——芸能活動25周年を記念して制作された前作『ACTOR’S THE BEST〜Melodies of Screens〜』からは1年ぶりとなるニューEPが完成しました。昨年末に開催した全国ツアー『柴咲コウ CONCERT TOUR 2023 ACTOR'S THE BEST』を経て、次はどんな作品を制作したいと考えていましたか?
25周年のアニバーサリーイヤーを終えて、ファンの方から『当時の思い出や状況を顧みる、いいきっかけになった』という声をたくさんいただきました。そして、私としても音楽と芝居を融合させることが新たな目標になった。その布石みたいなものが、前回の『ACTOR’S THE BEST〜Melodies of Screens〜』であったという実感もありました。また、今後、他のアーティストさんの楽曲をカバーさせてもらうときも、このコンセプトがあると繋がりを持てるし、私も自信を持って、自分流にカバーしましたと言いやすい。だから、音楽と芝居の融合は継承しつつ、さらに、進化させる第1弾のような作品にしたいと思ってましたね。
——コロナ禍の2020年に配信リリースした「TRUST」(2022年にパッケージ化)以来、実に4年ぶりの新曲4曲とカバー2曲の計6曲という構成になっています。
『ACTOR’S THE BEST』を引き継いだ感は欲しかったのですが、だからと言って、全く同じようなコンセプトは違うなと思っていて。正直、どうしようかなと思っていた時に、プロデューサーの吉田雄生さんをはじめ、新たな出会いに恵まれて、新鮮な風が入ってきて、新しいものが生まれたんです。新曲とカバーを混ぜると、見られ方としてごちゃごちゃになってしまうかなとも思ったのですけど、6曲のうちの2曲入れられたことで『ACTOR’S THE BEST』を継承しつつ、いいバランスに落ち着いたかなと思います。
【柴咲コウ - New EP『響宴』Teaser】
——カバー2曲はどのように選曲したんですか?
ファンの方の声も取り入れつつ、制作側のスタッフから『最近リリースされた曲と少し前にリリースされた曲を混ぜ込めた方が聴き手に優しいかもね』というアドバイスをもらって。だから、新鮮さを持ったままカバーさせていただく曲と、10年以上前のものに触れる曲というのは良いミックス感かなと思いました。
——新鮮さの方は、2023年に公開された映画『ミステリと言う勿れ』の主題歌である、King Gnu「硝子窓」ですね。
着手するにはプレッシャーがありました。だって、フレッシュなものはオリジナルを聴けばいいじゃないですか。それをわざわざ自分の声で披露してもと感じていて……
——あははは。そんなこと思わないですよ。
客観的に考えると、そういうところもあるんですけど…。でも、「硝子窓」はアグレッシブな曲も多いKing Gnuさんの中では割と控えめで、ちょっと大人の香りが漂うような情緒的な曲だったので、自分の声で歌うことで何か違う価値が見出せるかなと思いました。だから、一番等身大で歌える感じはありつつも、楽曲としては少しウィスパーっぽさのある声で女性的に歌ったらどうかというアプローチをしました。心の声になるといいなと思いながら歌ってたんですけど、もともと原作の漫画を読んでいたファンだったので、どうしたって(久能)整くんが出てきちゃいましたね(笑)
——(笑)もう1曲は、2013年に出演したドラマ「安堂ロイド〜A.I. knows LOVE?〜」の最終回だけに特別な挿入歌として流れた、小田和正「woh woh」ですね。
木村拓哉さんとは、2003年の「GOOD LUCK!!」(TBS系ドラマ 日曜劇場)で初めて共演させていただいて。前回の『ACTOR’S THE BEST』で「GOOD LUCK!!」の主題歌だった、山下達郎さんの「RIDE ON TIME」に触れたので、それから10年後に再会したドラマ「安堂ロイド〜A.I. knows LOVE?〜」の曲を歌うのは面白いかなと思いました。
