【は】
バイバイキーン!!【ばい-ばい-きーん】
アニメ「アンパンマン」に登場するバイキンマンが使う、お決まりのセリフ。桑田さんがライブ&ラジオ等で多用していたため、ファンの間でもよく交された。
ハイライト【はい-らいと】
桑田さんが長年愛煙していた煙草の銘柄。桑田さんの学生時代は、貰い煙草の帝王として有名だった。1999年10月23日から桑田さんは煙草を止めている。
バカさわぎの腰つき【ばか-さわぎ-の-こしつき】
1998年7月31日にTBS系で放送された、サザン・デビュー20周年緊急特番。昔、放送されていた音楽番組「ザ・ベストテン」に出演した時などの映像を見ながらのスタジオトークや、爆笑問題による20年の軌跡、「ザ・ベストテン」の司会を担当していた久米宏&黒柳徹子による一夜限りの「ザ・ベストテン」の復活と、バラエティに富んだ内容であった。放送では映らなかったが、スタジオライブに興奮したファンが客席から転げ落ち、毛ガニさんのパーカッションセットにぶつかってしまうというハプニングがあったらしい。
萩原健太【はぎわら-けんた】
音楽評論家兼プロデューサー。1956年2月10日埼玉県生まれ。早川書房を経て1981年フリーに。1986年桑田さんのインタビュー集「ロックの子」を上梓。1988年には米米CLUBのアルバム「GO FUNK」のプロデュースも手がけた。
爆笑問題【ばくしょう-もんだい】
太田光さんと田中裕二さんの漫才コンビ。彼らが担当している深夜ラジオで熱狂的なサザンファンであることを話したことがキッカケとなり、太田さんが「人気者で行こう」再リリース時のライナーノーツを書くことになった。太田さんはたまにサザンのホームページを見ているとラジオで話している。1998年夏の「渚園ライブ」ではゲスト出演も果たした。ふたりは佐野元春のファンでもあり、彼らが出演するTV番組の中で、ふたりがそれぞれサザンと元春のどちらのファンであるか言い争う様子が話題となった。2004年春現在、田中さんが元春のファン、太田さんがサザンのファンということで落ち着いている。
パシフィックホテル【ぱしふぃっく-ほてる】
夏をあきらめての歌詞中に登場する、加山雄三さんの所有していた茅ヶ崎にあったホテル。現在は解体された。
ハットリくん【はっとり-くん】
藤子不二雄Aさんのマンガ「忍者ハットリくん」の主人公。原坊が似ているということで有名。発言元は桑田さん。96年年越しライブ「牛」では、原一族と称してハットリくんダンサーズまで登場した。原坊も一時期夢でうなされたことがあるらしい。
服部良一【はっとり-りょういち】
「蘇州夜曲」「東京ブギヴギ」「青い山脈」などで知られる作曲家。1907年大阪生まれ。大阪音楽学校を中退後、エマヌエル・メッテルに師事して作曲を学ぶ。国民栄誉賞も受賞している。桑田さんはAAA'97 「歌謡サスペンス劇場」で、服部良一氏の楽曲を数多く歌い上げた。
→『サザン言葉に御用心』「歌謡サスペンス劇場」の項参照。
Happy【はっぴい】
1995年6月24日に発売された70万部限定のサザンの3枚組ベスト盤。パッケージが洗剤の箱風の紙製で、付録にはHappyにひっかけてハッピと、ステッカー。ステッカーのナンバリングは17周年の年に発売されたので全部17番。
パパイヤ鈴木とオヤジダンサーズ【ぱぱいや-すずき-と-おやじ-だんさーず】
→『サザン言葉に御用心』「鈴木寛とオヤジダンサーズ」の項参照。
ハーバービューの部屋【はーばー-びゅー-の-へや】
「LOVE AFFAIR〜秘密のデート」で抱きしめられる場所。横浜港周辺にあるホテルの海側の部屋を指す。横浜港の夜景が一望できるこの手の部屋は、他の部屋と比べて料金が若干高いという。
早川義夫【はやかわ-よしお】
1960〜70年代に活躍していた、元ジャックスのメンバーで、ソロアルバム発表後、音楽活動を休止し、「早川書店」という本屋の主人となる。20数年ぶりに音楽活動を再開後、「早川書店」は閉店し、積極的に活動中。AAA'94にも出演。早川氏を紹介する時に桑田さんは、「僕の“月”という曲は、早川さんのマネをしてつくりました」と発言。1997年に発売された、「アメンボの歌」は桑田さんの楽曲。
