先日、久々に会う友人と飯を食うことになり、焼き肉屋へと行った。昔の友達というのは、意味のないバカげたことをするだけで大笑いし最高に楽しい、そういうものだ。その日も例外ではなく、旧友三人で駅前でおちあい、実にたわいない話を交わした後、三人は商店街へと向かって歩きだした。目的地はなかった。何を食うかも決まっておらず、いくら商店街の半分近くがシャッターをおろしている小さな寂れた街とはいえ、三人の男が昔話に花を咲かせるには十分過ぎるだけの店があった。
その時一人の男がポツリとつぶやいた。その男とは何を隠そう僕なのだが、今思えば相当に理解に苦しむ発言だったように思う。そのセリフとはこうだ。
「まるちょう吐くまで食いたい。まるちょうだけを死ぬほど食いたい。」
その発言は、つまり牛の小腸の脂身の固まりのようなものを吐くまで食いたいという発言は、決して痩せているとはいえない、しかもここまでの道中を歩いたためにかいた汗を拭きながらの僕が言うにはしごくお似合いなしっくりとくるものだったかも知れない。しかしこんなバカげた発言は普段誰も相手しないものだし、軽く笑ってそりゃないやろと制してくれるものが友人というものだ。しかし友人の一人が言った言葉はこうだ。
「俺も死ぬまで食いたい。まるちょう最近食ってないもん。よし、じゃあ焼き肉屋でまるちょうだけ食って帰ろう。」
今朝静岡から福岡まで帰って来た彼は、静岡ではまるちょう自体をあまり目にしないんだと語り出した。彼もまた痩せているとは言い難く、汗を拭いていた。こうなるともう一人に頼るしかないのだが、彼は食い物に対する希望は特にはなく二人に任せるよといった顔をして遠くを見てタバコをふかしている。バカげている。完全に悪のりだが、もう止めるものはなかった。勝負に負け罰ゲームをしないといけなくて、いやだと言いつつ顔はおいしいぞと言わんばかりににやけているあの瞬間に似ていた。最高にワクワクしていた。他人にとってはホントにくだらないバカげたことだが、それだけで僕らが興奮するには十分だった。三人は適当に店を選びとある焼き肉屋へと入った。
店員への第一声はこれだった。それは緊張と恥ずかしさとそれに伴う興奮が入り混じっているがそれを悟られないように発された。
「まるちょう5人前ください。以上で。」
5人前っ?!明らか三人だ。しかもまずなぜまるちょうから?しかもそれだけっ!?と思わせたという思惑通りのシメシメ顔と不安の入り混じった顔で店員の顔を見ると、
「いえ、まずお飲み物からお伺いしてよろしいですか?」
……かっ、かわされたっ!しかも軽々と。聞こえていないかのように無視だ。聞こえていないに違いない。この手のことを二度繰り返し「いや、だからまるちょうを…」と言わされることほどさぶいことはない。そう、僕らは敗北したのだ。
「すみません。生中3つください。」
そう小声で言った僕らの顔には全くもって覇気はなかった。全ての自信を失ったかのようだったと記憶している。店員は、わかりました、そう言ってその場を立ち去ろうとした。その時、ふと何かを思い出したかのように振り返って言った。
「まるちょう5人前でよろしかったですよね。」
辱めだっ!完全に一枚も二枚も上手だっ!聞こえてて無視されていたとは。あらかじめ恥ずかしいくらいにバカげたことを言うつもりだったのだが、この恥ずかしさは僕らが求めていたそれとは随分違っていた。その後僕らは、まるちょう5人前と生ビールを胃に流し込み、もたれた胃を押さえながら、とぼとぼと店を出た。
昔の友達というのは、意味のないバカげたことをするだけで大笑いし最高に楽しい、そういうものでもないこともあるようだ。
