坂本真綾
11th Album「記憶の図書館」
オフィシャルインタビュー

——11枚目のアルバム『記憶の図書館』が完成しました。真綾さんが書かれた物語をクリエイターさんたちと共有しながら曲を書き下ろしていく手法で作られたそうですが、制作にあたってまず考えていたことは。

今回はコンセプトアルバムではなく、フルアルバムを作ろうというスタートだったんですが、前回のアルバム『今日だけの音楽』でやったように、なにか1つ指針となる物語があると、今回初めてご一緒するクリエイターさんたちにも共通のヴィジョンを持って作っていきやすいよねということで。まずは作り手の皆さん向けに1つ物語を書こうという感じで始まりました。なので今回はコンセプチュアルなアルバムと言いつつシングル曲も入っていますが、こういう物語なので記憶の箱を開ける人たちがそれぞれに違いますし、聴く人もいろんな発想を膨らませて聴いてくれたらいいなと思います。

——「記憶」というキーワードは、どういうところから出てきたんですか。

アルバムを作るにあたって、最近の自分の中にあるテーマってなんだろうと考えたときに、自分も人生の折り返しくらいなのかなという年代を生きていて。一方で生まれたばかりの赤ちゃんの面倒を見ていて、自分の親はすごく歳を取っていて、そんな人生の色んな時期をすごく身近に見ていたんですね。私が今、自分の人生を振り返って思い出すことができる思い出と、人から言われてーー例えば子育てをしながら親にこのときのあなたはこうだったって聞く話というのは、自分のことなのに、初めて聞く話ばっかりで、それは私の記憶としては消えてしまっているけど、全てが消去されたわけではなくて、誰かに導いてもらった子供時代はどこかの細胞には生きていて今の私に繋がっているのかなということを考えたり。こんなに手厚くお世話をしているのに子供は今のことを全く覚えてないんだろうなとか(笑)。ちょっと記憶が曖昧になってきたご年配と接する機会があって、今の私とは違う色んな時代の記憶の蓄積の仕方とか思い出し方をされている姿を見て、私はここから先、何を持って何を忘れて生きていくのかなみたいなことを考えたり。そんな風に記憶って刹那的に消えてなくなるものだけど、でもどこかに生きているんじゃないかみたいなことをぼんやり考えていたなかでこの物語を書きました。この記憶回収係の少年は、不要とされる記憶たちがどれも素敵に見えて『もったいない』って思うんじゃないかなって。そんな物語をもとに1曲1曲、書いていきたいなと思いました。

——1曲目の「ないものねだり」は荒内佑(cero)さんが作・編曲を手がけられた初コラボ。歌詞も物語の始まりにふさわしい曲になりました。

今回、初めましての方とは打ち合わせのときに、まずはこの物語を目の前で読んでいただきました。いきなり『こういう曲をお願いします』みたいな具体的な話をするよりも、物語を読んでもらう時間を挟むことで、やっぱり皆さんアーティストなので、何かインスピレーションが湧いたり、ご自分の記憶や体験など色んなものを重ねて創作スイッチが入るような雰囲気が見えて面白かったです。荒内さんも私もお互い若干人見知りな感じで(笑)、普通に打ち合わせをするよりも話がしやすかった感じはありますね。すぐに『何となくイメージが湧きました』と言っていただきました。上手く言えないんですけど、優しいのか、冷たいのか、明るいのか、悲しいのか、すごく絶妙で何とでも取れるような色んな淡い色が混ざったような曲が上がってきて。最初の弦のフレーズもすごいグッときて、ぜひアルバムのリード曲にしたいなと思いました。

——「discord」はシンガーソングライターとして活躍してらっしゃる竹内アンナさんによる作曲、編曲が川口大輔さんです。

竹内さんは何度か私のライブに来てくださっていて。私も彼女のことをすごく声も歌も良くて、素敵だなと思っていました。当初はアンナさんらしい可愛いらしさのあるギターチューンみたいなイメージかなと思っていたんですけど、『discord』はちょっと不思議な雰囲気の大人な曲になりました。ずっとご一緒したかった川口大輔さんにアレンジャーとして参加していただけたことも嬉しかったです。

——「タイムトラベラー」は作・編曲が北川勝利さんによる重厚感のあるギターサウンドがシリアスな世界観を生み出す1曲です。

北川さんってこれまで割と明るく元気な曲を書いていただくことが多かったんですけど、今回は暗めなロックでとお願いしました。今回のアルバム制作はこういう作り方なので、みなさん、どんな曲が上がってくるか予測できなかった部分もあって、北川さんには1番最後にオファーして、こんな曲やこんな曲があるので、それとはまた違う感じの曲を作ってくださいってお願いしたかったんです。北川さんは職人さんですし、私のこともよく知ってくださっていて細かいこともお願いしやすいので。

