<はじめに>
1枚のアルバムは、膨大な時間と記憶の集積である。
およそ1時間のCDアルバムを作り上げるのに、コブツイの場合ではレコーディングの実作業だけでもその500倍以上、曲書きやリハーサルの時間を加えるとゆうにその1000倍を越える時間がかけられている。
それだけではない。<音楽創作>とは、この実際の制作時間に加え、メンバーやエンジニア、ディレクターの各々が、長年積み重ねてきた膨大な音楽的体験の記憶を基に、スタジオという空間の中でインスピレーションやアイディアのキャチボールを投げ交わし、無音(サイレンス)という<無>から、音(サウンド)という<有>を生み出すことに他ならない。個人の記憶細胞が持つ様々な分子が、ぶつかり合い化学反応を起こしてリズムやメロディを紡ぎ出し、新たな音楽は誕生するのだ。その誕生の瞬間に、メンバーおよびレコーディングスタッフは遭遇しているわけだが、そこには確かに時空を飛び越えたロマンティックで神秘的な感動がある。
もちろん、<生みの苦しみ>だってある。いや、むしろそっちの方が多いかもしれないくらいだ。でも僕らは、あの新しい音楽の誕生の瞬間がまた見たくてレコーディングを繰り返す。それを一人でも多くの人たちに聴いてもらい、喜んでもらいたくて力を振り絞る。
このレコーディング日誌は、そうした汗と涙と睡眠不足とアルコールにまみれた奮戦記である。たった一言の歌詞、ほんの一瞬のフレーズにもこめられた思い。その一端でも読み取ってもらえたら、さらにメンバーのメートルは上がりまくるであろう。ぷはーっ。
(ディレクター:助川仁1号/ビクターエンタテインメント)
2001年8月30日(木)
3枚目のアルバム制作がいよいよ今日からスタートする。
本日は、一郎さん作曲の「イチロー1(仮)」のリズム録音(註:ドラム、ベースなど、曲の土台となるパートの録音)だ。切ないバラード曲で、リーダーのアコースティック・ギターがいい感じに入る。今までのコブツイ・ナンバーとは一味違う大人っぽいムードを持った作品になりそうだ。エンジニアの山口州冶氏とディレクターはイギリスのバンド:プリファブ・スプラウト的な感覚を入れると面白いかもなどど話をする。
2001年8月31日(金)
既にほとんどの音入れが終わっていたシングルのカップリング曲「ゼロからの始まり」のシンセ・ダビング。あとはボーカル入れとミックスダウンを残すのみとなる。シンセ担当は、ファーストアルバム以来のお付き合いである武藤星児氏。
この日は、コブツイの音楽出版管理担当の大久保ロックもスタジオに顔を出し、おなじみのメンツが揃ったので、作業終了後に飲みに繰り出す。スタジオ近所の居酒屋→カラオケ→深夜営業の中華料理屋というフルコースのハシゴ状態。終了する頃には、とっくに電車が走り始めておりましたとさ。
2001年9月2日(日)
スタジオに集合してからの会話より:「おとといの会計って誰が済ませてくれたんだっけ?」「俺は払ってないよ」「俺も」「俺も」?????…やはり誰一人として前々日の飲み会の最後の方の状況を記憶している人間はいなかった…。
今日は「ゼロからの始まり」のボーカル録り。勢いのあるいい歌が録れた。あとは明日のミックスダウンを残すのみ。
2001年9月3日(月)
「ゼロからの始まり」のミックスダウン。各楽器毎に数十のチャンネルに分かれて録音されていたマルチテープを最終的な定位や音量のバランスを取り、音色を決めて左右2チャンネルのステレオの状態にまとめたマスターテープを作る、レコーディングの最終工程だ。
この多重録音の方法は、かのビートルズが技術革新を進めていったものだが、近年では、プロトゥールスに代表されるコンピューターのハードディスクへのダイレクト録音(テープを使わない)を含め、その方法論は多様化している。しかし我らがコブツイは、基本的には24チャンネルのアナログマルチテープという、幅約5cmのぶっといテープに録音していく昔ながらの手法を用いている。チャンネルの数としては倍の48チャンネルあるデジタルマルチテープもあるのだが、あえてこのスタイルにこだわっているのは、デジタルの数値に置き換えられない全ての周波数帯域が、アナログテープであれば漏れなく記録・再生することが可能だからだ。これが温かく土臭いコブツイサウンドの下地なのである。もちろんデジタルにはデジタルの良さ(=メリハリの利いたトンガッた音)があって、それが音楽にマッチする場合もある。また、デジタルマルチテープのチャンネル数の多さは、度重なるダビングの作業にとっては必要不可欠だ。従ってコブツイの場合は、アナログテープがいっぱいになったところでデジタルテープを同期させて、そこにダビングを重ね、ミックスの時点で必要な音を選択してアナログテープに戻すといった手間をかけたりしている。さらには、コンピューターを使ったエフェクトなど、それと気付かないところで最先端のハイテクを用いたりしているので、コブツイのレコーディングはオーソドックスなアナログ録音と最先端のデジタル/コンピューター録音の両方を使い分けていることになる。
さて「ゼロからの始まり」のミックスだが、エンジニアの山口州冶氏の腕が相変わらず冴え渡る。シンセ・パートのバランスと、中間部分におけるドラムのリバーブエコーのかかり具合について何度かメンバーとのやり取りを繰り返し、遂に完成。10月発売のシングルのマテリアルがいよいよ揃った。
2001年9月4日(火)
シングル「ガムシャラ人生」のマスタリング。既に完パケ(=ミックスダウン済み)ていたタイトル曲と、昨日出来あがったばかりのカップリング曲を編集してCD化させるためのマスターを作る。シングル「魂交差点」以来のマスタリング・エンジニア:宮本茂男氏が、2曲に音質の最終調整を施し、一層の輝きを増したニューシングルの出来あがりだ。
2001年9月5日(水)
シングル「ガムシャラ人生」のジャケット撮影のための衣装合わせ。
2001年9月7日(金)
