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| 毎回、彼の全国各地での旅のエピソードをお送りします。 |  |
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gregg lee と久々に廻っている。PONTA BOX4年振りのツアーである。
greggはもう日本に来て20年になるというから、20年来の友人ということになるワケだ。知り合い始めの頃、高円寺次郎吉の本番前に食事に行こうということになって寿司は食えるかと聞くと大丈夫だというので向かいの回転寿司屋にはいるとボイルした海老とカッパ巻きばかり食べる。そういう気遣いの仕方はそのころから既に日本人というかそのへんの日本人よりよほど僕は好きだ。無理させて悪かったとは思うけど。
日本を受け入れて、日本で暮らす人を日本人と呼ぶのだと僕は考えるのだが、打ち上げなどで必ず外国人に対する一般的な質問を受けてるのを見るとちょっと気の毒になる。まぁ天気の話あたりからだんだん会話が弾んでいくようなものだと思えばいいんだけど、アメリカへ行ったら東洋系の人同士でもまずは英語で話すんだから、日本で会ったらとりあえず日本語で喋りかけるように僕はしている。パリに初めて行った時に入った jazz club で飛び入りできるきっかけを探すのに日本人 basist がいるのを見つけて駆け寄り”モントルーの帰りに寄ったんだけど一曲遊ばせてもらえないか”とたたみかけるように言ったら(ハリキってたんですね)仏語に続いて英語で”おれはベトナム系のフランス人だ”といわれ恥ずかしい思いをして以来そうしてる。
ここのところツアーにでてもなんだか早起き(といっても僕の早起きは10時前後のことだが)してちゃんと朝御飯を食べたり予習復習の時間を作ったりしてたのだが、間があいても習い性というのがあるのかどうか、PONTA BOXツアーは4時5時まで飲んじゃって翌日の午後、出発時間寸前まで寝るというパターンに初日からなっている。24時間がワンサイクルで回るのを体感するというのはなかなか気分のいいものだし、不思議とPONTA BOXの場合はそういう暮し振りのほうが演奏に締まりがでるように思えるから不思議である。
仙台zepはなんと楽屋が一人一部屋になっていてとてもスター気分。
熊谷vpuge久しぶりに行ったら落書き増えまくり。余談だが、お台場の巨大アミューズメントビルで、”迷いそうだからパン粉でも落としながら歩くか”というと、坂本サトル君が、”床にマジックで線を書きながら歩けば確実じゃないですか”というのでドキドキしたものだが、ロッカーというのはアナーキーな人達である。 博多drum logos で演奏後、川沿いの ”players”で恒例セッションの後、96年モントルー帰りのPONTA BOX九州ツアーのビデオ観た。ものすごい演奏してた。ここのところ実現していないがイメージとして追い求めている”圧倒的な演奏”というのがそこにはあった。ショックだった。そのままホテルへ帰って(4時半)、7時まで寝つけなかった。あとで聞いたらgregg は7時まで飲んでいたそうだ。
広島 live cafe jiveは当日判明した所によると、ずっと馴染みだったジャズニーズが移転したついでに名前も新しくした店だった。レイコちゃん、jessyといった昔から馴染みの地元の歌手たちとの再会も愉。50人のキャパの店に100人入れたら200人断る羽目になって主催者大後悔。
打ち上げでお好み村。いつもの ”八戒”は森山良子さんチームに先取りされていたので、ツアーコーディネーター橋川氏(本来は神戸 chicken george booking manager)おススメの別店に行くとこれが大当たり!牡蠣のムニエル、スナズリetc全部旨。良子さんのほうからご挨拶に来てくれて恐縮していると、三次からきていたいまちゃん(なんと彼もお好み焼き屋さん)が、”いやー本当によく似てらっしゃる” ...........危。
神戸チキンジョージでは恒例の楽屋髪切りby西山さん。いや、お世話になっとります。僕は床屋嫌いなんである。美容室よりは、ヒゲや顔ウブゲをつるつるに剃ってくれる床屋のファンではあるのだが、いつも仕事を聞かれて説明が面倒だし、ピアニストだと言うと芸能界は云々というとんちんかんなこといわれるし、しまいにゃ早く羽田健太郎さんみたいになって下さいねなんて励まされてお見送りされるのだ。ありがとう、、、以外に僕になにが言えるだろう。