——<夢を叶える前の僕に 会いに行けるすべがあったとして>という歌詞の冒頭から心を鷲掴みにされるような曲です。

最初は普通のラブソングを書きたくて<君を失う前の僕に 会いに行けるすべがあったとして>だったんです、別れた恋人を想うような。制作が終盤になり『もうちょっとライトな曲を入れとかないと重すぎる』と思って、自分でもバランスを整える意味で普通のラブソングを書こうとしたんですけど、なぜか途中からこうなってしまいました。でも、それはそれでいいのかなと、自分でもいい歌詞だなと思っています。人間ってたった100年先には生きていない、短い時間しかないのに、随分色んなことをわかった風に生きてるんだな、と思ったことから書き始めました。

——そして「体温」は岩里祐穂さん作詞、作・編曲が古閑翔平(ユアネス)さんという組み合わせです。

ユアネスってバラードも美しい曲が多いんですけど、今回はライブ映えするようなアッパーな曲を、でもどこかヒリヒリした感じの曲にしてもらいました。歌詞は今回のコンセプトを岩里さんにお話したら、ちょうどご自身の中で書きたいと思っていたテーマとぴったりだということで。岩里さんの記憶にまつわるエピソードがもとになった歌詞だそうです。

——封じ込めていた記憶が蘇る瞬間の切なさのようなものを感じました。

仲が良かったお友達と共通の記憶を持っているはずなんだけど、自分にとっては良い思い出なのに、相手にとってはすごく嫌な思い出として残っていたことがわかったという出来事があったそうで。同じ経験をしているのに受け取り方が全然違って、答え合わせができないまま疎遠になってしまったと。凄くショックなことだと思うし、でもそういうことってあると思うんですよね。僕は君じゃないし、君は僕じゃないという歌詞もありますが、それぞれが永遠に交わらない個である以上、自分の解釈がいつだって正解とは言えないもどかしさというか。もうしょうがないもんだよなって私も自分の解釈に置き換えながら、岩里さんにいただいた歌詞を歌いました。

——「一度きりでいい」は作・編曲と演奏をtricotが手掛け、こちらも初コラボになりました。

前々からtricotさんはご一緒できたらいいなと思っていて、満を持してお願いしてみたらお受けくださって。4人揃って打ち合わせに来てくれて、4人一斉に物語を読んでもらって。いつものスタジオでみんなで作りますということだったんですが、この曲はキダ(モティフォ)さんのギターのフレーズからできたそうです。

——「一度きりでいい」は生まれ変わりがテーマなんですか。

そうなんです。最近、『ブラッシュアップライフ』というドラマも話題になっていましたが、来世のために徳を積んでおけみたいな話ってよく聞くじゃないですか。でも私はあのドラマのように来世への受付カウンターがもしあれば(笑)、何にも生まれ変わりたくないんで、これで最後にさせてくださいってお願いすると思うんです。私、前々から前世がどうとか来世がどうとか、どうも納得がいかないというか。そのために余力を残すことも、また来世で頑張ろうと思って今回やらないのもなんか不本意だし、この1回で終わりだっていう方がよっぽどいいなと。私は今世で余力を残さずに生きていけたらいいなと思っています。

——そして「Anything you wanna be」は比喩根さん(chilldspot)の作曲、編曲は堂島孝平さんです。

比喩根さんは初めてお会いして話したときに、それこそ『この人1回目の人生じゃないな』って思うような(笑)、20歳とは思えないようなしっかりとした落ち着きのある方で。お母さんぐらいの年齢の人に曲を書くってどういう気持ちかなとか思っていたんですけど。比喩根さんご自身も色んな文化に触れてこられたなかで、好きなアニメ作品に私が声優として出ていたということで『あの作品、好きだったんですよ』みたいな話をしてくれたり。自分が比喩根さんと同じ20歳のとき、もうすでに歌ったりして、人前に出てたなって。でも20歳のときの自分を断片的にしか覚えてなくて。どんな言葉遣いで大人と喋っていたんだろうとか、何を考えてたんだろうとか、覚えてる部分もあるけど、やっぱり思い出せない部分もあったりして。だから大人の皆さんにアルバムの曲をオーダーするときは、かつての記憶の何かが手元に蘇るようなイメージで曲をお願いしてたんですけど。比喩根さんには、逆に今、生きていて毎日見聞きしていることの中に、たぶん私ぐらいの年齢になったときに、どうしても思い出せないことや、忘れてしまうことがいっぱいあるだろうから、忘れたくないなって思うことについてや、目の前にあるフレッシュなことを曲にしてもらえればいいのかもっていう話をしたんですね。そして私は自分が20歳の頃を思い出しながら歌詞を書きました。

——「空中庭園」は堂島孝平さんが作詞作曲・編曲も手掛けてらっしゃいます。

曲調もすごく好きな感じの世界観で歌の細かいニュアンスもわかりやすくて。自分以外の人が書いてくれた歌詞と曲ならではの面白さがあり、楽しく歌いました。歌詞もかなりこのアルバムのコンセプトに沿って書いてくださって、『空中庭園』という言葉自体も、どこか懐かしいようなレトロな感じがします。〈大きな手を握って見てた〉という歌詞もありますが、育児をしていると、ふと自分が小さかった頃のことを思い出すことがあるんですけど。握っていた手が大きかった感触や、デパートの屋上の景色や、そこにあった熱帯魚の水槽の匂いとか、そんなことを思い出す、まさに記憶の箱を刺激されるような曲です。今回のアルバム制作において堂島さんに歌詞も曲もお願いしたいというのは最初にあったアイデアなので、実現して良かったです。

