2025年にデビュー30周年を迎えた、坂本真綾。10月にはベスト盤『M30〜Your Best〜』をリリースし、12月12日から年明けにかけてはミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ』に出演するなど、精力的な活動を行なっている。
そんななか12月28日に、新曲「時計」が配信された。この曲はスマートフォン向けRPG「Fate/Grand Order」の最終章主題歌であり、坂本自らの作詞・作曲で書き下ろされたもの。2025年10月時点で国内3300万ダウンロードを突破し、国内だけでなく海外でも多くのファンに支持される「Fate/Grand Order」。坂本真綾がこれまでに依頼を受けて制作してきた、シリーズ6曲目となるこの曲は、締めくくりにふさわしい「未来への希望」が描かれている。
「Fate/Grand Order」シリーズで、また坂本真綾の新曲が聴けるということに歓喜の声を上げているファンも多いことだろう。シナリオライターの奈須きのこ氏から坂本に新たな楽曲制作のオファーがあったのは2022年の年末のことだったという。2023年春の打ち合わせを経て楽曲制作がスタート。2015年に「色彩」をリリースしてから、声優としても長く「Fate/Grand Order」に携わってきた坂本が、自ら作詞・作曲を手掛けて最後を締めくくりたいという気持ちがあったようだ。最初はダークな感じのバラードをイメージしていたようだが、奈須氏から出されたリクエストは「最初は暗闇から始まり、最後には希望を感じさせるアップテンポな曲」。この要望に悩み、楽曲制作はなかなか進まなかったようだ。約1年半という長い期間をかけて出来上がったのが「時計」である。
イントロの鍵盤の音色を聴いた瞬間、まるで教会の高い天井から光が降り注ぐような空間が目に浮かんだ。本当の言葉だけを丁寧に口にするように、慎重な歌い出しで始まるこの曲は、徐々にテンポアップしてサビへと向かう。すぐに口ずさみたくなるほどシンプルで、優しく駆け上がるような極上の旋律が訪れる。そのキャッチーなフレーズが、とても印象的な1曲だ。
全体の佇まいとしてもチャーミングで清涼感があって凛としている、「時計」は実に坂本真綾らしさを感じさせる珠玉の名曲。歌詞には素直で誠実な言葉が並んでおり、サビの<羽が乾いたら>や<今だけは目を閉じて>という繊細な表現に、戦いに疲れたり傷ついた人を癒す力が宿されている。長い旅を終わらせて、また次のページへ、という最終章ならではのメッセージが、柔らかで希望に満ちた曲調に落とし込まれた。
編曲を手掛けたのは「色彩」や「逆光」「空白」でも制作に携わってきた江口 亮氏。坂本真綾における「Fate/Grand Order」シリーズの楽曲はエモーショナルで激しい曲調が多かったが、「時計」は全てを包み込むような雄大さや穏やかさを感じさせる1曲になっている。曲調は違えど、「色彩」から続くひとつの物語の着地点であることが伝わってくるような統一感のあるサウンドプロダクションなのもさすが。どの曲もしっかり物語に寄り添いながら、アーティスト・坂本真綾の楽曲として成立するように手掛けてきたからこそ、新たなリスナーも既存のファンも喜ばせる音楽制作を実現してきた。
坂本真綾が紡いだ歌詞から奈須きのこ氏がインスパイアを受けてゲームの内容に反映されることもこれまでにあったようで、作品には彼女のストーリーテラーとしての手腕も発揮されてきたし、自身が今歌いたいことをリンクさせながら音楽を紡いできた。「FGO」と坂本真綾のクリエイティビティにおける刺激的な相乗効果は、多くのファンを巻き込んで更なるヒットへと繋がっていったのだ。そして今、「時計」によって長い物語が大団円を迎える。
「時計」に描かれている言葉たちは、まさにデビュー30周年という節目を迎えた坂本真綾の未来への宣誓のようにも聞こえてくる。<真っ白に広がる 次のページへ>という清々しいフレーズは、どんな新しい時間を連れてきてくれるのだろうか。きっと今後のライブでも重要なハイライトとなるであろう「時計」が披露される日が、今から楽しみでならない。
Text : 上野 三樹