→『サザン言葉に御用心』「アメンボの歌」の項参照。
原坊【はら-ぼう】
原由子さんの愛称。サザンメンバーは○○坊と呼ばれることが多いが、今でも呼ばれているのは大森さん(ター坊)と原さんのふたりだけである。
原坊の朝顔の種【はらぼう-の-あさがお-の-たね】
桑田さん夫婦が新婚の頃、桑田さんが偶然にも道路脇の溝にたまった泥の中からひょっこり顔を出していた朝顔の双葉を見つけました。まだ子供がいなかった二人は、泥の中からこの朝顔を持ち帰り、里親となって大事に大事に育てたのです。野良朝顔は原坊の世話を受けて立派な桑田家の朝顔として花を咲かせ、その朝顔から採れた子種を応援団でプレゼントしたのがはじまりで、全国のファンの間で今も受け継がれ、99年現在で、第15代めの朝顔の里親さんに育てられている。
→『サザン言葉に御用心』「里親」の項参照。
春五十番コンサート【はる-ごじゅうばん-こんさーと】
1979年3月20日〜6月6日に行われた初の全国隅々まで行脚ツアー。全国50カ所・50公演、12万5千人の動員。万座ビーチツアーで言われていた、17年振りの沖縄とは、この時以来のこと。
→『サザン言葉に御用心』「ガールズ 万座ビーチ」の項参照。
晴れ着 DE ポン【はれぎ-で-ぽん】
1999年12月27日〜31日に行われた横浜アリーナでの年越しライブタイトル。自分にとっての“晴れ着”で来場したファンを撮影して本サイトに掲載する企画も行われた。また、このライブで「TSUNAMI」が初披露された。
BUND HOTEL【ばんど-ほてる】
メリケン情緒は涙のカラーの歌詞中に登場するホテル。横浜に実在していたが、1999年閉鎖。
【ひ】
BEAT CLUB【びーと-くらぶ】
松田弘さんのプライベートオフィス名。
日影茶屋【ひかげ-ぢゃ-や】
鎌倉物語の歌詞中に登場する日影茶屋は、鎌倉から三崎に抜ける街道沿いに在る、創業して三百余年の老舗の日本料理屋。
光の世界【ひかり-の-せかい】
1993,94年のAAAライブで歌われた、桑田さんの楽曲。長い間CD化・レコード化はされていなかったが、2002年11月27日に発売された桑田佳祐ベストアルバム「TOP OF THE POPS」に収録された。
→『サザン言葉に御用心』「Act Against Aids」の項参照。
ピストン桑田とシリンダーズ【ぴすとん-くわた-と-しりんだーず】
温泉あんまももひきバンド解散後、ハードロックに目覚めた桑田さんが結成したバンド。メンバーには名付け親でもある関口さんも参加していた。
ヒッチコック劇場【ひっちこっく-げきじょう】「脳卒中」を改名したサザンの前身バンド。
ザ・ピーナッツ【ざ-ぴー-なっつ】
「チャコの海岸物語」の歌詞に登場するピーナッツとは、1959年にデビューした一卵性双生児デュオ「ザ・ピーナッツ」のこと。TV番組「ザ・ヒットパレード」「シャボン玉ホリデー」に出演してお茶の間の人気を独占した。AAA'97「歌謡サスペンス劇場」では「恋のバカンス」「恋のフーガ」「銀色の道」をカバーしている。
→『サザン言葉に御用心』「シャボン玉ホリデー」の項参照。
→『サザン言葉に御用心』「歌謡サスペンス劇場」の項参照。
秘宝館【ひ-ほう-かん】
観光地にあるHな展示館のことではない。2003年7月20日〜8月31日に開催された「サザンファンの勝手に25周年 真夏の秘宝館! in お台場」のこと。鎌倉〜茅ヶ崎にちなんだ、江ノ電や鎌倉の大仏、エリー神社、ミゼットの展示や、サザンのPV、古いCMや貴重なビデオが見れるコーナーや、全国のファンが持ち寄ったグッズ、メンバー提供の貴重な品の展示、ライブさながらの演出が楽しめる「バーチャルシアター」、古いグッズの復刻版の販売など、さまざまな楽しみがつまった展示会であった。2003年暮〜2004年春にはこの秘宝館の凝縮版「サザンオールスターズ 秘宝館スペシャル」が広島、銀座、大阪、鹿児島で開催された。
