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 「モアザンワーズ」は厳かに重なるストリングスにより慎重に幕を開ける。そのサウンドに歩幅を合わせるように、まるで語りかけるように唄い出す坂本真綾のヴォーカルも独特な雰囲気を醸し出している。作詞に岩里祐穂、作・編曲に菅野よう子という、デビュー作「約束はいらない」を始めとする数々の名曲を生み出した布陣で、新たに届けられた今作。今のJ-POPというジャンルの枠から大胆にはみ出すような斬新さでありながら、どこか懐かしい感触も耳に残る。何より、〈自由って、せつなくないですか?〉と伸びやかでいて予測不可能なメロディで繰り返されるフレーズが、何度も何度も心に迫るのだ。
この曲は、この夏に劇場上映される『コードギアス 亡国のアキト』の主題歌であり、監督の赤根和樹氏が、坂本が歌手デビューするきっかけとなったTVアニメ『天空のエスカフローネ』時の監督でもあったことから、当時の楽曲制作陣で挑むことになったという。
「今回の楽曲は菅野さんの頭の中にあるイメージにお任せしていました。作詞に関しても岩里さんの中に〈次に真綾ちゃんの作品が書けたらこういうことが書きたい〉というテーマが頭の中にずっとあったそうで。〈自由って、大人になるって、せつないかも〉という、岩里さんが感じた気持ちを、子供の時から知っていて、今は大人になった真綾ちゃんに唄ってもらえたら、と思っていたらしいんです。なので今回は二人にお任せします、という形で自由に書いていただいて、私は歌に専念しました。昔から私の曲を聴いてくださってる方は、久しぶりにこの3人で作ったことで〈どの曲みたいな雰囲気になるんだろう?〉とか想像してくださってると思うんですけど、たぶん、どれにも似てないです(笑)。なので、また新鮮に感じてもらえると思います。私自身、こういうジャンルのよくわからない不思議な感じの曲を唄えるのも、ひとつの個性なのかなとあらためて思いました」

 ここ最近では自ら作詞を手がけたり、セルフ・プロデュースという形で深く制作に関わることが多かった。しかし「モアザンワーズ」に関しては楽曲とのほど良い距離感が、この世界観に寄り添う絶妙なヴォーカルを導いた。
「制作過程の中で少しだけ客観的でいれたので、ほど良い距離感を持ったまま歌に向かうことができました。音楽の中で、もちろんセンターに立つ存在ではあるんですけど、素材なんですよね、自分が。セルフ・プロデュースの面白さもあるんですけど、今回みたいに料理されることを楽しむのも、また新鮮で。特にこの曲は歌詞も曲もインパクトがあるので歌は特にインパクトなくていいんじゃない!?と思って(笑)。あまり色を付けずにサラッと唄いました。今思えば、菅野さんに作ってもらった曲はこれまでもそんな風に唄ってきたものが多いですね。」

 そんな透明感のある歌声が楽曲全体のインパクトを引き立てているのだ。一方、カップリングの「デコボコマーチ(隊列は君に続く)」はマーチングバンドのような軽快なリズムが鳴り響く明るいナンバー。こちらも作・編曲を菅野よう子が手がけ、彼女から「昔書いた〈I.D.〉のアンサーソングのような続きのような曲で、〈今までの自分とか失敗したことも良かったことも何もかもひっくるめて全部OK!〉みたいな歌がいいんだけどな」というオーダーを受けて坂本が歌詞を手がけたという。〈君は歩いていく たくさんの君と歩いてく〉なんて言葉が勇敢なメロディの中を行進する。マーチのようなサウンドを聴いたら、すぐにたくさんの過去の自分が列をなしているイメージがヴィジュアルとして浮かんだという。そこにはこんな想いが込められている。
「私自身、これまで経験してきたことが大人になった今に生きてくることがいっぱいあって。例えば10代や20代の頃に、菅野さんや岩里さんもそうですけど、私にたくさんのヒントをくれた人たちがいっぱいいて。でもその頃はやっぱりヒントで、まだちょっとピンときてないこととかもありました。それが年月を経てやっと〈あ、こういうことか!〉って思えた経験があるので、恥ずかしいことや失敗とかって、出来れば切り捨てて行きたいですけど(笑)、それも全て連れて歩いて行くというか、そうせざるを得ないですし、でも常に先頭に立っているのは現在の自分なんだ、っていうことです」

 1998年にリリースされたアルバム『DIVE』の収録曲である「I.D.」では、思春期まっただ中の葛藤と迷いの中で一歩ずつ前に踏み出そうという想いを綴っていた彼女。そんな過去も全て肯定するような力強さに満ちたこの曲は、デビュー当時からのファンならば、なおのこと感慨深いのでは。更にもう1曲、シークレットトラック(彼女いわくレア音源だそう!)も収録の今作。シングルのリリースとしては久しぶりとなったが、本作の到着から今年の年末にかけて盛りだくさんの活動が予定されているようだ。次はどんな景色を見せてくれるのだろうか。いつもながら楽しみで仕方ない。
Text:上野三樹