——主題歌は竹内まりや「Your Eyes」でした。
そこは悩みました。まりやさんの曲も素敵なので、いつか歌わせていただきたいと思っているんですけど、今回は全体のバランスを考えながら、季節感も含めてハマるかなと思って。あとは、私が勝手に小田さんとの親和性を感じていて……
——2010年には小田さんに「ホントだよ」という曲を提供してもらってます。
当時、小田さんにお手紙を書いて、こういう曲を作っていただきたいとお願いしたんですけど、「woh woh」には同じような感覚があって。何か大きな愛というか、恋愛的な要素だけではない、見守る愛みたいなものがあって。小田さんは全ての人を愛情で包み込むような歌声と楽曲の作り方をしてると思うんですけど、その中でも、「ホントだよ」を作っていただいた小田さんの楽曲を歌う自分として、どこか共通する流れができたかなと思います。
——そして、新曲ですが、1曲目「響宴」の作詞作曲はKICK THE CAN CREWのLITTLEさんが手掛けてます。
私、10代の時からいろんな音楽を聞いてきたんですけど、一番初めがヒップホップだったんです。パブリック・エナミーやア・トライブ・コールド・クエスト、R&Bだとメアリー・Jブライジとかを聴いていて。その頃によく聴いていたDJ GOSSYさんのミックステープ「地熱」のvol.7に、メジャーデビューする前のKICK THE CAN CREWさんがフィーチャリングで参加してたんです。そのKICK THE CAN CREWのLITTLEさんにまさか直々に書いていただけるとは思ってなかったですけど、“循環”や“輪廻”という構想に共感してくれて、すぐにリリックを送ってきてくれました。
——受け取ってどう感じましたか?
まさに私が思っていることが全部表現されてる感じがしました。今のこの2024年に表現したいことの根幹が詰まっている。でも、それは私がずっと言ってることなんだろうなと思うところもあって。自分で詞を書こうと思うと細かい描写を入れてしまうんですが、ザ・コンセプトっていう感じで切り取ってくれた感じがします。
——そのコンセプトというのは?
冒頭の<ぐるぐる巡り巡るサークル>ですよね。私がずっと言ってることでもあるので、といっても堂々巡りになっていなければいいんですけど(苦笑)。あとは、自分も含めた人間に対する疑問。私たちは自然のサイクルに則ってますか? という問題提起も含まれているような気がします。人工的になりすぎると、やっぱりちょっと外れてきませんか? みたいな思いをずっと持っていたし、言いたいことはこういうことなんですっていうのが詰まってる感じですね。なので、LITTLEさんの歌詞を見て、最初から一体となっている感じというか、自分とイコールで繋がってる感じがしました。以前お会いしてましたっけ? ぐらいの親近感があります。
——「響宴」という曲名が、EPやツアーのタイトルにもなってますね。
最初に言ったように「ACOTOR’S THE BEST」のツアーからの流れで、今回どうする?という話になったときに、私が前から言っている『互いに影響し合うエネルギーの交換』みたいなところを、漢字2文字で言ってくれたという感じがします。自分だけでは響けない。受け取る人の心があって初めて響くし、そこで共鳴し合うみたいなイメージがある。まさに常日頃思っていることをタイトルにしていただいたと思ってます。
——3rdアルバム『嬉々』(2007年リリース)収録の「“-toi toi-”」以来となるポエトリー・リーディングはどうでしたか?