シングル「ガムシャラ人生」のジャケット撮影。早朝より関東の某海岸でのロケを敢行。撮影は順調に進み、終了後は海沿いの海の家系のレストランで炭火焼の海の幸をほおばる。当然ビールである。
2001年9月8日(土)〜19日(水)
都内某所のリハーサルスタジオにてアルバム収録曲のアレンジなどを詰めていくプリプロダクション。
春のツアー終了後に設けた充電期間中に各メンバーが書き溜めたデモ楽曲が1曲また1曲と完成されていく。だんだんとサードアルバムの全体像が見えてきた。この期間中に「ガムシャラ人生」のジャケットのデザインも同時進行。
2001年9月20日(木)
半月ぶりのレコーディング再開。「イチロー1(仮)」のオーバーダビング。仮録音だったギター・パートが本チャンのテイクに差し替えられていく。ソロパートは、エレキとアコギで2種類録り、最終的に曲調によりハマったアコギのテイクを採用する。さらにE-BOW(イーボウ)という、エレキ・ギターの弦を電気的に震わせてバイオリンの弓(ボウ)で弾いたような独特の音を出す装置が登場し、リーダーが雰囲気いっぱいのフレージングを披露する。こういうのはレコーディングならではの醍醐味だ。
2001年9月21日(金)
引き続き「イチロー1(仮)」のオーバーダビング。今日はおなじみの武藤氏によるシンセ・ダビング。その横ではアキラさんが作ってきた歌詞の一箇所についてメンバー間で議論が闘わされる。その後、最終的に仕上がった歌詞を実際に録音して歌い方の感触をつかんだところで作業終了。この時点でタイトルが「イチロー1(仮)」から「雪降る夜に(仮)」へと変更になる。
2001年9月24日(月)
「雪降る夜に(仮)」のボーカル録音。曲に最後の命が吹き込まれる。柔らかく穏やかな歌が、じんわりと沁み込む珠玉のバラードの出来あがりだ。この時点で当初より想定していた全ての音入れが終了。この後はしばらく寝かせて、コーラスなどの追加アイディアを練る期間を持つことにする。
2001年9月26日(水)〜10月1日(月)
再びプリプロダクション続行。並行して「ガムシャラ人生」のプロモーションビデオの制作打ち合わせも行う。ビデオには、仮面ライダー・せがた三四郎でおなじみの俳優:藤岡弘氏の出演が決定し、メンバーの意気も上がる。
2001年10月2日(火)
「ガムシャラ人生」ビデオ撮影。藤岡弘氏による迫真のパフォーマンスに一同感激。撮影終了後は全員ファン状態。記念撮影やサイン攻めにあいながらも、終始にこやかに対応されていた藤岡さんの姿に、一流の貫禄をみる。
2001年10月3日(水)
翌日からスタートする合宿レコーディングのため、関東某所の合宿スタジオに前のり。初日の作業をスムーズにするために楽器のセッティングなどの事前準備を行う。
その後はもちろん飲み会である。コブツイの合宿レコーディングといえば、この飲み会が付物。このレコーディング日誌に「音入れ・酒呑み日誌」とサブタイトルが付いている意味が、これから徐々に明らかになることであろうことでアルよ。(←既に文脈不明)
2001年10月4日(木)
アキラさん曲「日々抱きしめたい(仮)」のリズム録音。ベーシックなロックンロールの登場だ。曲調にマッチさせるため、ドラムキットはいつもの一郎さんのキットではなく60年代のグレッチのビンテージキットを使用。リーダーのドライブするギター、棗さんのうねるベースとあいまって、一郎さんの最高に気持ちのいい8ビートが録れた。このビートだけをずうっと聴いていたって30分はもつくらいだ。さて終了後の飲み会はというと、打ち止めは翌朝の7時過ぎ(!)。しかし飲み会とはいえ今回はメンバー同士の真剣な話だった。こういう場面が強固な絆を作るのだ。
2001年10月5日(金)
リーダー曲「波の子守唄(仮)」のリズム録音。久しぶりに三線をフィーチャーし、作詞もリーダー自身が筆をとるミディアム・テンポの楽曲。昨日に引き続き、ビンテージのドラムキットがいい鳴りをしている。リーダーの弾く12弦アコースティック・ギターのコーラス感のあるストロークがとても気持ちいい。この曲は後にシンセのダビングを予定しているので、その部分に相当するパートを一郎さんのポータブル・シーケンサーにプログラムして演奏と同時に録音し、ベーシック録音時のガイドラインにしている。この日の残りは、リーダーによるソロの本チャン録音とアキラさんの三線の仮録音を行い、更に一週間後にリズム録音を控えた新曲3曲のデモを一発録りした。合宿レコーディングの第1弾はこの日でおしまい。各曲のラフミックス(註:後の作業の目安となる仮のバランスをとった簡易ミックス)をコピーし、楽器・機材をかたづけたら…飲み会です。と言っても翌朝は午前中のチェックアウトなのでほどほどに…なんて事は、このメンツに限ってあろうはずがない!ひとりだけ早朝に帰宅する予定で早めに部屋に戻っていたリーダーが起きてきたのが午前6時過ぎ。飲み続行中の一郎さん・マネージャー・ディレクターは声を揃えて「何でもう起きてんの!?」、リーダーは「何でまだ起きてんの!?(笑)」。打ち止めは結局またまた7時過ぎ、チェックアウトは11時というところでお後がよろしいようで…。
2001年10月8日(月)
「波の子守唄(仮)」の三線の正規テイクと、エレキ・ギターのダビング。翌日の歌入れを控え、早めの撤収。
2001年10月7日(日)
都内にスタジオを移してレコーディングを続行。「日々抱きしめたい(仮)」のもう一本のバッキング・ギターとソロを含むリード・ギターの計2本をダビング。その後、アドリブで展開する自由でルーズなギター・パートを合計3テイク録音し、おいしいところをまとめて一本化。最終的には各ギターがそれぞれの特徴を出しながら縦横に絡むグルーヴィなギターアレンジが完成した。
2001年10月9日(火)
