小泉 今日子
Kyoko Koizumi

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2020.08.22

小泉今日子無観客配信ライブ「唄うコイズミさん」ライブレポート



 小泉今日子か、キョンキョンか……、このライブレポートを依頼されたとき、彼女のことをどう呼ぶべきかちょっと悩んだ。「小泉今日子」と書くとちょっと堅い気がする。でも、「キョンキョン」ではくだけすぎかなとも思える。なにしろ彼女が人前で(無観客とはいえ画面の向こうにたくさんの人がいる)、こうやって自分の曲をたくさん歌うのは8年ぶりだ。
 今回は、ライブのタイトルにあやかって、基本的に「コイズミさん」と呼ばせてもらおうと思う。
 ステージの奥からピアニストの真藤敬利さんとコイズミさんが現れた。これから始まる〈唄うコイズミさん〉。舞台の中央に置かれた椅子に、すっと腰かけた。その場所自体が、きっと彼女が唄いだすことをずっと待っていて「どうぞ」と席を譲ったようにも見えた。だけど、コイズミさんは「あら、ごめんあそばせ」と大物ふうに振る舞うのではなく、少しだけ照れと緊張を浮かべながら、本当にすっと腰を下ろした。「また、おじゃましました」と言っているかのように。ひさしぶりだけど、そこは彼女にとってはおなじみの居場所だから。



 ピアノに導かれて、最初にコイズミさんが歌いだしたのは「二人」。アルバム『Flapper』(85年)のラスト・ナンバー。作詞作曲は飯島真理さん。オリジナルはピアノと歌だけ。『Ballad Classics』(87年)でのセルフカバーでは後半に米光亮さんがアレンジしたバンドサウンドが加わる。今回はオリジナルに忠実なアレンジだった。
 コイズミさんがまた歌い始めるにあたって、これほどふさわしい曲はない。この曲の発表から35年の月日が経っているという事実にくらくらするけれど、もっと驚くのは歌詞もメロディも、いまの彼女にぴったりと思えたこと。まっすぐに生きてきたからこそ、歌にも余分な成分がまとわりつかないのだろう。
 アコースティックギターのオオニシユウスケさんが現れ、続いて「夜明けのMEW」へ。「君をすべて知っていると思っていた」で、記憶のなかで鳴っていた音と現実が完璧にシンクロして、思わず息を飲んでしまう。



 2曲を歌い終えると、ちょっとした緊張を解きほぐすかのように、コイズミさんは喋り出した。見えない観客に向けてのMCは、自分でもきっとちょっと不思議な感覚かもしれない。だけど、語り口を耳にしているとホッとする。舞台の上と楽屋と日々の暮らしがそのままつながっていると思えるからだろうか。落ち着いた、飾らない言葉が耳に優しい。
 往々にしてアコースティック・ライブは、研ぎ澄まされた演奏や張り詰めた空気とも無縁じゃない。だけど、コイズミさんが今日のこのスタイルを選択したのは、歌と自分の関係をひさしぶりに確かめるために、お互いシンプルな格好でタッチしましょうよ、って歌に問いかけてる感じがした。
 歌と自分の間を徐々に詰めていく意味で、続く3曲は、ひそかに前半のハイライトだった。今年、岩井俊二監督が監督した劇場版『8日で死んだ怪獣の12日の物語』の主題歌に指名された「連れてってファンタアジェン」(87年にベルリンで録音された異色の傑作『Phantasien』収録で、作曲は細野晴臣さん)。菅野よう子さんとがっちり取り組んだ90年代半ばの意欲作『オトコのコ オンナのコ』(96年)の一曲目で、シティ・ポップ的なグルーヴが心地よい「赤い金魚」。そしてさかいゆうさんが提供した「100%」でコイズミさんは、ウンと背伸びをするみたいに立ち上がって歌った。歌詞が「とびきりカワイイおばあちゃんに絶対なるから」に差し掛かった瞬間の、はにかんだような笑顔とともに、この日の歌のスイッチが完全にカチッと入った、ような気がした。
 大ヒットではないけれどきっと特別な意味合いが彼女にあるこの3曲で、この日のバンドも、このライブハウスの空気も、大きく深呼吸したようにぐんとなめらかさを増した。それってたぶんコンピューターで読み込んだ波形だけでわかるものじゃない。歌ってつくづく不思議だし、素敵じゃないか。



 2020年8月21日、一気に解禁される彼女の曲は720曲を越えるという。いろんな季節の歌を歌ってきたけれど夏といえば、な選曲が「渚のはいから人魚」だった。最高だ。コールこそ聞こえないが、アコースティックであることを忘れそうなほどはじけてた。
 たとえ歌っていないスパンが長くても、彼女の場合、それが「ブランク」には思えない。こうして、若い頃にはじけまくった歌を歌っても、全然無理がない。どうしてなんだろう。
 この日、コイズミさんは「私は歌手なんです」とMCをした。「歌手に戻ります」とは言ってない。小泉今日子であることと歌手であることがイコールだから、わざわざ「戻る」必要がないんだろう。「渚のはいから人魚」を聴きながら、それを強く感じていた。
 そこからエンディングまでは、もう野暮な言葉はいらない。「あなたに会えてよかった」、「優しい雨」、そしてアウターを脱いでTシャツ姿になって歌った「The Stardust Memory」へ。『Ballad Classics』の素晴らしいアコースティック・バージョンを思い出させてくれた。こんなに身近な雰囲気で彼女が歌っているという贅沢を、画面を通してもしっかりと感じてほしい。でも、それは天から降臨した女神様を拝むようなものじゃなくていい。一緒に遊んだり、一緒に悩んだり、夜遅くまで付き合ってくれたり、いざというときにとても頼りになる心強い友人のようなコイズミさんが、また近くにやって来た、くらいの感じ方が正しい気がする。



 こういう機会をまたちょっとずつ設けていきたいとコイズミさんは言った。私の歌だけじゃなく、いろんな人の歌も歌ってみたい、とも言ったっけ。〈唄うコイズミさん〉みたいな企画を心から待ち望んでた人もたくさんいただろう。コイズミさんと一緒に音楽で遊びたいって思ってる人たちもたくさんいるだろう。ニュー・アルバムの可能性も、その先にはあるのかもしれない。
 そんな果てしないワクワクを予感しながら、アンコールにコイズミさんが選んだ「三日月ストレッチ 背すじのばし篇」を聴いた。ゆっくり、楽しく、のびのびと。この素晴らしい時間の最後は、これから起きる楽しいことへの心の準備体操みたいだった。

文:松永良平
写真:岩澤高雄

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