弘田三枝子【ひろた-みえこ】
アルバム「綺麗」に収録されている“MICO”、「チャコの海岸物語」の“ミーコ”とは彼女のこと。1961年にデビューし「ダイナマイト娘」ともいわれた天才中学生歌手。当時「ミコちゃん」の愛称で親しまれていた。1969年「人形の家」で日本レコード大賞歌唱賞を受賞。
【ふ】
FINAL 〜ぼくら1987【ふぁいなる-ぼくら-1987】
1987年1月8日〜2月9日に行われたKUWATA BANDのツアー。全国9カ所・16公演、20万人の動員。
Further on up the Rord【ふぁーざー-おん-あっぷ-ざ-ろーど】
1979年9月22日〜12月12日に行われた全国ツアー。最終日の会場で半年間の休業宣言をした。全42公演、10万5千人動員。
福井謙二【ふくい-けんじ】
1998年に行われた「渚園ライブ」8月8日公演のオープニングでサザン入場の実況中継をしたアナウンサー(フジテレビ)。「料理の鉄人」や「プロ野球ニュース」でもお馴染み。
福山雅治【ふくやま-まさはる】
ミュージシャン兼俳優。同じアミューズ所属ということもあり、サザンとも親交がある。1994年12月31日の「さのさのさ」年越しライブには泉谷しげるさんと共にゲスト出演、2000年8月19日・20日に行なわれた「茅ヶ崎ライブ」にもシークレットゲストとしてオープニングの開会宣言を行なった。
→『サザン言葉に御用心』「茅ヶ崎ライブ」の項参照。
2日【ふつか】
野沢さんが「Five Rock Show」のヴォーカル録音の時に使った日数。ホンの少しだけだったのに(^_^;)。
ブッズ【ぶっず】原さんが中学時代、親友と結成したデュオ。といっても学校の階段の踊り場などで所かまわず歌ってだけだった。ちなみに「ブッズ」はブスの複数形。
武道館コンサート【ぶどうかん-こんさーと】
1982年9月に発売された、初のサザンビデオ。同年に開演された、『愛で金魚が救えるか!サザンオールスターズ Paa Poo ツアー'82』全国ツアーの最終日、1月25,26日に武道館で行われたステージを、主に収録。ツアー中にファンに発表された北海道での桑田さんと原坊の結婚宣言も収録されている。
→『サザン言葉に御用心』「愛で金魚が救えるか!サザンオールスターズ PaaPooツアー'82」の項参照。
ブルースだーれ!【ぶるーす-だーれ】
小林克也さんのザ・ナンバーワンバンドのアルバム『もも』に収録されている、桑田さん、世良公則さん、鈴木慶一さんの3人共同作曲、作詞は小林克也さんの楽曲。同アルバムは1982年6月21日発売。
ブルーノートスケール【ぶるー-のーと-すけーる】
渋谷陽一氏による桑田さんインタビュー本。ロッキング・オンから、1987年10月20日に発行。
→『サザン言葉に御用心』「渋谷陽一」の項参照。
ブルーライトバー【ぶるー-らいと-ばー】
「LOVE AFFAIR〜秘密のデート」で泣き濡れるところ。ホテル・ニューグランド隣にあるピアノ・バーのことらしい。
風呂【ふろ】
デビュー当時、実家を出て唯一風呂付きのアパートを借りていた原さんを除くメンバーには入る時間がなく、深夜営業のサウナで身体だけ洗ていたという。
プロレスを10倍楽しく見る方法〜今でも豊登を愛しています【ぷろれす-を-じゅうばい-たのしく-みる-ほうほう-いまでも-とよのぼり-を-あいして-います】
小林克也さん率いるザ・ナンバーワンバンドの1983年6月21日発売のアルバム『東京あたり』に収録された桑田さんが提供した曲(作詞作曲:桑田さん)。同年7月5日にはシングルカットもされた。
【へ】
平成NG日記【へいせい-えぬじー-にっき】雑誌「ホットドックプレス」で連載されていたエッセイ「平成NG日記」が講談社から1990年9 月1日に出版された。インタビュアーは佐伯 明氏。
→『サザン言葉に御用心』「佐伯 明」の項参照。