いくら10代の時からヒップホップを聴いていたとしても、自分が好むことと自分ができることはちょっと距離があったりするんですよね。だから、自分流に落とし込むのには時間がかかりました。ですが、流し聴きしていても心地いいというか、日常に寄り添ってくれるようなところに近づけられたかなと思います。自分の感覚的なものを広げるということにも繋がったかなと。
——そして、ボカロPの⌘ハイノミさんとも初共演となりますが、コウさんは2011年にボカロPのDECO*27やTeddy Loidと<galaxias!>というユニットを組んでます。
もともと平沢進さん(P-MODEL)とか、電子音楽が好きなので、その流れで、DECO*27さんとご一緒した時に初めてVOCALOIDに出会いました。メロディラインも楽曲の構成も、いい感じで裏切れることにすごく斬新さを感じた。その変幻自在さが素敵だなと思う反面、逆に言えば、VOCALOIDだからこそ、こんなに変幻自在な音楽が作れるんだと感じました。それは歌い手としてはちょっと寂しいところもあるけど、そのお陰で人間も頑張ろう!ボーカルとして頑張ろう!ってなるとこもあるなと思います。
——ギャラ子NEOというボーカロイドを制作したのが2014年なので、ちょうど10年前ですね。ちょっと早すぎましたね。
あははははは。ギャラ子NEOを作ってくれた人も『早すぎたね』って言ってました。
——(笑)「紫陽花」はオランダから日本に来たお医者さんのシーボルトとおタキさんの史実に基づく物語をモチーフにした曲で、歌詞は共作になっています。
私は最後に整えたくらいなんですけど、その話を聞いて、私は当時の女性の在り方というか、社会に対する怒りを覚えました。美しい物語だけで終わらせるのは腹立つなって感じたんですよ(笑)。男女の恋物語には、必ず他者もまつわるわけで、自分の恋心を神聖な学名に付けるなって怒って猛反対した専門家もいたようだし、社会や周りの人たちの反応もちらついて。紫陽花の瑞々しさと裏腹なドロドロしたものみたいなものがあって。紫陽花みたいに循環して、ちゃんと枯れて、また萼や花を咲かせるっていう。1回枯れたと思っても水に浸すと一気に再生する生命力の強さもあるなと思うんですけど、もう戻れない歯がゆさみたいなものもあって。だから、こうだったらいいのに、こうなったらよかったのにという後悔の念がある曲に仕上がったかなと思います」。
【柴咲コウ - New Single「紫陽花」Short Clip】
——⌘ハイノミさんはもう1曲、バンドサウンドの「想待灯」が収録されてますが、この曲の作詞はコウさんですね。
最初に曲を聴いたときに、<走馬灯>っていうもともとの漢字のイメージが浮かんで。疾走感みたいなものと、途絶えずにずっと繋がってる私達のDNAや輪廻みたいなものがワーッと押し寄せてきて、すらすら書けちゃいました。歌詞の80%ぐらいはすごく早い段階でできた曲です。
——そこで浮かんだ情景というのはなんですか?
この時代で言えば、何か縁があるふたり。一方は、もうこの世に失望していて、終わりたいなぐらいに思っていて、もう一方がそれを引き留めるみたいな絵面が浮かんできて。でも、この2人は、その1世代だけじゃない、何かの縁がある。それが輪廻なのか、前世なのかわからないけど、ずっと何かの因果をもって生まれてくる人たちがいて、それがDNAの螺旋的なものと繋がったりして。でも、AI化していく世の中で、デジタルな信号は01の羅列でできてたりする。それと証明でき得ないような繋がりみたいなものが合わさった詞になっていると思います。
——ドラマ「安堂ロイド」ともリンクする、時空を超えた壮大さがありますね。
でも、一対一なんですよ。だから、恋愛的にも解釈できるし。想いを呼び寄せるっていうか、待っている明かりがある。私たち、みんなそうだよねって思う。そこで、どう引き合うかみたいなイメージがあって、タイトルは<想いを待つ灯り>で想待灯にしています。
——また、“月”や“太陽”、<そこにある光>や<また生まれる>など、これまでのコウさんが綴ってきた歌の言葉も入っているように感じます。
そうなんです。そこはあえてですね。ずっと聴いてきた人は、『また入れてきた』と思うかもしれないんですけど(笑)、否定的ではないというか、ネガティブという意味ではあまり使ってない。巡ってるけど、ポジティブに進化してる気がしますね。
【柴咲コウ -「想待灯」Short Story Movie】
——もう1曲は、クリスマスソングですね。
昔、『actuality』(2006年発売の11thシングル)という、言いたいこととやりたいことが裏腹のようなクリスマスソングを書いたことがありました。
——<きらきら星 光るタワーが>から始まる曲なのに、直訳すると「現実」というタイトルですよね(笑)。
なんかキラキラしただけで終わりたくなくて。クリスマスがリア充じゃない方もいるじゃないですか。それを捨てきれなかったというのがあったんです。それで今回は思いっきりファンタジーに寄り添う! って思ったのに、出だしから<振り向き家路を急ぐ 別に意味なんてないけど>という歌詞になっちゃって。
——あははははは。
これは、私のリアル視点なんですよ。世の中の浮ついた感じを客観的にふーんって見てる自分がいるんです。だからといって、夢がないというわけではないし、あえて冷めた目で見ているわけではなくって。だから、サビでは、象徴的な家族の笑顔があり、恋人たちの声も聞こえてくる。でも、これもよく見ると、<誰にも邪魔できないものたちがそこにある>っていう。“私”もそうですとは言ってないんです。
——視点は“私”ですよね。
そうです。“私”が見てる。もしもクリスマスにサンタさんが願いを叶えてくれるのであれば、そういう幸せがつかめますようにと祈っている“私”がいる。ここでまた、反骨精神が出てしまって、こんなにキラキラシャンシャンしていて、豊かに満たされる楽曲ができた。上辺だけを聞いたら、本当に幸せなクリスマスを象徴するような曲でいいんです。でも、歌詞を深堀った時に、「あれ、この人、幸せなの? フランダースの犬的じゃない?」みたいに感じ取ってくれたらいいなと。
——え? 天使が迎えにきてる? 召されちゃいます?
