アルバム情報


2022年11月2日(水)発売
5th Album「¥の世界」
通常盤(CD) :VICL-65707 / ¥3,000+税
▼収録曲
01. 続・青春
02. スーパーヘヴン
03. ロストシング
04. 電話とヘリコプター / 16対9
05. 鉄人28 号になって
06. 僕はラジオ
07. ¥
08. 勝手にしやがれ
09. 青い花
10. あの子が描いた非現実の王国
Download or Stream URL https://jvcmusic.lnk.to/yennosekai
Momの音楽を聴くことは、Momの運命と刹那的に交流することである。他の人にとってどうかは知らないが、少なくとも私にとってはそういうもので、だから、ここに届けられたMomの新しいフルアルバム『¥の世界』を聴いている約50分という時間もまた、私は彼の運命の断片と対面していた。痛切にリアルな音楽である。これまでのアルバム以上に本作でMomは、彼と世界との関わり合いの中から自分自身を見つめ、それを音楽に映し出しているように思える。
その、なめらかで頑固な独特な身体性を持った歌も、記憶を重ね合わせるように複雑にレイヤーが重なったサウンドも、軽薄なわかりやすさと「それっぽさ」が求められるこの時代にあって、安っぽい共感なんて1ミリも求めていないことがわかる。自らを虚飾して聴き手を騙してやろう、なんていうセコいことも一切考えてはいないだろう。ひとえに、己が抱える希望も無力感も怒りも、あらゆる記憶と感情を音楽に刻み付けて、そのうえで、この音楽を聴く誰かの生を心の底から祝福してやりたい!――この音楽は、そんな途方もないことを目論んでいる。これほどにもエゴイスティックでヒロイックで切実な野心を抱えたMomの姿は、とても愚かしく、だからこそ美しい。彼は先行配信された1曲、“鉄人28号になって”でこう歌っている。<鉄人28号になって狙われた街を勇敢に駆けていくんだ/傷だらけの身体見せつけてやるのさ>。傷も、地獄も、眠れない夜も割り切れない思いもすべてを差し出して、それでも繋がる相手をこの音楽は探している。
ジャケットのアートワークを見てみるといい。もはやビビッドな照明に照らされたものにしか気づけなくなった人々の目の前に、顔面を真っ黒に塗りたくった孤独の肖像が突きつけられている。この糞も愛も混ざり合ったリアルをあなたは受け取れるか?――Momが求めるコミュニケーションは、そのくらい本気のものである。 あるいは、このアルバムは「消費」と「制作」を巡るアルバムともいえる。『¥の世界』というタイトルが示すように、本作で歌われることの前提にあるのは、人々の消費活動によって回る資本主義社会だ。そのなかで生きていくことの葛藤は作中のいたるところに表れるが、最もわかりやすく表れているのは、7曲目の“¥”だろう。
<僕のこと、否定してくれないか/こんな場所で歌ってる僕のこと/言葉より残酷な視線をここに突き刺して/僕の嘘を暴いてくれないか><いのちよりたいせつなマネー/あたらしいガジェット/あこがれのスポーツカー/カラッポだ!ってはいてすてて/それでもおわれないんじゃあねえ/もうアレしかないのかなあ????>(“¥”)――ブランドのロゴとフォロワー数と再生回数と他者の目線に振り回されて、ハイスピードで流れては消えていく情報に引きずられて、それでもとめどなく溢れる欲望を人々が持ち寄る「¥の世界」。その果てにどれだけ地球が壊れようと、その果てにどれだけ人が壊れようと、欲望は加速する。ときとして「スーパーヘヴン」な陶酔感にも包まれるこのドラッギーな「¥の世界」で生きることに虚しさを感じつつ、同時に、自らもまた消費し消費される存在であるということ。Momは自分自身がこの消費システムにのっとって生きるひとりの生活者であり当事者であり、そしてまた、ポップミュージックの制作者であるという事実にも、疑いの目を向けずにはいられない。そんな彼の誠実で不器用な眼差しが、このアルバムには通底している。

じゃあ、どこに行けばいい? この出口のない世界で、それでもMomは解決を探して自分自身を掘り進めていく。他の誰かの物語を紡ぐのではなく自分自身を徹底的に見つめる、この自己探求の深み、内省の深みこそが、本作『¥の世界』の深みと言っていいだろう。「消費」も「制作」も、どちらも人間がよりよい暮らしやよりよい自分を追い求めて行うものなら、その違いとはどこにあるのか?それは理想を「外」に見るか、「内」に見るかという違いである。理想を自らの外側に求める消費者としてではなく、理想を自らの内側に求める制作者として、Momは自己を徹底的に掘る。掘って、掘って、掘る。本作の最後に収められた“あの子が描いた非現実の王国”は、そんなMomの制作=自己探求の果てに見出されたであろう、ピュアで美しい、宝石のような1曲だ。
Momという存在の根底に灯る淡い光が、この曲だ。<時間の檻の中で燃える君の/ 延びてくる手をキャッチできるのは/永遠にただひとりだけなんだから/目を逸らさないでよ/驚かないでよ/なかったことになんてしないでよね>――そう歌うこの“あの子が描いた非現実の王国”でMomは、自らが音楽を作ること、それを誰かに届けたいと思うこと、その秘密を、そこにある哀しさも寂しさも希望もをひっくるめて、繊細な筆致で描き出していく。消費し、消費される関係ではなくて、孤独な魂と孤独な魂が出会う本当の瞬間を求めて、祈るように。
しかし、“あの子が描いた非現実の王国”が到達点ではない。『¥の世界』最大の名曲は、アルバムの冒頭に既に表れている。1曲目を飾る、“続・青春”。
中村一義の1997年の名曲“犬と猫”を現代にアップデートしてみせたようなこの曲こそ、「今」という荒野を行くすべての気高く孤独な人々に向けてMomが放った祝福であり、MomがMom自身に放った祝福の1曲だ。この曲でさりげなく歌われる、<生き続けてやるぜ!>という真っ直ぐな一言に、私はこの先何度だって立ち帰り、何度だって出会い直すことになるだろう。