平和の牛歌【へいわ-の-ぎゅうか】年越しライブ『牛』('96-'97)の時にアカペラで歌われた。DVD版『平和の琉歌』に収録されている「SAS Quiz」に全問正解すると見ることができる。
→『サザン言葉に御用心』「牛」の項参照。
北京首都体育館【ぺきん-しゅと-たいいくかん】
1992年9月12,13日にサザンが初めて海外コンサートを行った場所。桑田さんが風邪で倒れるなどハプニングが続いたコンサートであった。
→『サザン言葉に御用心』「南天群星」の項参照。
ベターデイズ【べたー-でいず】
青山学院大学に存在する、サザンが結成されるきっかけとなった音楽サークル。
ヘッドライナー【へっどらいなー】
原さんがベターデイズ時代に参加していたハードロックバンド。原さん以外のメンバーは長髪で細身の男性4人でサークル内でもかなり人気があった。桑田さんの当時の恋敵も在籍していたらしい。
ヘリコプター【へりこぷたー】
大森さんが酔った勢いでする芸のひとつ。詳しくは・・書けない。以前は、「人間扇風機」と言われてたらしい。
【ほ】
〜坊【〜-ぼう】
デビュー当時、メンバーが坊付けで呼ばれていたことがある。桑田さんは桑坊、ムクちゃんは和坊…といった具合だが、いまでも坊付けで呼ばれているのはター坊と原坊だけである。昔からのファンは時々桑坊や和坊と呼ぶ人もいるとかいないとか・・。
ボウリング場【ぼうりんぐ-じょう】
「LOVE AFFAIR〜秘密のデート」でカッコつける場所。ちなみに横浜市内にはいくつかのボウリング場があり、どこがモデルになったかは確定できない。
Bolding Company【ぼーるでぃんぐ-かんぱにー】
2002年の桑田さんソロワークに参加したバンド。正式名称はThe Bolding Company。The Holding Companyをパロって、バンマスの斎藤誠さんの頭にちなんで名付けられた。メンバーは、斎藤
誠、片山敦夫、角田俊介、小田原 豊、河村智康、成田昭彦、山本拓夫、角谷仁宣。(LIVEのみ参加:深町 栄、平松八千代)
→『サザン言葉に御用心』「斎藤 誠」の項参照。
僕らの上には空だけ【ぼくら-の-うえ-には-そら-だけ】
ミリオン出版から、1989年1月15日に発行されたムクちゃんの著書。15歳の少年が主人公の熱血青春小説。
ホタル・カリフォルニア【ほたる・かりふぉるにあ】
1995年8月5・6日に横浜みなとみらい21臨港パークで行われた大規模な野外ライブイベント。1日あたりの収容人数が約8万人と、サザンのライブ史上(99年現在)最も観客数の多いライブとなった。オープニングのオープニングでは辻義就テレビ朝日アナウンサーがメンバーを紹介。ゲストに西城秀樹さんが登場したり、さらには大量の打ち上げ花火や大人数のダンサーを登場させるなど「真夏のビッグイベント」という、うたい文句通りのイベントとなった。公演の模様は「サザンオールスターズ★ホタル・カリフォルニア」としてビデオ発売されている。
ホテパシダンス【ほて-ぱし-だんす】
シングル「HOTEL PACIFIC」の振り付けダンスのこと。振り付けはヨシヨシさん。ライブではホテパシダンサーズが小川ローザの“OH! モーレツ”風衣装を身にまとって踊り、盛り上げた。
大衆音楽取締法違反“やっぱりアイツはクロだった!”実刑判決2月まで【ぽぴゅらー・みゅーじっく-とりしまりほう-いはん、やっぱり-あいつ-は-くろ-だった、じっけい-はんけつ-にがつ-まで】
1984年10月25日〜1985年2月6日に行われたツアー。全国44カ所・53公演、18万3千人の動員。
ホール&オーツ【ほーる-あんど-おーつ】
米フィラデルフィアで結成されたスーパーデュオ。ソウルミュージックを基本とした音楽活動をしていてヒット曲は数限りない。1987年の初夏には桑田さんと松田さんが「SHE'S
A BIG TEASER」で彼らと競演。「ReaLove」では桑田さんがコーラスで参加。翌1988年のホール&オーツ東京ドーム公演では桑田さんが友情出演して彼らのヒット曲「Private
Eyes」を熱唱した。