オフィシャルインタビュー

前作の『海賊盤』から約4年。デビューから23年、オリジナルアルバムとしては10枚目となる『十』がリリースする。10枚目という区切りとなる作品になるからこそ、「音の体温、温度をちゃんと感じてもらえる愛のあるものにしたい」という想いから、デビューアルバムの『金字塔』とまったく同じ方法を取り、すべての楽器を自分1人で演奏。ひとりで演奏したときにしか出てこない独特のグルーヴを感じることのできる今作は、間違いなく傑作となったが、本人はその過酷さゆえに「もう二度とやりたくない!」と笑いながら話す。

そんな熱い想いを大事に作られた今作には、生きていく上で誰もが抱く小さな迷いに、肯定的に背中を押すような『それでいいのだ!』という曲もあれば、自分が思う道を行くために、そしてその想いを叶えるために、悲しみの道を行く決意を歌う『叶しみの道』、そして今生きているすべての人に、手厳しく問題提起をする『イース誕』など、本当に幅広い、でもどの曲も聴いた人の生活、人生に寄り添う楽曲ばかりが並ぶ。それは、中村一義自身が、生活をする中で抱く想いや迷い、苦しみ、喜びなどが零れ落ちるように曲になっているからだろう。

なかでも『イロトーリドーリ』は、再開発で消えていく下町のことを歌い、『すべてのバカき野郎ども』では、バンドメンバーだったヨースケ@HOMEが急逝してしまったことから歌詞が生まれた、彼に送る手紙のような曲となっている。さらに、皮肉めいた“コワイ、コワイ。”という彼らしい言葉選びに思わずニヤリとしてしまう『十』は、“絶対的なことなどないからこそ、自分で答えをちゃんと見いだせ”という強いメッセージが込められているが、滑らかで優しいメロディに中和され、聴き手の心にまっすぐに届いてくるところはさすがだ。

そして、これらの並べられた曲から投げかけた疑問に対して、彼はちゃんと答えも提示している。それが、ラストに収録される『愛にしたわ。』だ。“愛”とは抽象的でありながら、代替えのないもの。とはいえ、愛は一人では成立しないからこそ、ふたりを“二本のビックライツ”に例え、その二本を重ねて「十」になった中心の点を“愛”と導き出す彼の圧倒的なセンスにいい意味で打ちのめされる。そして、この感覚が、すごく、気持ちがいいのだ。

いま、彼は全国各地でライブ活動を精力的に行っている。彼の音楽を愛する人たちがこのアルバム『十』を音源で聴き、さらにライブで聴くことで、それぞれの曲が深いものになると同時に、純粋に楽しめる曲へと成長していくのは想像に難くない。そして、そこから伝わるそれぞれの曲に込められたあふれんばかりの愛は、聴く人たちにあらたな発見と大きな刺激を与えてくれるはずだ。

TEXT:吉田可奈