「日々抱きしめたい(仮)」のボーカル録音。アキラさんの調子も良く、通常の半分程度の時間でメインボーカルは終了。食事の後にアキラさんによるサビ部分のハモリを録る。しかし最終的には、ハモリによるポップ感よりもシングル・ボーカルの骨太な感じを残したいということで、ハモリはボツに。これにてこの曲は完パケとなる。この日、「ガムシャラ人生」のプロモーションビデオのラッシュが上がる。
2001年10月11日(木)
「日々抱きしめたい(仮)」のミックスダウン。ベースの微妙な音質感で棗さんとエンジニアの山口さんの間でやり取りがあった以外はほぼ一発OK。その後一同は夜の闇へと消えていった。噂によると、またもや始発が走り始めるまで盛り上がったメンバーがいたとかいないとか…。合掌。
2001年10月12日(金)
プリプロダクションと翌日のイベントライブのルハーサル。
2001年10月13日(土)
千葉中央公園でのBAY-FM主催のイベントに出演後、再び翌日からの合宿レコーディング先に前のり。楽器のセッティングなど、事前準備を済ませてまたまた飲み会。
2001年10月14日(日)
棗さん曲「みなごろし(仮)」、アキラさん曲「骨(仮)」のリズム録り。今日は1日で2曲のハイペースだ。棗さんの曲は、不穏な仮タイトルに反して非常にポップな曲。しかしイントロ・アウトロと中間部分で複雑な1拍半フレーズが見られたり、奇数単位の小節進行が中心だったりと、随所に棗さんらしさが詰まっている。リズムアプローチの決定が以外に長引いたが、最終的なOKテイクは流れるような入魂のテイク。
アキラさんの曲は、とてもメロディアスで疾走感あふれる8ビートだ。立ち上がり早々、スネアの音色がなかなか決まらず数時間が経過。スネアを換えたり戻したり、皮の張り具合を強めたり弱めたり、スナッピー(響き線)のテンションを強めたり緩めたりの繰り返しが続く。しかし努力のかいあって、曲調にピッタリのサウンドが得られ、本番録りに突入。OKテイクの後、一郎さんの意見で、当初はドライ気味だったドラムサウンドがルームサウンド中心のアグレッシブなものに変更になる。この基本トーンの方向修正に伴い、ギターサウンドのアプローチがグリーンデイなどにも通じる90年代以降のモダンなパンクテイストに近づき、全体を貫く核がビシッと決まった。またまたレコーディングの現場ならではの即断即決の妙だ。
さて恒例の飲み会は、今日も盛り上がる。特に今晩は事務所・千松の上村忠平社長も加わり、空くわ空くわ酒ビンが死体のように床に転がっていく。(余談だが、アメリカでは酒の空きビンを戦死兵・デッドソルジャーと呼んで床に転がしておくのである。そうすると酒の滴が落ちて溜まり、もう一杯イケるのである。)ビール500ml缶2/3ダース、ワイン4本、焼酎1升、日本酒5合、これだけの数が僅か6〜7人の人数で毎日毎日消えていく。しかも誰一人として酒癖の悪い飲み方をしない、楽し〜い酒盛りである。一度お酒に生まれたからには、コブツイの打ち上げで飲まれるのが本望・酒冥利に尽きる幸せであると断言しよう。
結局、翌日のお昼にアポがあるにもかかわらず、社長は午前4時過ぎに帰宅。残ったメンバーも6時過ぎまで飲んでおりました。
2001年10月15日(月)
リーダー曲「魂の雄叫び(仮)」のリズム録り。和風のメロディとギターリフが個性的な、コブツイ以外どんなバンドも真似できない世界だ。とりわけこの曲では、一郎さんのタムのサウンドがカギを握るため、レコーディング方法にもひと工夫。でもこれは企業秘密。そして、この曲のトピックスといえばコレ!リーダーのニューギター、ギブソンのレスポールの初登場だっ!!リーダーのメインギター、フェンダーのストラトキャスターと双璧をなす、エレキギターの銘刀レスポール。これを手にしたことで、コブツイのギターサウンドはまさに向かうところ敵なしのツートップ体勢が揃ったといえる。心強い相棒がまた一人加わった感じだ。この日はこのニューギターとメインアンプ/フェンダー・ザ・ツインのコンビネーションで各パートのギターを録り分けた。これはこれでOKとしつつ、後日のセッションでアンプにマーシャルを使用したパターンにもトライしてみることに。
この日の飲み会は、さすがに翌日のボーカル録りに備えて早めの撤収。
2001年10月16日(火)
ディレクターはアルバムの社内プレゼン会議のため一時会社に戻る。その間「みなごろし(仮)」の仮ギターを本チャンに差し替える作業がリーダーを中心に進められた。ディレクターがスタジオに復帰したタイミングで丁度良くギターダビングがひと段落。続けて「波の子守唄(仮)」の歌入れを行う。いつもはアキラさんとディレクターとで歌を作っていき、まとまったところでメンバー全員で確認をするのだが、この曲はリーダーの作詞ということもあって今回は彼もベタづきで歌のサジェストをする。結果、奥深い情感が込められた本当に素晴らしいボーカルテイクが完成した。ちなみにその間、一郎さんと棗さんは、いよいよ週末から始まる学園祭用の舞台美術製作に余念が無い。
3日間に渡った合宿レコーディング第2弾は今日で終了。パーッと打ち上げである。明日はアキラさんとリーダーは12時からビクターにてNHKとの番組打ち合わせ後にリハーサルスタジオ入り、一郎さん・棗さんはリハーサルスタジオ直行という強行スケジュールだ。またまた単独で早朝帰宅のリーダーは午前2時半に打ち上げから引き上げて翌朝6時に出発。他のメンツは9時出発だ。だからアキラさんは3時、残りのメンバーも4時半過ぎには就寝。それでも充分遅いって。で、マネージャーの的確な時間の読みで、ドンぴしゃで都内到着。一方リーダーはというと、いつもの道が通行止めになっていたために路頭に迷ったらしく、朝早く出て家で少しでも休もうと目論んでいたアテがすっかりハズれ、赤い目をして打ち合わせ場所に登場いたしました。
2001年10月17日(水)
ということで、夕べ(っつうか今朝まで)合宿先にいたのに、お昼からは早、都内にて打ち合わせとリハーサルなのである。メンバーもスタッフも大変なのである。でも好きなことやってるんだから自業自得なのである。眠いのであ〜る!!
