坂本真綾「nina」Interview

――「nina」はTVアニメ『星降る王国のニナ』のオープニングテーマとして書き下ろされたそうですが、いつぐらいから制作がスタートしたんですか。

アニメのタイアップ曲だと制作の都合上、楽曲の締め切りが早いので放送の1年以上前から準備していくんです。『nina』も候補曲を集め始めたのが去年の夏頃で、レコーディングを始めたのは秋にさしかかっていたと思います。今回のお話をいただいて原作を読み、監督の意向を聞いて、曲の方向性を定めていきました。いわゆる“元気でポジティブ”なメッセージを必要とされていて、でも今までとはちょっと違う切り口の楽曲にするにはどうしたらいいのかなとか、そんなことを考えながら作り始めました。

――原作を読んで、どんなことを感じましたか。

アニメ『星降る王国のニナ』のストーリーとしては、貧しい暮らしをしてきた女の子が、ある日突然王宮に連れてこられて、全く新しい日々が始まって素敵な人と巡り会ったりする、まるでシンデレラのように読者が憧れる非日常的なところもある内容です。主人公のニナもすごく魅力的で特別な女の子として描かれているんですが、序盤で『あなたはそういう星の下に生まれてるから』と言われるシーンがあって。でも彼女は『そういう星の下に生まれたんだ』という一言で済ませたくない、『私は自分の人生を自分で選んでいくんだ』という決意をするんです。それは本当に短いシーンですが、私の中ですごく印象に残っていて。享受するだけではなく、置かれた場所でどう自分らしく生きて人と繋がっていくか。生き方を自分で選ぶという彼女の想いに共感しましたし、ハラハラするラブストーリーの奥に作者の方が投げかけたメッセージのひとつなんじゃないかなと感じて、そこにフォーカスして歌詞を書いてみようと思いました。ただ、最初に歌詞を書き始めたとき<知らない 知らない 知りたい 知りたいよ>のあとに<なんで泣けないんだろう 本当に悲しいとき>って書いていたんです。私が書くとどうしてもネガティブな感じになっちゃうからどうしたらいいんだろうと思って、すごく難しかったんですよね。自分が置かれた場所で咲く強さを持っている主人公と私はだいぶ違うから。だけど、そのフレーズを逆の発想に転換して<なんで泣けちゃうんだろう 本当に嬉しいとき>って書いてみたら、それはそれで私だな、そういう一部分もあるよなって思えて。この曲はその部分に特化して書き続けなきゃと思い、最後まで明るさを意識しながら書いていきました。サビの<運命とは思ってないんだ>から始まる3行で書きたいことが全部ここで言えたなと思いました。『星降る王国のニナ』の主題歌としてもぴったりだし、私自身が共鳴する歌詞が書けたと思います。

――サビの<運命とは思ってないんだ/奇跡って言いたくないんだ>は生き方を自分で選ぶ主人公に共鳴して出てきたフレーズなんですね。

そうですね。<奇跡>って今までの歌詞にも使ってきた言葉ではあるんですけど。これからこの作品に出会う方たちが、ふとした時に『こういう運命なのかな』なんて思ってしまうようなことがあったら『でも、そう思うかどうかは自分次第なんじゃないかな?』って自問自答するようなきっかけになったら素敵だなと思います。

――<良いことも 良くないことも 永遠には続かないから>という部分も真綾さんらしいなと思います。

その言葉は最近いろんな場面で自分でも言っていたような気がします。よく『止まない雨はない』とか言いますし、本当にそうだと思いますけど、一方で『良いことも永遠ではない』とも言える。この曲には<どんな自分だっていいんだ>とか<苦しいならそう言っても>なんて歌詞もありますが、今までの自分はどっちかと言うと『苦しくても走っていけ』みたいな感じだったと思うんですね(笑)。そういう気持ちが自分の中で必要だったときもあったし、それで頑張れるという人もいると思うけど。最近はもう十分頑張っている人に頑張れと言うのは酷だなと思うこともあって、頑張れとは言わない歌にしたいなと思っていました。

――「明るくポジティブな曲」に込めるメッセージ性が変わってきたってことですか。

切り口の違いなんでしょうけどね。自分に鞭打って頑張りたいときもあれば、余計な力を入れずに頑張りたいときもあると思うので。以前の私は<今は頑張るときだから倒れてもいいから頑張ろう>と思うこともあったんですよ。今でもそういうときもあるけど、でも倒れてまでやる必要ないんじゃないの、もう十分やってるよって。私のラジオ番組『ビタミンM』にいただくリスナーさんからのメールを読んでいても、みんな本当に真面目に生きてるなと感じます。それは既に素晴らしいことだけど、いつも何かが足りないと思っているのはもったいないなとも思ったりして。自分も若い時はそうやってお尻に火がついて頑張れる部分もあったけど、ここからまだまだ長い人生ずっとそんなふうには生きていけないし、何か違う言い方で大丈夫だと思えるような、元気になれる曲があってもいいのかなと。ここ数年はずっとそんなふうに思っていて、特に『nina』はメッセージが暑苦しくならないように心がけていました。

――だから<失えば終わりじゃなくて><間違えたらやり直して>というような、しなやかなメッセージが歌詞のあちこちに込められているんですね。ちなみに、ラジオのリスナーさんが送ってくださるメールも歌詞を書く上で参考にされたりするんですか?

