鉄人28号になって狙われた街を勇敢に駆けていくんだ
傷だらけの身体見せつけてやるのさ
鉄人28号になって囚われた街の衝動を解き放つんだ
(「鉄人28号になって」)

10月5日リリース「鉄人28号になって」


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 ドラマチックな予感を抱かせる、アコースティックギターのストローク。そして冒頭のリリック。我々が暮らす<病んでる文明のど真ん中>に、ヒーローが颯爽と登場するシーンが浮かんでくる。でも、なんのために? ここにあるのは底が抜けた社会、心の通わない街、生きているというよりもやり過ごしているだけの生活...彼はきっと空虚な思いを内側に抱えながらも、<傷だらけの身体を見せ>てひとり格闘を続ける。そこに守るべきものがないとしても。
 都内を中心に活動するシンガーソングライター/トラックメイカー・Mom。「クラフト・ヒップホップ」を掲げたローファイ・サウンドで登場した彼は、フォークやヒップホップ、オルタナティブロックなどをミックスしていく自由な創作で、その音楽性を緩やかに変容・溶解させながらクリエイティブを楽しんでいる。
 自主制作から数え既に6枚のアルバムを発表しているが、中でも直近の2作『21st Century Cultboi Ride a Sk8board』と『終わりのカリカチュア』は、その充実の内容で彼の評価を高めた作品である。コラージュ的に差し込まれるギミックの効いた音作りや、言葉が浮かんでくるような気持ちのいい譜割はそのままに、「歌」にフォーカスした作風にシフトしているのがここ数作の特徴だろう。
 そこで書くリリックは、一層その鋭さを増しているように思う。風潮に流されることなく時代の気分を捉える批評性、それらを詩的に綴る歌詞が、彼の音楽を聴き応えのあるものにしているのは間違いない。シリアスな現状認識を吐き出した「心が壊れそう」(『終わりのカリカチュア』収録)がそうであるように、彼の書く歌詞は不機嫌で、時折辛辣さに傾く。だが、それは生々しいコミュニケーションを求めることの裏返しだろう。以前『21st Century〜』に関する取材の中で、彼は「カルトボーイ」について「“人間らしく躍動する”ことの象徴」なのだと説明してくれていた。
 さて、今年に入ってからはももいろクローバーZへの楽曲提供や、寺尾紗穂のアルバムに参加するなど、本プロジェクトの外でも存在感を見せている。こうしたレンジの広い音楽性と積極的な活動が、より広いリスナーへとアプローチすることに繋がっていくだろう。約1年4ヶ月ぶりのアルバム『¥の世界』のリリースを前に、現在リリースされている先行シングルからMomのモードを探ってみたい。

 まずは5月に発表された「続・青春」が、本作のタームにおける起点になったと見ていいだろう。放課後のチャイムを聴くような郷愁を誘うピアノのイントロに、寂しげに漂うブルースハープの音色。とぼけた雰囲気のビートにフォーク調のメロディ。そしてしんみりとした空気を自ら破壊していくような、言葉にならない叫びとノイズーー誰もいない体育館、誰もいない教室、机の上に土足で上がって叫び散らすMVを見ていると、学校という場においては、大人になった彼こそがノイズであるように思う。<悲しいのはどうしてかしら/苦しいのはどうしてかしら/苛立つのはどうしてかしら/みんなどこかへ消えてゆく>というラインはもちろん、声を重ねることで「まるで彼一人ではない」かのように感じる<生き続けてやるぜ>というフレーズが、一層胸に迫ってくる。
 それから2ヶ月ほどでリリースされたのは、架空の短編映画のような三部構成で聴かせる、「勝手にしやがれ!」である。6分を超える長尺の楽曲の中で、突拍子もなく耳をくすぐるサウンドと、人懐っこいメロディがMomの歌(≒物語)を運んでいく。<死んだふりはもうやめるのさ!>というフレーズに相応しい、どこかやけっぱちなエネルギーを感じるのも頼もしいところである。
 なお、MVには各章のタイトルが一瞬だけ表示されるが、終章の題名は「フィナーレーーまたは、もうひとりぼっちじゃない!」である。これは恐らく、カート・ヴォネガットによる小説『スラップスティック』の副題、「ーーまたは、もう孤独ではない!」のオマージュだろう(もし偶然なら、流石に出来すぎている...)。人生をドタバタ喜劇になぞらえ、滑稽なユーモアを交えて「新たな家族の形」を提案する件の名著は、まさしくMomが取り戻そうとする「人間性」そのものであるように思う。ちなみに『21st Century〜』の制作において、筒井康隆の『笑うな』や藤子・F・不二雄の『異色短編集』をインスピレーションに挙げるなど、彼の作品には皮肉が効いたSF作品からの影響があるのも特徴だ。

 それから先日リリースされた新曲、「鉄人28号になって」である。「鉄人28号」というポピュラーなモチーフと、言葉がスッキリと入っていくキャッチーさが印象的だ。Momの楽曲にしては珍しく、スウィートな声で語りかける<もしもし、こちらみんなの SOS クラブ>というラインも、この曲に親しみやすさをもたらしている要因だろう。また、冒頭の乾いた音色のギターは、日に日に潤いを失っていくこの社会を映したら、こんなサウンドになるという暗喩だろうか。The Kinksの「You Really Got Me」のリフを思わせる、Bメロのギターフレーズが小気味良い。
 それにしても、現代ではヒトよりもロボットの方が、よっぽど活き活きしているということなのだろうか。この曲において、かのヒーローを召喚した動機に思いを馳せる。そこでふと思うのは、『21st Century〜』に関して、David Bowieの『Ziggy Stardust』からニュアンスを拝借し、「“過激さを演じる”というグラム的なイメージがあった」と言っていたことである。Momが時折ファンタジーに仕立てて曲を作るのは、空想を通して現実を見せるという機能だけでなく、「物語」というマスクを手にすることで、自身の内面をスムースに吐露するためなのではないだろうか。
 とはいえ、何よりMomの楽曲が魅力的でならない理由は、その音楽の中で怒りと笑い、希望と不安、情熱と諦観が衝突しているからである。「Boys and Girls」、「アンチタイムトラベル」、「祝日」といった代表曲を見てみても、彼は憂鬱を隠すことをしないが、同時にどこか楽観的な音色と言葉で曲を作ってみせる。「続・青春」、「勝手にしやがれ!」、「鉄人28号になって」も、そうしたアンビバレンスな感情が音と言葉に紐づいているからこそ、胆力を感じるポップソングになっているのである。
 11月2日に新たなアルバム、『¥の世界』がリリースされる。先日アナウンスされたトラックリストによると、1曲目には「続・青春」が置かれている。Momはこの曲の冒頭で、<人間やろうぜ>と語りかけている。それはつまり考えること、涙すること、疑うこと、省みること、傷つくこと、怒ること、そしてそれから笑うこと。つまり『¥の世界』というアルバムにおいて、彼はカネでは買えないもの、カネには替えられないものを歌うのだろう。
 内側で燃えているような情熱を感じる「鉄人28号になって」。そこで歌われる<ハートに火をつけて 新しいキッスを生み出そうぜ>というリリックは、とてもMomらしいフレーズだと思う。それは明るい未来への期待である。
黒田隆太朗