2001年10月18日(木)
都内某リハーサルスタジオにてプリプロダクションおよび学園祭のゲネプロ(通しリハーサル)。いよいよ明後日から、今年の学園祭ツアーの始まりである。この日、「ガムシャラ人生」がTBS系「COUNT DOWN TV」の11月度エンディングテーマに決定したとの報告が入る。いい曲を作ろうとしたメンバーのがんばり、それをより多くの人に届けようとしたスタッフのがんばりが、ひとつの成果となった。嬉しい。これをきっかけに、またコブツイのファンが増えますように。
2001年10月19日(金)
アキラさんとリーダーはBSラジオの番組出演と取材で終日拘束。そのうちの一本はコブツイの単独特番。「甦る人々」「落陽」「風が吹いたら」の3曲のスタジオ・アコースティック・ライブを含む約2時間の長丁場だ。で、この長丁場を乗り切る特効薬といえば…やっぱりアルコールかよ!(笑)というわけで、かなりゴキゲンな状態のリーダーと、それを軽くいなすアキラさんのいいコンビネーションで番組は滞りなく収録終了。その後、先発スタッフは大阪目指して出発。メンバーは明日7時台の新幹線なので、もうこれ以上飲んじゃだめだよ〜ん。
2001年10月20日(土)
大阪狭山市にある帝塚山学院大学にて、今年の学園祭ツアー「ザ・コブラツスターズの秋祭り〜ガムシャライブを食らわんかい」の初日。
早朝の出発にもかかわらず、遅刻者なし。一郎さんはちょっと風邪気味らしい。しかし何度やっても学園祭ライブというのは、仕切りも学生さんたちの手作りで、お客さんもとことん楽しもうという意気込みがいっぱいで、初々しくていいもんだ。だからパンフレットの告知で『新曲「ガムシャラ天国」』って誤植があっても、それは初々しいんだってば。初々しさの見本市なんだってば。ドイツが定めた「WSOU/ワールド・スタンダード・オブ・ウイウイシイ/初々しさの世界基準」で金の鳩賞なんだってば。さあみなさん、帝王ジェームス・ブラウンの「ダンス天国」のメロディで♪ナーナナナナーナナナナーナナナーナナナー、ガムシャラ!すみません。
そんなことはさておき、ライブのほうは大盛りあがり。現在制作中の新曲も交えながらの充実の90分でした。
2001年10月21日(日)
FM802主催のイベント、MINAMI WHEEL 2001に出演。会場はミナミのライブハウス:ネストサルーン。このところ関西地区では少し大きめの会場でのライブが多かったので、文字通りライブハウスといった感じの至近距離で今日のコブツイのライブを観ることができたお客さんは、ラッキーです。残念ながら、入場制限がかかってしまって観ることができなかっ方々、ごめんなさい…。
2001年10月22日(月)
大阪から戻り早々、NHK-BS2「真夜中の王国」の収録。
2001年10月23日(火)
「骨(仮)」ギターダビング、「みなごろし(仮)」改め「遠い夏の日(仮)」(←すごい変わり様)の歌入れ。
2001年10月24日(水)
「遠い夏の日(仮)」オーバーダビング。仮テイクのギターの本チャン差し替え&一郎さんによるエフェクト・タムの追加ダビング。その後、アキラさんによるハモを試すも、曲調に合わずNG。
2001年10月25日(木)
「波の子守唄(仮)」「遠い夏の日(仮)」のシンセ・ダビングおよび「魂の雄叫び(仮)」の歌入れ。この歌入れはアキラさんの物凄い集中力で、たったの3テイクで終了。どのテイクを何番目に歌ったのかを分からなくするために、聴きなおしの順番をアシスタント・エンジニアがランダムに決めてディレクターやメンバーには教えずに聴かせ、意図的に先入観を排除して最も印象的なテイクを選ぶという手法を取った。全てのテイクが、ほとんど直す必要が無いくらい素晴らしかった時しか出来ない、最高に贅沢で最高にクリエイティブなやり方だ。3テイク全てを聴き終えたところで、ディレクターとリーダーとアキラさんの3名。「じゃあ、何番目の歌が良かったか?指の数でじゃんけんしよう!」「せーの」「じゃんけん、ぽん!」「決まったー!!」根を詰めた作業が続く反面、こんな遊びごごろで素晴らしい音楽が生まれるのがレコーディングの醍醐味。予定を大幅に短縮して終了したところで、当然、乾杯!