しますね。私は同じ番組を20年続けさせてもらっているなかで時代も自分の価値観も変わって、送ってくださる悩みだったり、それに対して投げかける言葉というのも変わってきているなと感じます。音楽は1回作れば残っていくし、何度もそれを噛み締めていくものですけど。ラジオって基本的には消え物で、一瞬のことなんですけど、でも自分の心にモヤモヤしていることがあるときに、わざわざこうして番組に長い文章を書いてくださったんだと思ったら、それだけで切実な想いを感じます。なので私も限られた時間の中でどれだけのことが伝えられるかなと考えますし、いつも反省したりこういう言い方すれば良かったなとか思うんです。そこで感じた『ああ言えば良かったな』を歌詞の中に込めているようなところがあるのかもしれないです。

――作曲・編曲は白戸佑輔さんとの初タッグということですが、この楽曲にどんな印象を受けましたか。

今回は複数の作家さんにイメージをお伝えして曲を書いていただいて、1番良かったと思ったのがこの曲でした。冒頭のコーラスで始まるところから自然に加速していくスピード感も気持ち良くて、切なさもあるけどエネルギーを感じる曲です。白戸さんはずっと坂本真綾に曲を書きたいなと思ってくださっていたそうです。

――そうなんですね。曲もアレンジも相当研究されたんじゃないかなと思うような、これまでの坂本真綾の音楽世界と地続きな楽曲だと感じましたし、それでいてフレッシュな仕上がりです。

私自身、白戸さんに初めて会った気がしなかったんですよね(笑)。主題歌として合っているのはもちろん、新鮮味もありつつ、おっしゃっていただいた地続き的な安心感もあって入りやすかったです。聴く人を惹きつける華やかさもありますよね。

――アニメの主人公の名前がそのまま曲のタイトルになっているというのも珍しいです。

そうですね、いただいちゃいました(笑)。主人公は自分が生まれたときに貰ったニナという名前を大事にしていて、影武者として王宮に行ったときに別の名前にならなきゃいけないんだけど、本当に大切な人にふたりのときはニナと呼んで欲しいとお願いするんです。私も親になって名付けを経験しましたが、その名前を誰がつけたにせよ想いや願いが込められている。そんな名前を自分のお守りのように大事にしていきたいという想いも素敵だなと思いました。

――そして、ちょっとスリリングでミステリアスなMusicVideoは真綾さんの運転シーンも見どころですが、撮影はいかがでしたか。

曲自体が可愛い雰囲気なので、MusicVideoはどんな感じになるのかなと思っていたら監督がカーチェイスという斬新なアイデアを出してくださいました。今までにない感じのMusicVideoに仕上がっています。

――更にカップリング曲「世界のひみつ」は作曲がRasmus Faberさん、作詞が内村友美さん(la la larks)という組み合わせですが、この曲はどのようにして生まれたんですか。

ラスマスに以前聴かせてもらっていた曲を今回カップリング曲として入れたいなと思い、あらためてアレンジしてもらうところから制作がスタートしました。ラスマスとはちょっと前まで英語でメールのやり取りをしていて、私も拙いながら英語で返したりして連絡を取り合っていたんですけど。最近は彼がAIを駆使して日本語で長文のメールを送ってくれるようになったので(笑)、レコーディングに関する細かい指示や意見交換もスムーズにできました。

――内村さんとは「sync」(アルバム『Duets』収録)以来ということですが、今回作詞をお願いしたいなと思ったきっかけは?

前回は共作という形でしたが、また友美ちゃんに歌詞を書いて欲しいなという想いはずっとありましたし、プライベートでも連絡を取り合っていろんな話をしていました。最後に一緒にお仕事をしたのが横浜アリーナ(2021年3月)でしたが、その後に2人とも母になって、友美ちゃんは私以上に母性の塊というか母としての変化を遂げていて。今の友美ちゃんが歌詞を書いたらどんな作品になるんだろうという興味があったし、私が歌うというワンクッションがあるからこそ今の友美ちゃんらしい歌詞を楽しんで書いてもらえるんじゃないかなと思ったんです。そこでお願いしてみたら、すぐに引き受けてくれました。

――真綾さんが曲を聴いた印象の中に「水彩画」「クリエイティブな気持ち」「カラフル」「弾力のある柔らかい世界観」といったキーワードが浮かんだということですが、内村さんにはどのような依頼をされたんでしょうか。

