どんなに想っても届かない恋があってさ/どんなに願っても叶わない夢もあってさ〉と歌うメッセージ・ソングの中には、これまでになかったリアリティとエネルギーを注ぎ込んだ。
シリアスな曲調の中に、大人だからこそ抱えて行く痛みも、前に進んでいく原動力も力強い言葉で表現した「秘密」だって、すさまじい迫力で胸に響いてくる。
ラストの「トピア」では、30歳の彼女の等身大の愛や幸せが自然な佇まいで歌われていた。次の曲が始まる度に新しい坂本真綾がそこにいてドキドキさせられるのだ。これまでの自分を脱ぎ捨てても、見てみたい景色が今の彼女にはきっと、あったんだと思う。

「堀込さんと冨田さんにお願いできて幸せだった“ムーンライト(または“きみが眠るための音楽”)”の歌詞も、自分ではとても新しいと思っていて。これは、自分より後に生まれたすべての人たちへという気持ちで書いています。最近は先輩として頼られたりする場面もあるので、そんな後輩たちに何が伝えられるだろう?と思った時に〈本当に知りたいことを教えられる人はいない〉ということや、でも〈ほんの短いキスが宇宙の謎も解き明かす〉んだよという、絶望的なようで、ものすごく可能性もある現実の未来のことを、私なりにことばにして残しておけたらいいなって。何でも、光の側面だけでもないけど闇だけでもないということは今作において全ての曲に繋がったテーマだったと思います」

これまではあまり歌にしてこなかったナイーヴな感情を表現すること。それは15年、ファンを楽しませ続けてきた坂本真綾としては、その発想や試みにおいては大胆な冒険だったかもしれない。しかし、だからこそ1曲ごとの歌への向き合い方、そのヴォーカリゼーションはこれまで以上に繊細で可憐で滑らかに聴き手を魅了する素晴らしいものに仕上がっている。

付け加えると、ここ数年のライヴで得た感動とファンとのコミュニケーションも心の奥の感情までも音楽に乗せてみたいと彼女を駆り立てたのだろう。それは確かな信頼関係が築けたからこそ開けた新しい扉で、今作に封じ込められた勇気ある音と言葉たちは、ステージにおいても新しい感動や説得力となって、より強い絆をもたらすことだろう。

「前作『かぜよみ』を作った時には、燃え尽きちゃいそうなくらいの達成感があったんです。でも満足してしまったら、もう先に進めないですからね。自分を追い込みたいと思ったのは、そういうわけなんですよね。
『You can’t catch me』を完成させた今は、また新しいところに足を突っ込んじゃった感じがあって(笑)。〈あ、どうしよう全然止まれない〉みたいな、ワクワクしたまま終われたことが良かったなと思っています。私自身も作っていて最終的にどうなるかが想像できなかったし、やってみたいことをたくさんやってみながらも、正直怖い部分やリスキーなこともいっぱいあって。でもそこに向かうことにしか前に進む意味もない、やってきたことをやっててもしょうがないし、それで上手く行かなかったらもう止めてやる!ぐらいの気持ちで始めたんです(笑)。でも、今やってみてわかったことがあるので、まだまだ止まれない気持ちになりました。ここで守りの姿勢を取らなかったことは、良かったと思ってます。」

 今作で手にした、自由と可能性は大きい。15周年を鮮やかに刻むアニバーサリー・イヤーはまだ続くが、このアルバムで新しい坂本真綾を目の当たりにすることは聴き手にとっても大きな収穫となるはず。『You can’t catch me』―――これは、今までの坂本真綾を知っている、あなたへの挑発だ。「私自身も、私を掴まえられないですね」と楽しそうに笑った、今とこれからの彼女を掴まえに行ってみて欲しい。

text:上野三樹