あはははは。あんまり制作秘話を言っちゃうと秘話じゃなくなっちゃうけど、このタイトルにした理由は「マッチ売りの少女」からです。
——ああ、愛に溢れたクリスマスの街の風景を見てるけど……。
歌ってる“私”本人はどうのかなっていう。だから、少し切ないんです。もともとは、過去の自分の体験というか、雪が降った瞬間の記憶だけを頼りに膨らましていったんですよ。小学校2〜3年生くらいかな。母親と母親の知り合いの家を訪問して、玄関口で待ってるときに雪が降ってきて。私は大人の会話を待ってるだけだからつまらないんですよ。子供ながらの寂しさを感じている時に、雪が降ってきて、素敵な瞬間に変わって、あっという間に時間が流れた。その光景だけはリアルで、あとは全部、作ったお話なんですけど、ただその一つの光景だけで、これだけストーリーを膨らませることができるんですよね。でも、その一つの真実がないと全部嘘っぽくなっちゃうから、この記憶の1ページは大切にして描こうと思いました。
——梅雨の「紫陽花」から雪のクリスマスソングと季節も巡ってますよね。
そうですね。四季を巡るとは考えてなかったんですが、季節を感じさせる曲は作りたいなと思ってました。例えば、春が来たら森山直太朗さんの「さくら」や、いきものがかりさんの「SAKURA」が頭の中に流れる。歌と自分がリアルに体験している季節がマッチして、シンクロするって、とても素敵なことだなと思うんです。しかも、曲自体は変わってないけど、自分の記憶や思い出が毎年毎年重なっていくことで、その曲の厚みが増したりする。そういうアプローチ、何でしてこなかったんだろうって思ったんですけど、季節を代表するような曲にも意外と抗っちゃったんですよね。当然、ザ・クリスマスソングも避けてた。でも、みんながその曲を聞いて、季節感を感じて、何かを思えるんだったら、それは必要な曲だし、作りがいのあるものだなと思うようになった。それこそ梅雨を感じさせる曲だったり、夏や秋、冬、春、桜を想起させる曲があってもいいんだ!と思い始めて作った第一弾ですね。
——6曲揃ってEPが完成して、コウさんはどんな感想を抱きましたか?
時間的な制約や物理的な制約がある中でも、最大限できたなと思ってます。また、言うなれば、ずっと自分が思っている一貫した思いが詰まっているし、吉田さんやLITTLEさん、⌘ハイノミさんとの新たな出会いによって、そこを深掘りするような表現もできた。新鮮さもありつつ、普遍的なものも盛り込めた作品になったかなと思います。
【柴咲コウ - New EP『響宴』Artwork Making】
——リリース後には全国ツアーも控えてます。
まず、去年に引き続き今年もツアーが出来て、行く場所が増えていることが嬉しいですね。今までは謙虚に、『細く長く音楽活動ができたらいいな』って言ってたんですけど、ファンの方たちとも積極的に関わりを持ちたいし、規模も大きくしていきたいなという欲も出てきています。<音楽とお芝居の融合>をさらに突き詰めていくためにも、今後に繋がるツアーにしたいなと思いますね。
取材・文:永堀アツオ