2001年10月26日(金)
夕べの祝杯の宴の興奮も冷めやらぬ中、TVK「ミュートマジャパン」の収録で横浜中華街ロケ。終了後、その後もFMヨコハマのゲスト出演を控えるアキラさん以外は翌日の学園祭のために名古屋へ移動。ラジオ出演終了後、アキラさんも先発隊を追いかける。
2001年10月27日(土)
名古屋聖霊短期大学・南山大学合同学園祭。
2001年10月29日(月)
プリプロダクションおよび「遠い夏の日(仮)」ミックスダウン。
2001年10月30日(火)
「波の子守唄(仮)」ミックスダウン。
2001年10月31日(水)
プリプロダクションおよび「雪降る夜に(仮)」ミックスダウン。今日でレコーディングの前半戦が終了。いよいよ来月から折り返しだ。アルバム全体からすると、進行は現時点でようやく4合目といったところ。まだまだ先は長いのである。
2001年11月2日(金)
もう11月である。アルバム制作の発端ともいえる「ガムシャラ人生」のレコーディングから数えると、3ヶ月が経過した。早いものである。来年の話をすると鬼が笑うというが、バンドの活動計画というのは半年単位、1年単位で先のことを考えていく。というわけで、今作っているアルバムが、みなさんの手に届くのにはまだまだ時間がかかる。不思議な感じである。
さて今日は大阪は寝屋川市にある大阪電気通信大学にて学園祭。昨日はアキラさんが札幌キャンペーンのため、単独で札幌から飛行機で直接現地入り。残りのメンバーは東京からクルマで前のりだ。校庭の中庭を使った屋外ステージがヌケのいい音を作り出す。天気も良好である。なんと今日は入場無料のフリーライブ形式という太っ腹。サンテレビ「KOBE CALLING」の収録も入り、否応無しに盛り上がれるお膳立てが整った。
そして開演。曲目の変更などを経て、今回の学園祭ツアーもかなりの完成度を見せてきた。そしてネタはバラせないが、恒例のあのコーナーもかなりの完成度(?)を見せてきた。思い起こせば、合宿レコーディングの真っ最中、アキラさんが「波の子守歌」の歌入れをしている脇で、一郎さんと棗さんがせっせと例のブツの製作をやっていたものだ。一体どういうレコーディングなのだ。
それはさておき、お客さんの盛り上がりも絶好調、バンドも絶好調でステージが進行してゆく。とりわけ本当の夜空の下で聴く「一番星シャッフル」は格別だった。そろそろ夜になると肌寒くなるこの季節、コブツイの音楽でひと時の暖を取った気持ちになったお客さんもきっと多かったんじゃないかな。
2001年11月3日(土)
引き続き、大阪にて学園祭ライブ。会場は大阪経済大学。
2001年11月4日(日)
東海大学沼津校舎にて、今年の学園祭ツアーの千秋楽。お疲れ様でした!
2001年11月5日(月)
アキラさん単独で名古屋・岐阜キャンペーン。残りのメンバーは都内にてプリプロダクション。
2001年11月6日(火)
メンバー全員でプリプロダクション。
2001年11月7日(水)
「魂の雄叫び(仮)」のギターパートのリテイクおよびギターソロのダビング。リーダーのニューギター:ギブソン・レスポールが、チューンアップされたマーシャルの特別使用モデルに接続され、ロック魂の雄叫びあげる。そして本日のハイライトは、スタン・ハンセンのウェスタン・ラリアートのごとく炸裂する問答無用のギターソロ!ネタはばらせないが、リーダーの独自の発想から生み出されたプレイがアキラさんのボーカルとタイマンを張る!!かかってこいじゃあああああ!!!
そして、作業終了後は明日から始まる合宿レコーディング先へとクルマ移動。都会を離れ、セカンドアルバムのベーシックが録音された懐かしのリゾートスタジオへ、1年2ヶ月ぶりに訪れる。今日からがコブツイの合宿レコーディングの真骨頂である。それはつまり音入れと酒呑みと手製料理の24時間テレビ状態である。レコーディングしてるか、酒飲んでるか、なのである。飲んでなければ録ってしまうのである。いや違う。録ってなければ飲んでしまうのである。今夜から5晩、それが続くと考えると、ああツラ…じゃなくてああ楽しい!
ということで、まあ今日は楽器のセッティングを済ませ、明日からの作業にそなえて軽〜く一杯…って朝6時半じゃんか!
2001年11月8日(木)
あ〜夕べの酒が…ところで今日は何日目デスカ?え?初日?まだ何も録ってない?あ、そう。
そうです。これからが本番です。まず手始めに明日ベーシックを録るリーダー曲の最終的な詰めの作業。シャッフルビートの軽快な曲で、まだ仮タイトルもついていない。検討の上、その時点では無かったDメロパートを加えてフックをつけることに。さっそくリーダーと棗さんとで作曲の作業へ入る。
その間、アキラさんによる「骨(仮)」改め「骨になるまで(仮)」の歌入れ。連日の学園祭ツアーで疲弊したノドをものともせず、すごくいい雰囲気のテイクが録れた。しかし、アキラさんのこだわりで、日を空けて別テイクにも挑戦することに。この前向きな姿勢が人に伝わるものを生むのである。
歌入れの作業が終了したところで、リーダー曲の作業に復帰。この数時間で作られた新しいメロディが加わり、ぐっと完成度が高まった。いい曲です。この日は大まかな音決めとアレンジの最終形を確認したところで終了。
そしてロビースペース改め居酒屋「加藤」では、なんと一郎さんお手製のおでんが出来あがっていた!作曲とおでんの仕込みを同時進行させるとはニクイぜ。既製品を使わず、一からだしをとって仕上げた逸品。うまいうまい!あんまりうまくて本当は2〜3日分のつもりで用意したタネがほとんど売り切れ状態だ。もうこりゃ一郎さんのアルバムクレジットは‘ドラム、舞台美術、包丁’だね。当然のごとく酒もクイクイ進んで、気がつけば朝4時半也。ごちそうさまでした〜!