——そして「鏡の中で」は作詞が坂本慎太郎さん、作・編曲が冨田恵一さんというレアな組み合わせです。

はい、この組み合わせでお願いしたくてこちらから希望しました。坂本慎太郎さんの歌詞が大好きで、いつかまたご一緒したいというのはずっとあったんですけど。いわゆる職業作家さんではないので、いつでもお願いできるわけではないし、一度ご一緒したからといってまた書いてくださるかもわからない。なので慎太郎さんにはまずは物語をお送りして、何かイメージが湧きますか、とお伺いしてみて。前回もそうだったんですけど曲をお送りすると『考えます』とお返事がきて、そこからかなり早いスピードで『できました』と送ってくださるんです。冨田さんが書いてくださった曲もすごく綺麗で優しいメロディで。冨田さんの楽曲に私も歌詞を書かせていただいたことがありますが、音符の数が日本語を乗せるにしては少ないので、俳句的に余計なことを削ぎ落としていかないと言葉が入らないんですけど。こんなに素敵な歌詞が乗るんだというのがちょっと衝撃すぎて、さすがすぎて、もうやる気をなくすほど痺れました(笑)。ちょっと悲しくて、ちょっとファンタジーなんだけど、誰にでもイメージできるような内容で。鏡の中の誰かの気持ちを変に脚色せず、優しくニュートラルに歌いました。

——今回のアルバム制作の中でまた色んな挑戦と経験をされましたね。

結果的にすごい冒険でした。アルバム作るのってこんなに大変だったっけ!?と思いました。自分の生活のリズムが変わったことも大きくて、何もないゼロのところから物を作り出すことのエネルギーの大きさを改めて実感しました。コンセプトストーリーを書くのも大変ですけど、それがあることで人が発想するときのちょっとしたスパークになって、みんなにクリエイティブな気持ちを高めてもらう。そんな小さな火種になったんだなと思ったし、それを色んな人とシェアしてどんどん色んな形の花火になるようなプロセスが目の前で起きていることにすごく感動しました。やっぱりアルバム1枚、聴いてもらうときに単純に今っぽいとか新しいとか、話題の人に参加してもらってるとか、そういうことでは到達できないものがあって。それってやっぱり大変なことだよなと思いました。

——シングル曲たちの役割も素晴らしかったと思います。

それは良かったです。特に『菫』が最後に締めくくってくれるだろうという気持ちはありました。本当にこの曲は大好きで、すごく自分に近いものができたなと感じていたので、絶対にアルバムに入れたいなと思っていました。

——制作を通じて、真綾さんご自身が思い出した記憶というのはどんなものでしたか。

色々ありますけど、レコーディングにまつわる記憶ですね。レコーディングをすることにもう25年以上携わっていて、自分がマイクの前で歌うとか、誰かが何かを弾いているところを見てるということが、もう日常的になっているんですけど。菅野(よう子)さんがプロデュースしてくださっていた最初の頃から、とにかく全行程を見ることを大事にしていました。もちろん自分の歌入れだけ来て、楽器の録音やミックスのときに来ない人もいますし、私がこれから音楽をいつまでやっていくかもわからないなかで、デビュー当時から全部見ることを大事にしていたんですね。

——それは誰かに言われて?

菅野さんが『見とけ』って言ったんです。もちろん最初は見ていてもわからないんですよ、全部が良く聴こえるし、何で今のテイクがやり直しなのかもわからない。自分の歌もミックスも、もうちょっとここのギター上げてとか、何かを調整しても、さっきとの違いがわからん!って思いながら何年も見てきて。でも気がついたら、『今のどうしたい?』とか『今のとさっきのどっちがいい?』って聞かれるようになって、わからないなりに『さっきの方』とかって言うと菅野さんがどう思ってるか知らないけど、『じゃあ、さっきので』って、もうどんどん進めちゃう。ボーッとしてたらダメで、ただ見てるだけじゃダメで、だんだん本当に聴いてないと、いつ振られるかわからない状況になって、真剣に聴き始めて。そしたら、やっぱりこっちの方がなんか好きだなとか、今のはもしかしたらこうかなとか、ミュージシャンが言ってることも何となくわかるようになってきて。菅野さんのプロデュースじゃなくなってからも、レコーディングスタジオで色んな人が仕事をしている姿を見ることが何よりも自分のプラスになってきて、そこが仕事の面白さでもあるし、色んなことを教わってきたなって。今回初めてご一緒する方もいる中で、その人が仕事をしている背中を見るのがすごく楽しかったので、そんな記憶が蘇りました。こうしていろいろなプロの仕事を間近で見れるということが、やっぱり最高の贅沢であり学びの場だなと、あらためて思いました。

Text : 上野 三樹