坂本真綾「菫 / 言葉にできない」インタビュー

――まずは、ご懐妊おめでとうございます。

ありがとうございます。

――ファンの方たちにとっても嬉しいニュースでした。今回は5月25日にリリースされる両A面シングル「菫 / 言葉にできない」について、お伺いしたいと思います。まずはTVアニメ『であいもん』のオープニングテーマとして書き下ろされた「菫」は、くるりの岸田繁さんの作曲です。どんな制作でしたか。

私、いつかは岸田さんと何かでご一緒できたらなと思っていて、以前からそういう話はスタッフにもしていました。今回、アニメ『であいもん』の舞台が京都で、原作者の先生も京都のご出身なんです。主人公はバンドマンだったけど、その夢を諦めて実家の和菓子屋に戻ってくるという物語で。くるりがモデルというわけではないけどインスピレーションになったというお話を聞いて。だったら今回、岸田さんにお願いするのがピッタリなんじゃないかと思いました。岸田さんは、ご自身もずっと京都にお住まいということで、リモートで会議したのが初めましてでした。

――どんな曲をイメージしていましたか?

バラードで、ちょっとだけスケール感のあるような曲をイメージしていました。「であいもん」は日本の伝統的な文化を通して、現代の人々が繋がりを育んで、成長していくという物語です。そんなあたたかい空気感が伝わるようなオープニングテーマにしたいなと思いました。岸田さんもご自身の制作やくるり結成25周年などでお忙しいということだったんですが、デモをかなり前倒しで上げてくださって。初めて聴かせていただいたときから、しみじみ良い曲だなと思いました。

――「菫」の歌詞は生きること、愛することの真髄みたいなものがシンプルな言葉で綴られています。どんな想いやイメージで書いていきましたか。

バンドを諦めた息子が和菓子屋の跡を継ぐのか、でも、そこに現れた全く血の繋がりのない小学生の女の子が自分が継ぎたいと言っていて。その女の子を周りのみんなで育てながら物語が展開していく、ほんわかした作品なんです。私としては出会っては通り過ぎていく人生の景色みたいなものを絵的に思い浮かべていました。店先で通り過ぎる人たちを右へ左へ見ながら、人それぞれに色んな人生のドラマがあって事情があって。自分でも車を運転していて、目の前の横断歩道を人が通り過ぎるのを見ながら、一人も知り合いはいないけど、みんな色んな人生があるんだろうなと漠然と思う瞬間があったりして。自分の知らない人生の物語に思いを馳せるような歌詞にしたいなと。たまたまこの歌詞を書いていた時は、自分は子供を授からない人生だったなと思っていた時で。子供は持つことができなかったけど、同業者の後輩とか、あるいは見ず知らずの誰かや世の中全体の何かかもしれないですけど、自分の得てきた知識や体験を下の世代に渡して貢献するにはどうすればいいのか、考えていたところでした。なので、物語に出てくる少女を和菓子屋のみんなで育てていくことに参加するような気持ちで歌詞を書いたんです。

――そういう想いが<僕たちは繋ぐ生き物だから誰かの夢のつづきを/あきらめきれず紡いでいく>という歌詞になったと。

そうですね。色んな人生があるなと思って。血の繋がりがなくても、師匠の作ってきた技術を学んで命懸けで守っていく職人さんもいらっしゃいますし。先代が辿り着けなかったところに辿り着くために技術を高めたり、新しいものを取り入れたり、本当に不思議な原動力だなって。そうやって誰かの夢を背負って繋いでいって今の色んな物や技術が生み出されていて、人間ってすごいなと思います。

――そして歌詞を書かれていた時と状況は変わり、真綾さんも今となっては命を繋いでいく。

そうですね、不思議なもので。

――込める思いも変わってきますよね。

そうですね。岸田さんが書いてくださったメロディは、言葉数としては少ないので1曲として完結させることが難しく思えたんですが。でも言葉もシンプルに削ぎ落として書けたのが良かったなと思っています。余白があるぶん、受け取る人が自分の気持ちによって解釈を変えてくれるかもしれないなって思います。

――この曲に歌詞を乗せる時にはそういう難しさもあったんですね。

はい、難しかったです。岸田さんがご自分で書かれる歌詞も好きなので、岸田さんに良い歌詞だって言われたいっていう雑念のような気持ちもあって(笑)。でも、後にお会いしたときにすごく褒めてくださって嬉しかったです。菫という花は、群衆で咲く花なんです。例えば夫婦も元は他人ですけど、生きていく中で作っていく大小さまざまなコミュニティ、血の繋がりだけでなくいろんな絆で寄り集まって何となく支え合いながら生きていく人間の営みを、菫と重ねてタイトルにしました。アレンジにも不思議な宇宙感のあるノイズが入っていたりして、私の好きなくるりの世界を感じて嬉しかったですし、久しぶりにバラードでシングルを出せるのも嬉しいです。どうしてもアニメの主題歌って激しめの曲調を求められることが多いですが、『菫』は今の自分の気分に合ってるし、世の中的にもみんな今、穏やかな気持ちを求めてるんじゃないかなと思います。

――そして「言葉にできない」はTVアニメ『本好きの下剋上 司書になるためには手段を選んでいられません』のエンディングテーマとして書き下ろされたということですが、こちらはどんな制作でしたか。

この曲は私の作詞作曲でやらせていただけるということになって。ちょっとファンタジーなビブリア調の世界観なので、いわゆるポップスの電子音より無国籍感のあるアナログな楽器の音メインでイメージしていて。物語の中に入っていくような世界観を目指して作っていきました。