2001年11月9日(金)
リーダー曲の仮タイトルが「雨の山中湖(仮)」に決まった。窓の外に降る雨を眺めながら、同曲のリズム録音を行う。使用するスネアがなかなか決まらない。マイクやスネア本体を取っ替え引っ替えしてジャストフィットするサウンドを求めていく。入念なセレクションで決まったスネアを使っての本番はわずか2テイクでOKが出る。その後、一郎さんのブラシワークのダビングとベーシックのギター、ベースの直しを行ってラフミックスを作り、ベーシックトラックが完成。
食事の後は、明日リズム録り予定のリーダー曲「4番(仮)」の最終的なアレンジ作業。シンプルなメロディ構成の曲だけに、いろいろな方向性に持っていくことが可能で、それがかえって難しい。様々な試行錯誤・紆余曲折を経て、骨太なロックサウンドを柱とする完成形が見える。リード楽器についても、この曲ではギターだけでなく色々なものにトライしてみることに。
さて居酒屋「加藤」の本日のおすすめは、あさりの酒蒸しだ。もう蒸し汁がスープみたいにうまいんだってば。それだけじゃ終わらず、ゴマ豆腐やらクレソンとベーコンの炒め物やらソーセージ料理やらが次から次へと食卓に並んでいく。もちろん夕べのおでんがさらにいい感じに味が染みて極上である。明日はいよいよ社長も合流の予定。おそらく今回の合宿セッション最大の山場を迎えるはずだ。南無。
2001年11月10日(土)
「4番(仮)」改め「心の友達(仮)」のリズム録音。素晴らしいドラムサウンドが録れたところでベースの直しの作業。ひと仕事終えた一郎さんは、その間今晩の献立を思案中。どうやら広島風のお好み焼きを食べさせてくれるみたいだ。楽しみ〜。引き続いてバッキングギターのダビングを行う一方、ほぼ時を同じくしてアキラさんが歌詞を書き上げた。食事を挟んでリードギター・パートを仕上げた後、厨房から出てきた一郎さんがちゃっちゃとタンバリンをダビングしてオケの出来あがり。明日の歌入れを待つばかりとなった。再び厨房に戻っていく一郎さん。居酒屋「加藤」の開店前の準備の追い込みだ。夕方に東京から合流した千松・上村忠平社長は、与論島名産の黒糖焼酎「有泉(ゆうせん)」の一升瓶を2本も差し入れてくれた。この焼酎が曲者で、ものすごく飲みやすいのだが、調子に乗ってクイクイやっていると、あるタイミングからガクンと強烈に酔いがまわるのだ。この酒によってコブツイのメンバー・スタッフが何人死体になったことか。そして今夜は誰が餌食になってしまうのか???
(註:筆者も飲み会参加のため、いったんパソコンから離れる)
ええ、やっぱり空きました。空きましたとも。「有泉」が2本とも。そして今回の生贄は社長自らというオチまでつきました。いや、餌食というより自爆ですな。朝の4時過ぎに、これから焼津の寿司屋に行くといって聞かない社長(だからここは山梨なんだってば)も両脇をリーダーと一郎さんに抱えられて退場。「だから止めようっつったんだよ有泉は(笑)」一郎さんの台詞が霧と星空の間に浮かんで消えていきました…。
それにしても居酒屋「加藤」の料理は今夜も絶品。お好み焼き、焼きソバ、手羽先おでん、トマトのパルミジャンサラダ・ガーリック風味、パプリカとクレソンとベーコンの炒め物から、おじやまで。またまた堪能させていただきました。ごっつあんです!
2001年11月11日(日)
―昼食です。社長は起きてきません。
食事後、一郎さんは、てきぱきと「魂の雄叫び(仮)」のパーカッション・ダビング。マイクを屋外に立てて、砂利の上で手製の山伏杖(地面に打ちつけて、ジャラッという独特の金属音をたてる)を鳴らしている。カッコイイ。さらに、ハンドシンバルでチーンという高音成分を重ねて曲の風景を音像化していく。最後に棗さんが、<雄叫び>を実演(!?)して全作業が終了。
―夕方です。社長が起きてきました。死んでます。
ひきつづいてアキラさんは「心の友達(仮)」の歌入れだ。これまたいい感じで終了。
―夕食です。社長は食べません。
最後に「骨になるまで(仮)」のコーラスをダビング。アキラさんによるハモと、アキラさん・リーダー・棗さんによるエンディングパートのユニゾンを滞り無く録り終えたところで、5泊4日に渡った合宿レコーディングが終了した。めでたしめでたし。
―打ち上げです。社長はすこ〜しだけ復活です。
居酒屋「加藤」、最後の一品は特製の水炊き。これまた食が進む進む。翌日のキャンペーンに備えて、アキラさんだけ(かろうじて運転が可能になった社長と一緒に)今晩中に都内に戻り、残りのメンバーで全ての食材を食べ尽くしました。5晩で消費されたアルコール類は、ビール500ml缶×70本、日本酒1升、焼酎3リットル、与論の黒糖焼酎「有泉」2升、ウィスキー1本。ふーっ。「コブツイ恒例合宿レコーディング・3分の1は飲んでる時間よ」第1弾、これにて打ち止めでござ候。
2001年11月13日(火)
都内に場所を移してレコーディオング続行。リーダーが「雨の山中湖(仮)」のギターを仕上げていこうとするも、アプローチがなかなか決まらず、今日のところは最終的な設計図がみえたところで終了。その後同じくリーダーにより、「心の友達(仮)」のリードギターとユニゾンするメロディカをダビング。意図的に音色を歪ませてロックテイストを更に強調していく。
明日から3日間は「骨になるまで(仮)」「魂の雄叫び(仮)」「心の友達(仮)」のミックスダウン。アルバム制作の7合目くらいまで到達する。
