● 坂本真綾から皆さんへ
 

発表になりました通り、名古屋と大阪でのライブを行うことにしました。それについての私の想いをちゃんとお伝えしたくて、文章にしようと何度も試みましたが、とても難しいです。そこで、下記は私がバンドメンバーに送ったメールですが、これを皆さんにもお読みいただくことが一番、シンプルなのではないかと思いました。少しおつきあいください。

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「あれから、皆さんそれぞれにいろんなこと考えながら過ごしてきたと思います。ついこの前まで当たり前に持っていた日常は一瞬でどこかにいってしまいました。落ち込んでいる場合じゃないと鼓舞するポジティブな気持ちと、もう普通の日々が戻ってこなかったらどうしようという悲観的な気持ちが、30分置きにいったりきたりして、私にとっては長い1週間でした。

 そして私は、たくさんたくさんたくさん考えた末、名古屋と大阪のライブを行うことに決めました。

 開催するにあたっては、ささやかな行動ではありますが、会場には募金箱を設置します。今はライブに行く気分じゃないとか、この開催に賛同できないとか、保護者に反対された、被災地にいて会場に行けない、交通手段がないというお客様に払い戻しを対応します。もともとトラック3台で行くはずだったのをいま1台ですむように調整してもらっています。舞台装置もなくなるし、照明機材も持って行けなくなるけど、みんなでならかっこいい音楽はできる。セットリストを大幅に変えなくてはいけないし、予定にはなかったけど今だから伝えたい曲もあります。ぶっつけ本番に近くなっちゃって皆さんにはご負担をかけますが、本当にすみません、どうかよろしくお願いします。
 人口密度の高い東京、突然の地震で、焦りや不安やデマが一瞬で伝染しましたが、その逆はできないかなあ。笑い声や感謝、思いやり、落ち着き、なにより元気な気持ち。伝染して日本中伝わったらいいなあ。

 今ライブをするということについて、色々な意見があることはわかります。私の決めたことですが同じステージに立っていたらもしかしたら誰かに、非難されるような場面が無いとも限りません。そうしたら本当にごめんなさい。
 皆さんのお気持ちを聞かせてください。お力をお貸しいただけると嬉しいです。
坂本真綾。」
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 この決断をするまでには本当に悩み、覚悟が要りました。色々な考え方があると思いますが、今この判断に迷いはありません。
 またとても大事なことなので、急きょ払い戻しの対応を検討したり、予定されていた公演の内容を変更するにあたってたくさんの慎重な準備が必要で、皆さんに決定の発表をするのがギリギリにならざるを得ませんでした。やきもきさせてしまって、本当にごめんなさい。こういう考えに納得できない人がいても、私はまったく尊重します。交通手段のこと、保護者の方の考え、いろいろな理由があると思います。チケット代は払い戻しができます、決して無理はしないでください。空席には人の意志があると思って、私も心して歌います。

 付け加えさせていただくと、ミュージシャンとスタッフたちが強く賛同してくれたことにとても感謝しています。今東京は、かつて経験したことのない事態に誰もが少なからず価値観に変化を感じているし、物理的に混乱もしている状態です。前例もないことで、何が正しいと誰も明確に言えないのが現状。意見も方法もそれぞれですが、でも誰もが願っていることはひとつ。日常を取り戻したい。そのために何かしたい。というまっすぐな気持ちです。

 音楽の力とは何でしょうか。私は今被災地へ行って歌を歌うことはできません。そんなものよりも義援金、物資、あたたかく寝られる場所、救助や治療が必要です。では音楽は、演劇や芸術は、今は無駄で、不謹慎なものでしょうか。私は、それは違うと思います。
 被災地の人々が芸術や娯楽を必要としてくれる場面は、もうちょっと先の未来にやって来ると思います。今私たちにできることは、被災していないあるいは被害の少ない地域の人々に、活力を保ってもらうための何かです。

 当日お越し下さる皆様には、大掛かりな舞台装置がなくても、当初の予定とは違っても、必ず楽しんでいただけるステージをお届けします。そのために全身全霊で歌います。いつもなにごとにも必死で取り組んできたつもりですが、今回ほど人の前で歌うことが怖いと思ったこともなければ、今回ほど、どうしても歌いたいと思ったこともありません。ほんの数時間ですが一緒に過ごしているあいだお客様も私たちもみんな一緒に、今だからこそ「全身全霊で楽しむ」ということをしっかりと成し遂げたいです。私は、命の勢いを感じて、生きることの喜びを感じて、それを力に変えていくことは、黙祷と同じように祈りを届ける行為になると思っています。こういうことがあった今だからこそ、私たちは、今生きている命の輝きに積極的に触れて、慈しむことが、未来への力になると信じています。

 私の気持ちは以上です。
 ライブ開催についての詳細はこちらでご確認ください。
 また、私の思う支援のかたちについてはこちらに掲載します。

 では、素晴らしいライブになるよう準備します。

 坂本真綾