
仕事を終えてビルを出た時はこぶりだった雨が地下鉄の駅まであと2、3分というところで本降りになってきた。今迄なら、駅まで走ってそのまま家に帰っていただろう。だがその日に限って男はそうしなかった。ちょっと雨宿りしようと入った路地の左奥にひっそり看板がでている「マミ」という名の店が妙に気に掛かったからだ。入口の扉を押すとそこにはお約束の鍵型カウンターと、とって付けたようなボックス席が一つある、ありふれたスナックだった。
おそらく三十代の後半だろう、客の話は一字一句聞き逃さないという感じの女がカウンターに立っていた。男はどこの店でも味が変わらないビールを注文した。店にはお約束のカラオケセットはなく、およそこういうタイプの女には似合わない「マル・ウォルドロン」が静かに流れていた。
(謎の客U...続く)