そのキーワードをそのままお伝えしました。ラスマスの可愛くてピュアな曲に、子どもの頃に自由な発想で絵を描いていたときの気持ちを何となく感じていたんです。というのも、この曲を聴きながら不意に思い出したのが、幼稚園の頃にみんなで絵を描いている時間に同じクラスの男の子が、空に太陽をふたつ描いていていた光景で。それを見て私は『太陽は本当はひとつしかないよね、変だよ』って言ったんです。その場面はすごく鮮明に覚えていて今でも時々思い出すんですよね。その子は大人しくて普段は全然喋らないんだけど絵を描くと面白い世界観を持っていて、多分クリエイティブな才能があったんだろうなと今では思うんですけど。いつも『そんな色じゃないのに』と思うような色で山を描いたりしていて、その頃の私は変だなと思っていました。そのときも別に責めるつもりではなくて感想として『なんで太陽がふたつなの』って言ったときにその子は何も答えないんだけど、そんな私たちを見てた先生が『いいんだよ別に太陽がふたつあっても』って言って終わったんです。そこで私は『いいわけないじゃん!』って心のなかで思ったことを、この人生で何度も何度も思い出しました。今は大人になったから先生が『いいんだよ』って言ったのもわかるけど、リンゴは赤でしか塗らない当時の私にはその感覚がなかった。他の色で塗っちゃダメだとか、太陽はひとつだとか、そういうふうにいつ決めたんだろうって、何とも言えない気持ちで思い出すんですよ。今、自分が子育てをしながら、時々それと同じようなことを子どもに強いてるんじゃないか、自由な発想を奪ってないかなって怖くなるときがあります。そのたびにまたあの子のことを思い出したりして、今はどうしてるかなとか......そんな話を友美ちゃんともしました。そしたら友美ちゃんが歌詞の冒頭に<ふたつの太陽>という言葉を入れてくれたんです。自分のなかで何度も思い出してきた光景を友美ちゃんに書いてもらえたことでようやく完結したような、すっきりとした感覚がありました。

――「世界のひみつ」は瑞々しくて鮮やかな生命力のある言葉遣いの中に、大切なメッセージが込められている曲だなと感じました。

<ひとつだけ選べなくても><なにかに手が届かなくても>、それでもいいんだって言ってくれているところが『nina』にも通じている部分だなと思います。扉を開けるということを繰り返していくなかで、たとえ何かに届かなくてもそれでいいんだよっていう肯定感がすごく今の私の気分には合っています。友美ちゃんは、どんどん言葉が出てきちゃうみたいな感じで、『今、私の人生で一番書けます』って言ってました。オーダーにも寄り添いつつ友美ちゃんらしさが出てて、作詞家さんとしてすごく頼りがいがあって最高でした。友美ちゃんのファンの方にも『今の内村友美はこんな感じなんだ』と楽しんでもらえるんじゃないかなと思います。la la larksにおける彼女の持ち味であるヒリヒリ感はまたいつでも引き出しから出せるし、そこに新しい感性が加わって表現者としても幅が広がって、まだまだ色んな作品を生み出せる人なんだろうなとこれからも楽しみになりました。

――今回のシングル2曲、どんな想いでリリースされますか。

『nina』は初心に帰ってストレートな路線の曲だと思います。ずっと聴いてくださっている方には安心感のある、いつもの延長線上にある私らしさを受け取ってもらえるのかなと思いますし、『世界のひみつ』とともに柔らかなメッセージにシフトチェンジした新しい試みもある2曲です。これからの活動においても印象深く残っていきそうな、そんなタイミングでのシングルだなと思います。

――初回限定盤には「京都音楽博覧会2023 in 梅小路公園」に出演された際のライブ映像が3曲収録されます。どんなことが思い出に残っていますか。

やっぱり、くるりの岸田繁さんが一緒にステージに立ってくれた景色ですね。私から見えたお客さんたちの様子と、斜め前でギターを弾いてくださっている岸田さんの姿が目に焼き付いています。このライブ映像をこうして皆さんの手元に残していただけるようになったのがすごく嬉しいです。『Remedy』『プラチナ』『菫』の3曲が収録されていて、『Remedy』は他の2曲に比べたら若干マイナーな曲ですが、この音博の舞台にすごく合っていたし空気に染み込んでいくようで気持ちが良かったので、この曲をセットリストに入れて良かったなと思いました。私は2日目の出演だったんですが、1日目に出演された槇原敬之さんのバンドのメンバーと、私のバンドのメンバーがたまたまひとり同じだったんです。それで2日目に私の楽屋に槇原さんがいらっしゃって、そのメンバーを介してご紹介いただいたのも嬉しかったです。本番前に『今からステージを観ていきます』って言われて緊張したのも良い思い出です(笑)

Text : 上野 三樹