2001年11月14日(水)
「骨になるまで(仮)」ミックスダウン。一郎さんの豪快なドラムサウンド、リーダーのステレオフォニックなギターサウンドが中心のストレートなロックナンバーに仕上がった。いったん完成したミックスに対し、コーラスパートの出入りのパターンをいくつもトライ。なおかつエンディングの処理については、土壇場で変更される一幕もあり、この曲に関しては「ミックスダウン=最終形」という意味が端的に現れたのではないだろうか。
2001年11月15日(木)
東京FMの公開生放送ライブをこなしたその足でスタジオ入り。「魂の雄叫び(仮)」のミックスダウンを確認する。メンバーが四身一体となり、これ以上足しようも引きようもない質実剛健な仕上がりに一同大満足。それにしても最高なんだなあ、いつ聴いても。最後の「雄叫び」が。
2001年11月16日(金)
新宿ロフトでのイベントライブに出演後、「心の友達(仮)」のミックスダウンを確認。シンプルでぐっとくる歌詞とストレートなサウンドが絶妙なマッチングを聴かせる。作業的には本日でまたまた一区切り。ようやく全体の7合目まで到達。登頂まであと僅かである。恒例の打ち上げも、深夜3時で打ち止めと少々おとなしめ。さすがに疲れも溜まり始める頃である。そりゃそうだ、人間だもん。
2001年11月22日(木)
5日間のインターバルを経て、再び某合宿レコーディングスタジオへ前乗り。都内を2時半に出発し、夕方5時頃には現地に到着する予定と聞いていたが、実際には夜の8時過ぎの到着。ん?一体どうしてそんなに時間がかかったのかというと、どうやら念入りな買出しを行っていたらしい。そう、居酒屋「加藤」の開店である。
後発隊のディレクターとエンジニアが到着した深夜1時までプリプロ(アーンド仕込み)を行い、その後ついに「加藤」のれんが掛かる。今夜の献立は鳥すき鍋である。やはりどう考えても今いる所がスタジオだとは思えん。と錯覚しているうちに朝の6時半。前回の日誌で、さすがに疲れも溜まり始まる頃だ、と書いたが、それはウソでした。
2001年11月23日(金)
新曲「丹下段平(仮)」(←はははは)のリズム録音。三線をフィーチャーしたファンクロックだ。ヘヴィなドラムサウンドとぶっといベースラインにシャープなギターリフが絡むド派手な1曲になりそうだ。ベースのアプローチを煮詰めていくうちに深夜になり、フレージングを絞り込んだところで明日1番の作業に持ち越すことに。
今晩の居酒屋「加藤」のメインディシュは水炊き。夕べからこのスタジオ周辺は夜になると零下まで冷え込むので、鍋はホント最高なんである。明日の作業を見越して、早めに部屋に戻るメンバーもいる。朝の4時過ぎには全員が撤収していた。ように思う。(←覚えてねえじゃん)
2001年11月24日(土)
「丹下段平(仮)」のベース録りからスタート。終了後、数時間のプリプロを経て、新曲「ストロベリーパイ(仮)」のリズム録りに入る。アキラさんのペンによるこの曲は、前回の合宿の時点で既に出来あがっていたのだが、アレンジに更なる時間をかけるためにストックしておいたもの。最終的にはミドルテンポのブリティッシュロックな1曲になった。
全ての録音作業を終えて、機材撤収が完了したのが深夜1時。そこから期間限定開店「加藤」最後の晩餐が始まる。今夜は中華メニューで統一。パスタを使った焼きソバ(コシがあってウマいのよ、これが)に始まり、合計100個以上の特製餃子が続々と焼きあがる。既製品の皮では足りなくなり、急遽手作りの皮まで登場。そして朝の7時を越しても飲みは続く。そして世間は3連休の最終日だということは、すっかりと忘却の彼方へ…。そして出発に出遅れて渋滞にハマり、そして行きと同様到着までに5時間近くもかかる…
2001年11月25日(日)
…そして貴重な移動日が本当に移動だけで終わり…
2001年11月26日(月)
…そしてまたレコーディングが始まる(笑)。
本日は「ストロベリーパイ(仮)」のギターダビングだ。リーダーのテキパキとした作業でオケは全て終了。ギターの構成力がとても素晴らしい仕上がりになった。
2001年11月27日(火)
「丹下段平(仮)」のギターと三線のダビング。音が重なるにつれ、どんどんタフになっていく。しかしこの仮タイトルは、メロディの1部分の語感が「丹下段平」に似ていることに由来するのだが、テープを回す時にオペレーターが「じゃ、1回目の丹下段平から出しまーす。」って言ったり、みんなで「丹下段平、いい感じじゃん」って言ってたりと、冷静に考えると会話がオカシイ。
作業は今日も順調に終了。帰り際にリーダーがクルマのカギを無くすひと騒動があるも、無事見つかって一件落着。
2001年11月28日(水)
「丹下段平(仮)」のパーカッションと「雨の山中湖(仮)」のギターをダビングする。
パーカッションのほうは変化球アプローチにもトライ。一郎さんが缶を叩いて加工した独特の音色がカッコイイ。エンジニアの技が冴えるトラックである。
もう1曲のギターは、11月13日から持ち越している作業だ。最終的に、歪みの効いたリズムギターにコーラスのかかったアルペジオ中心のギターフレーズが透明感を加え、アコースティック・ギターが厚みと温かみをかもし出す仕上がりに。ようやく形が見えたね、リーダー、おつかれさん!