――<私だけど 私だから>という歌詞が素敵です。どんなメッセージを込めたフレーズですか。

ある少女が自分の故郷を出て独り立ちしていく瞬間を書きたかったんですけど。こんな私だけどできることがあるはずと思うこともあるし、こんな私だからできることがあると思うこともある。自分に自信があるわけじゃないけど、やるべきことがあるはず、それが何かわからないけどとにかく自分で歩き出すという、旅立ちの瞬間を書きました。アニメのエンディング主題歌なのでお話の流れに沿ったテーマなんですけど。これも不思議なことに、異世界に入り込んじゃって、そこで見ず知らずの人たちと家族になる話なんです。愛されて大事にされてきた時間があって、そこから旅立たなきゃいけない。この春にそういう体験をする若者も多いんじゃないかなと思ったりして書き進めていきました。近しい人たちゆえに、なかなか言葉にできない、今更言えない言葉があったりしますよね。『ありがとう』とか、『さよなら』とか、そうじゃなくて、もっと適した伝えたい言葉があるような気がするけど、言葉が見つからないから結局何も言わずに終わるみたいな。そういう気持ちを歌詞にしました。

――アレンジはh-wonderさん。アイリッシュな雰囲気の弦楽器と、繊細なコーラスワークが特徴的ですね。

私の曲を和田さんにアレンジをしてもらうのが初めてだったので、感慨深いです。デビュー当時、お互いシンガーとして出会った人に、私の曲をアレンジしてもらう時が来るなんて!と思いました。

――そしてカップリングの「千里の道 -studio live-」は真綾さんがパーソナリティを務めるラジオ番組「ビタミンM」の放送1000回記念として制作されました。「ビタミンM」は真綾さんにとってどんな時間ですか。

金曜日の夜に放送している番組で、今週も一週間頑張ったなと、日々のビタミンチャージをしてもらいたいなと付けた番組名なんですけど。特にネタコーナーがあるとかじゃなくて、ただひたすら私が自分の曲をかけて喋ってるだけの地味な番組ですが、だからこそホッとするような何でもない時間を豊かに感じてもらえる番組になればいいなと思ってやっています。20年続けてきた中で、真剣に悩んでる方のメールにも、私なりに答えてきたけど。限られた時間で、直接会って話せる訳でもなくて。本当にその人にとっては切羽詰まってるくらい悩んでることもあって。変なことを言って、逆の方向に走らせちゃったらどうしようとか発言する立場のプレッシャーもありますが。それでも、たまたま聞いてた人が『そうだ今日1日生きていただけでいいじゃないか』って楽に眠れたらいいなと思いながら、1000回の記念に曲を作りました。

――真綾さんにとってもリスナーと対話する大切な時間を重ねてこられたんですね。

そうですね。私も人間なので、今日はラジオで喋ったりする気分じゃないくらい落ち込んでるとか、体調が悪いとか、20年続けていればそういう時だってあるんですけど。そんな時にこそ、呼ばれたかのように自分が励まされるようなメールが来たり、不思議なものなんですよね。私自身が何度も救われる機会にもなってたんだなって。発信する立場なので自分が与える側でなきゃいけないんですけど、その逆もある。東日本大震災の時も、こんな時に何の話をすれば良いんだろうと考えました。実際に被災地の方からメールが届いていたりして、体験した人にしか語れない心境がリアルに伝わってきて思わず読みながら泣いてしまったこともありました。喋り手が泣くなんて、伝わるものも伝わらないし、私が泣いたからってどうなるわけでもないし、もっと冷静に読めれば良かったなってまた反省したりして。何が最善で、何を求められて、私に何ができるんだっていうのを番組を通じてもたびたび考えさせられました。そういう経験を経てより良い放送になるように、といつも考えながらマイクに向かってます。こんなに地味な番組なのに長く続けさせていただいていて、ありがたいです。昔から聴いてるよという方たちはもちろん、10代の若い子が『この春から聞き始めました』なんてメールを送ってくださることもあって、色んな方たちに支えられている番組です。これからも、できる限りは続けていきたいと思っていますし、でもいつ最終回を迎える時がきても、それを受け入れられるようにやりきろうという気持ちでいます。

――更に今回のシングル、初回限定盤には2020年11月29日に行われた全国ツアー「坂本真綾IDS! Presents Live&Talk 2020」の模様を収録したBlu-ray Discが同梱されるということですが、どのように振り返りますか。

あの時は25周年記念ライブの前で、コロナ禍になってから初めてのライブでしたが、状況が若干落ち着いてた時期だったので、地方にもいけたタイミングだったんですね。ミュージシャンもスタッフも多くのライブが中止になった後だったので『やっぱりライブっていいね』と実感して、ハッピーな気持ちにさせてもらったツアーでした。お客さんもあの時期、生の音楽体験に飢えていたと思いますし、ただ生音が聴こえただけで涙が出たという人もいただろうし。今まで普通に好きだなと思って聞いてた曲でも、こういう状況になるとまた刺さるなとか、またみんな感受性が豊かになっている状態で楽しんでくれてるんじゃないかなと思いました。

――シングル「菫 / 言葉にできない」を聴いてくださる方たちに何かメッセージをお願いします。

3曲とも、別々の理由から作った曲なんですけど、それぞれに私が今、発したいなと思っているテーマが込められている、すごく充実感のあるシングルだなと思っています。この春、色んな人生の節目や変化を迎えた人にも、自分のこととして聞いてもらえるような曲が3曲集まっているので、じっくりと耳を傾けて言葉を受け取って欲しい作品です。