と言う訳でアルバム発表時や雑誌の取材などヘアメイクがつく時(柳さん)と、神戸に来る時(西山さん)が僕の髪切りタイムなんである。二人とも勿論僕のキャラから音楽までよく理解してくれているのでラクなんである。鳥取の床屋でステージに上がるのでと言ってからウトウトしてたら五木ひろしさん風になったなんていう失敗もせずにすむのである。やれやれ。
神戸から第2国道を経由して大阪梅田はバナナホールへと向かう。中学高校とすごしたエリアを通過するというのは、照れや後悔が絵の具の交じるように懐かしさに色付けされてなかなかいい心色である。
greggが以前、渡辺香津美とこのバナナホールで公演した時の前座は落語だったそうだ。さすが大阪、さすがの香津美君ではるが、前座というのはもともと落語ないし寄席のほうから来たことばだろうから、その意味でも語源通りなところがなんともおかしい。
打ち上げのpotato kid では大沢誉志幸とまわってた頃の舞台監督小宮山氏と遭遇。業界定番店というのもこういうときは嬉。飲みに来て挨拶ばかりっていう面倒なことも間々あるけどね。そういや今流行りの大型銭湯にいったら辛島文雄氏と出くわして、ユルユルって気持ちになれなかったことがあった。別に嫌いな先輩じゃない、むしろかわいい兄貴って感じなんだけど、この世界、以外と体育会系なんである。
PONTA BOX一行が前乗りするを尻目に別バンド(瀬木貴将nature world)でもう一日バナナで演奏してから金沢に一人旅。
駅に着いた途端、映画とそのpre event のための取材が3つ。北中良枝ちゃんがロードマネージャーやってくれる。金沢大学入学後すぐjazz vocal 始め、そのころから仲良くしてきた彼女、なんといまではシネヴィヴァンの支配人だという。
時はめぐる。
北陸放送(テレビ)FM石川(生出演)北国新聞(翌朝刊用)とバタバタまわるが、みなさんよく瞬時にその前の仕事から切り替えて短い打ち合わせできっちり映像や番組や文章(なんと新聞の取材は翌朝刊には載っていた)にするなんと手際のよい仕事振り!えらいもんである。ある種ルーティンワークなんだろうけれど、僕はマスコミ系に行ったらとても出来の悪いひとだったろうと思える。いやマスコミっていう、就職先としての憧れ度コンテスト上位の職種でなくとも段取りは悪そうである。たった一度やったピアノを弾く以外の仕事(喫茶店のバイト)は3日でクビだったし、、、。
金沢 AZ hall での本番一部と二部のあいだの休憩時間の楽屋に、こちらの芸者衆の元締め姐さん(といってもまだ若い)ユイさんが妹分のクミさんを連れて現れ、とても華やか。立ち居振る舞いがとにかく優雅なんである。帯に携帯電話をはさんでいても。加うるに矢沢永吉さんのコンサートガードを20年やった我妻さん(その前は札幌警察のマル暴デカ長というから恐ろしい)が本番前からいて(勿論両者は互いに見知り、PONTA 氏とも長い)とてもにぎやか。
今回ついてるPONTA asistant はなかなか事件が多いのだが、今日は始まってみたらハイハットのネジがゆるゆるで、四苦八苦。”憲司の遺言”といわれてるjokeを思い出す。それは、、、
僕の編曲するアルバムレコーディングの仕事で無理を言って、大村憲司、村上ポンタ秀一、高水健二という黄金のリズムセクションに揃ってもらい、順調に進んでいた何曲目かのプレイバックの時、PONTA が(当時の)ボーヤにドラムのブース(仕分けした小部屋)から譜面を持って来るように言い、渡されたスコアを見ながらたったいま録音したアンサンブルを聞いているのだがどうも腑に落ちない様子。やがて書かれたタイトルを見て ”???、これ別の曲の譜面、次に録音する曲じゃないか!”あわてて走るボーヤにスタジオ内、なごやかにあきれているところへ(大村)憲司さん曰く、”わざとされてるのがわからんかなぁ。ボーや同士で飲んでる時なんかに、こないだこんなことして困らせてやったんだよ〜、てなこと言いながら酒の肴にしてるんだよ。わざとじゃなくてあんな間の抜けたことは出来ないだろう?おまえもまだまだ青いのう!”すると横から(高水)健二さん曰く、”しょうがないよ憲司、PONTAは昔から信号渡ったら全部忘れちゃうような奴だったじゃないか”、、、、
我らがアイドルドラマーも幼馴染みにかかると ”シオシオのパァ-” である。
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