2001年11月30日(金)
渋谷タワーレコードの地下にあるライヴスペース「STAGE ONE」にてイベント出演。
終演後、「ストロベリーパイ(仮)」の歌詞が出来あがり、「漂流記(仮)」に。
打ち上げは、内臓疾患を患ってここ数ヶ月禁酒が続いていたマネージャー都田亮氏の飲酒解禁を祝って多いに盛り上がる。
2001年12月4日(火)
「漂流記(仮)」のヴォーカル録り。
2001年12月5日(水)
「雨の山中湖(仮)」のギターソロ・ダビング。この曲も「波の子守唄(仮)」「魂の雄叫び(仮)」につづいてリーダーのペンによる歌詞。タイトルも「歩き続ける人たちへ(仮)」に変更。アキラさんの歌詞と違ってリーダーの歌詞にはまた別の魅力がある。素朴で明快であったかい。今回のアルバムは、二人の書く歌詞の味の違いも聴きどころである。でもってこの曲では、出来あがったばかりの歌詞をリーダー自身が歌ってガイドヴォーカルをつくるという珍しい一幕も。
ひきつづいて「丹下段平(仮)」のギターソロ・ダビング。リーダーには珍しい痙攣系のフレージングがさらに曲のムードを引っ張っていく。
これにて長期に渡ったリーダーのギター・パートがめでたく終了!!おつかれさま〜!!!
その後、同じく「丹下段平(仮)」の一郎さんのパーカッション・パートのデジタル加工処理をプロトゥールスで行って、この日の作業は終了。
2001年12月6日(木)
「歩き続ける人たちへ(仮)」のヴォーカル録り。
2001年12月11日(火)
「丹下段平(仮)」改め「七転八倒(仮)」のシンセ・ダビングとヴォーカル、コーラスのレコーディングっス!アキラ兄さんの歌がめちゃくちゃカッコいいっス!惚れたっス!コーラスは相変わらず男!オトコ!おとこ!ばっかりっス!!(笑)これにてレコーディング作業は一区切りっス!明日から3日間は「七転八倒(仮)」「歩き続ける人たちへ(仮)」「漂流記(仮)」の3曲のミックスダウンっス!押忍!ご苦労さんっス!!
2001年12月12日(水)
「七転八倒(仮)」ミックスダウン。最終仕上げならではの様々な音響効果が加わり、ド派手にグルーヴしていく三線ファンクロックの出来あがり!カッコイイ!!
2001年12月13日(木)
「漂流記(仮)」ミックスダウン。珍しくアキラさんのヴォーカルにかかるエフェクトが深めで、<漂流>といううモチーフにぴったりのロマンティシズムが漂う仕上がりに。
2001年12月14日(金)
「歩き続ける人たちへ(仮)」ミックスダウン。
これにて、長きに渡ったアルバム・レコーディングが遂に山頂制覇!夏に始まった音入れと酒呑みの日々も、気がつけばはや師走。いやいや皆さん、よくぞここまで…(涙)
しかし、更なるクオリティの追求のためのザ・コブラツイスターズの音楽作りは休むことなく続いていくのである。覚悟せよメンバー!覚悟せよスタッフ!!覚悟せよ我らの肝臓よ!!!
読者諸氏、長らくお付き合い頂き、誠にありがとうございました。またお会いするその日まで、しばしのお別れです。いざサラバ!
さてと。赤ちょうちんがオレたちをよんでるぜ。あ、コブツイチームの飲酒スタイルは危険ですので、よいこのみんなは決してマネしないでネ。
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さて、昨年末に一端終了したかに見えたザ・コブラツイスターズのレコーディングですが、ここにきてゾンビのようにあらいつの間にかまたやってるのねサラリーマン金太郎ってのように千松・上村社長の昨日の宴席での記憶の断片のようによーみーがーえーるうう〜♪
そうデス。リードシングルとサードアルバムへの更なるこだわりにより、もう1曲レコーディングすることに相成りましたのDEATH。
よって一音托生の二日酔い…じゃなくて完結編として、その模様をここにご報告いたします。
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2002年3月30日(土)
足掛け半年以上の長きに渡ったレコーディングの最後の1曲は「いつかの少年」。いつまでも続いていくようなメロディと、アキラさんの描く青春のロードムービーのような歌詞が胸に染みる珠玉の1曲。奇しくもアルバム・レコーディングの初日にあたる去年の8月30日に訪れたのと同じスタジオでのリズム録りは、長い長い旅の終わりを感じさせて感無量。
この日1日でシンセ、ボーカル、ギターソロ以外のバックトラックが完成。
2002年3月31日(日)
スタジオを移動してシンセ、ボーカル、ギターソロを順次録音。真夜中近くにレコーディングの全工程が終了!残すは明後日のミックスのみ。
「軽〜くビール一杯」という社長のお誘いに繰り出した一行。入った店のジョッキはどうやら一杯5リッターくらい入るやつだったらしく(ウソ)気づけば朝の4時半だった、との事後報告に何と期待を裏切らない人たちなんだろうと思う筆者であった。
2002年4月2日(火)
「いつかの少年」ミックスダウン。心地良く力強いミディアム・ナンバーに仕上がる。聴き終わってもずうっと耳に残っていく名曲だなあと、改めて実感。マニュピレーターの武藤星児氏との約束があった一郎さんを除くアキラさん・リーダー・棗さんのメンバー組とエンジニアの山口氏・ディレクターのスタッフ組の計5人で軽打ち(註:“軽い打ち上げ”の略語。打ち合わせを兼ねたちょっとした飲食会の意)
。1時間半で中生ジョッキ6杯・焼酎ボトル2本がさくっと胃袋に(お詫び:正確にはこれを軽打ちとはいいません。)...
<おわりに>
かくしてレコーディングは終わった。
しかし。シングル、アルバムそれぞれの選曲とマスタリング、アルバム・タイトルの考案、ジャケットやビデオクリップのアイディア出し、撮影などなどまだまだ仕事は山積みだ!そして休む間もなく曲作りが待っている!!「いつかの少年」でアキラさんが歌っているように、長い旅に終わりはないのだ。
働くぞメンバー!働くぞスタッフ!働いてねアルコール分解酵素!開いててね居酒屋さん...え?もうラストオーダー?食べ物だけで飲み物はもうひとつくらい大丈夫っすよね?
じゃボトルでもう1本。
完?
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