新垣 勉

TSUTOMU ARAGAKI

プロフィール

〜全盲と天涯孤独の不幸を乗り越え、自分にしか出来得ない生き方(オンリー・ワン)を創造する魂のテノール歌手〜

「日本人離れした明るい声。君のこの声はラテン系のお父さんがくれた宝物だ!」と名ヴォイス・トレーナー、バランドーニ氏が絶賛したその声は、深く澄み渡り聴く人の心の奥に染み入り魂を揺さぶる。愛と慈しみに満ちて聴く人々に安らぎと勇気を与え、全国に感動の渦を巻き起こしている。

 1952年、沖縄米軍兵の父(メキシコ系アメリカ人)と日本人の母の間に沖縄県読谷村に生まれる。生後まもなく事故により失明。1歳の時に両親が離婚、父は本国に帰り母が再婚したため母方の祖母に中学まで育てられる。当時は両親らに対し強い憎しみを抱いており“自分ほど不幸な人間はいない”と考えていた。中学2年の時祖母が他界、天涯孤独になる。その後、母の親戚に身を寄せるが高校1年の時に井戸に身を投げようとしたこともあるという。そんな時、ラジオから流れてきた讃美歌がひとすじの光のように感じ教会へと足を運ぶ。そこで出会った一人の牧師に思いの丈をぶつけた時、牧師は涙を流しながら彼の話をじっと聞いてくれ、その後頻繁に自宅に彼を招き入れお誕生会などを行うなど家庭の温かさを教えてくれた。この出会いが彼を立ち直らせるきっかけになった。

 中学生・高校生の多感な青春時代、ほのかに歌手になる夢を抱くも前述の牧師の導きで牧師になる道を選ぶ。沖縄県立盲学校〜東京キリスト教短期大学卒業後、西南学院大学神学部に進む。在学中にマリオ・デル・モナコを育てた名ヴォイス・トレーナーの世界的大家、A.バランドーニ氏のオーディションを受け「君の声は日本人離れしたラテン的な明るい声だ。一人でも多くの人を励まし、勇気を与えることが出来るように君の声を磨きたいから私のレッスンを受けなさい。」と言われた事から本格的に声楽の勉強をするようになった。父親からもらった声をほめられたことで父への憎しみが消え、逆に感謝の気持ちが湧いてくるようになったという。現在、父親の所在及び生死は不明だがもし会う事ができれば、父親の前で歌いたいし「一人でも自分の歌を聴いて“元気をもらった”と言ってくれる人さえいれば、自分は生きているだけで嬉しい」と父に言いたいと現在の心境を語る。

 2001年7月、初のCD「さとうきび畑」を発売。大ヒットを記録している。全盲と天涯孤独の逆境を乗り越え、自分を救った音楽の素晴らしさを伝え、戦後、沖縄に生まれたアーティストとして世界平和のメッセージを発信し続け、荒廃する青少年の心に「オンリー・ワンの人生を大切に」と呼びかける活動を展開。現在、国内外各地でリサイタルを行っている。翌2002年11月には全盲と天涯孤独という逆境の中、彼が出逢い彼を救ってくれた曲を集めた自身2枚目、ビクター移籍第1弾のCD「出逢い〜我が心の歌〜」を発売。2003年7月、美智子皇后陛下ご臨席の御前演奏会を成功させるなど着実に演奏家としてのステイタスを高める。2004年2月、日本武道館にて戦地医療援助のためのチャリティ・コンサート“新垣勉チャリティー・コンサート「願い〜愛と平和の歌」”を成功させる。

 西南学院大学 神学部を卒業し副牧師になった後、34歳で武蔵野音楽大学に入学。同大学院修了(音楽修士号取得)。A.バランドーニ氏に師事。