プロフィール

アンディ・ティモンズ、本名アンドリュー・クレイグ・ティモンズは63年7月26日にアリゾナ州フェニックスに生まれる。男ばかりの4人兄弟の末っ子として生まれたアンディは、幼い頃より兄の影響でギターを弾きはじめ、ビートルズやキッス、テッド・ニュージェント、チープ・トリックといったロックを好んで聴き、16歳の時には地元のジャズ・ギタリストから読譜や音楽理論を学んでいた。
そしてアリゾナ州のネヴィンズビルの大学に通うことになったアンディは今度はクラシック・ギターを専攻しその理論とテクニックを2年間徹底的に学び、更にマイアミ大学に編入しジャズ、フュージョンを勉強するのである。こうして様々な音楽スタイルを身に付けたアンディは、マイアミ大時代に知りあったベーシストのスティーヴ・ベイリーとドラマーのレイ・ブリンカーと共にテキサスに移りロック・バンド、ブリンカーを結成、85年にアルバム・デビューを果たすが長くは続かずバンドを脱退。その後ビートルズのカヴァー・バンドなどでプレイしていたが、88年アンディ・ティモンズ・バンドを結成した。テキサスで自分のバンドを率いて活動する傍らテレビやラジオのCM音楽などを手掛けていたアンディは、ある日ギター・メイカーのクレイマーの知りあいを通じてあるバンドのオーディションを受けることになる。そのバンドこそが後のバッド・イングリッシュだった訳だが、ニール・ショーンの加入が決まりその話は流れてしまう。しかしクレイマーのスタッフからデンジャー・デンジャーというバンドがギタリストを探しているという話を聴き、参加することに。このときデンジャー・デンジャーはデビュー・アルバムのレコーディングをほぼ終了していたのでアンディは2曲でプレイするにとどまったが、その実力は高く評価されることになる。そして91年に発表された2ndアルバム「SCREW IT」でテクニカルなギターを披露し、アンディの名は広く広まることとなる。しかし、メンバーの交代劇から彼らの3枚目のアルバムはお蔵入りとなってしまい、アンディは地元テキサスに戻ってソロ活動を優先させることになる。そして94年初のソロ・アルバムとなる「ear X-tacy」、97年には「ear X-tacy 2」を発表。また、サイモン・フィリップスらとの活動によりそのセンスを開花させ、ロックからフュージョンまで幅広く弾きこなせる数少ないテクニカル・ギタリストとして名をあげた。そして00年にはサード・ソロ・アルバム「スポークン&アンスポークン」を発表し、メロディ・ラインで語るという彼の信念を実践して見せた。スティーヴ・ヴァイが設立したレーベル、フェイヴァード・ネイションズと2001年契約し、2002年にフェイヴァード・ネイションズ移籍第1弾アルバムとなる『THAT WAS THEN, THIS IS NOW』をリリース。
その後もオリヴィア・ニュートン・ジョンやリアン・ライムスといったアーティストとの共演、音楽プロデューサーとして多忙を極めながらも、プロとしてのキャリアを進む前からの盟友であったマイク・ダーン(b)、ミッチ・マリン(Ds)と共にアルバムを制作。約4年ぶりのソロ作品となる『Resolution』を完成させた。