THE PRODIGY | BIOGRAPHY

THE PRODIGY

 ピストルズやクラッシュが生まれた背景に失業する若者たちのフラストレーションの爆発があったように。パブリック・エネミーのハードなライムの裏側に黒人差別への反発があったように。そして、ドレスコード化していたディスコへの反動がアンダーグラウンドなクラブを育み、自分たちの手に再びパーティを奪還するというDIY精神がレイヴ・カルチャーの熱源となったように、抑圧は時に時代を揺さぶる圧倒的な熱量を持った音楽やムーヴメントを生み出していく。
 そんな世界をひっくり返す音楽に熱狂していたイギリスはエセックス州の若者、リアム・ハウレットは、キース・フリント・リロイ・ソーンヒル(00年に脱退)、そして後に加入するマキシムと共に、当時津波のようにシーンを飲み込んだレイヴ・カルチャーの波に触発され、後に世界を蹂躙するバンドを結成する。それがザ・プロディジーだ。
 91年リリースのシングル“Charly”のヒットを契機に、バンドは92年にファースト・アルバム『Experience』をリリース。全英10位、ダンス・チャートの1位を奪取し、当時のダンス系のバンドにはないエンターテインメント性溢れるライヴで熱狂的な支持を獲得していく。
 その一方で商業化し、カウンターとしての側面が失われていくレイヴに失望したリアムは、その享楽性から距離を置き、ダークな攻撃性とザラついたロックの息吹をダンス・ビートに纏わせたセカンド『Music For The Gilted Generation』を94年に発表。全英チャート1位を獲得しミリオンを記録。レイヴの先にあるダンス・ミュージックの可能性を提示し、UKでの評価を確固たるものとする。
 そしてブリットポップのバブルが弾け、求心力の低下したロックと入れ替わるように期待が集中する中、バンドは97年にサード『Fat Of The Land』をリリースする。パンク、ヒップホップの要素を強め、ダンスの枠組みを超えたヘビーなサウンドは、22カ国でNo.1を奪取し、約1000万枚の売上を記録。台頭するダンス・アクトの象徴としてだけでなく、過激なPVなど、自らが世の「カウンター」や「悪意」そのものとなり、世界中のフラストレーションを焼き尽くしていくのである。
 ところがその後、長期のツアーによ
る疲労と自らに課したハードルの高さゆえか、02年のシングル“Baby’s Got A Temper”を除きバンドは沈黙。04年リリースの7年ぶりの4枚目『Always Outnumbered, Never Outgunned』は、既存のプロディジー・サウンドから脱却するため、リアムひとりで作業が行われ、エレクトロ・ムーヴメントの先鞭をつけながら、セクシャルでヒップというユニークな作品となった。
 同作収録の“Spitfire”や“Girls”などで光明を見出したものの、完全復調にはほど遠かった彼らは、堕ちた反逆児で終わらぬため、ベスト盤『Their Law : The Singles 1990-2005』をリリースした2005年から2008年にかけて3人でレコーディングを開始。そして新曲“Warrior’s Dance”“World’s On Fire”を手に、かつての闘争心を取り戻さんとばかりにハードなツアーを敢行。「今こそが全盛期」と言わしめる鍛え抜かれたパフォーマンスで再び評価を勝ち取っていくのだ。

「世界ヘビー級チャンピオンの上腕筋が衰えてるのを見ることほど悲しいことはないよな。俺たちはそんなことは絶対にやらない。この音楽が俺たちにとっての上腕筋で、今はすべてが完璧な状態にある」(キース)

 新たに立ち上げた自主レーベル「Take Me To The Hospital」からリリースされる、通算5枚目となるアルバム『Invaders Must Die』は、キャリア最高峰とも言えるテンションで、70年代のパンク、80年代のヒップホップ、そして90年代のレイヴと、自らが熱中してきた時代のカウンター・ミュージックのエネルギーを融合、爆発させるという、バンド本来の魅力を極限まで引き出した作品に仕上がっている。
 全11曲46分というキャリアで最もコンパクトな構成の中、アルバムではラストを飾るビッグビート・チューン“Stand Up”を除き、徹頭徹尾ハード&アグレッシヴなサウンドが貫かれている。
 怒号のようなサイレン、斬撃を思わせるギター、圧死寸前のベース、レーザーのように放出されるシンセ、“Omen”のクラッシュばりに歌い上げるヴォーカル、そしてダブステップ、グライムなどの最新ビートを導入しながら、全てを俺色に染め上げるリアムならではの超前傾姿勢で放たれるソリッドなビート。また“Invaders Must Die”ではダズ・イット・オフェンド・ユー・イェー!のジェイムズ・ラッシェントが共同プロデュースで参加。“Run With The Wolves”“Stand Up”ではフー・ファイターズのデイヴ・グロールがドラムで参加し、アルバムに見境なしにドーピングを打ちまくっている。
 また本作で興味深いのは、かつてはシーンに絶望し、『Experience』以降、常に一定の距離を置いてきた享楽的で祝祭感溢れるレイヴ・サウンドを、遂に解禁した点だろう。
 
「“Warrior’s Dance”がきっかけだな。あの時、リアムに言ったんだ。『本来のおまえのサウンドを使うことに躊躇するな。おまえが所有者なんだ』ってさ」(キース)
「そう。『Music For The Jilted Generation』はダークな感じだったけど、このアルバムは意気揚々としている。『Music〜』と同じくらいにブルータルでハード。だけど『アップ』な作品なんだ」(リアム)

 ハドーケン!やペンデュラムなど、ザ・プロディジーのフォロアーであることを公言する一連のニューレイヴやエレクトロのバンドの台頭がレイヴ回帰を後押ししたのも確かだろう。そして、だからこそオリジナル・レイヴが本来持っていたスピリットを今一度提示する必要がある。レイヴ・カルチャーの持つ本質と魅力をリアムはシンプルに言い切る。

「そもそも俺たちがレイヴ・カルチャーに夢中になったのは、あれが反乱を起こすシーンだったからだ」(リアム)

 倉庫やオフィスに乱入し、サウンドシステムを設置して暴れまくる。無秩序だからこそ生まれたアナーキーな攻撃性と自由、そして祝祭感。それが『Music〜』以降パンクやヒップホップを飲み込み、進化を続けてきた彼らのハード&ブルータルな音楽に今回再び組み込まれていくことで、「カウンター・ミュージックのキマイラ」としてのザ・プロディジーはようやく完全体になったと言えるだろう。そう、『Invaders Must Die』の風通しのよさは、彼らがかつてない自由を獲得したことの証でもあるのだ。

「世の中が辛い状況なら俺たちが変えてやる。なぜなら俺たちは世界が不穏になる時期にこそ最高の状態になるからだ」(キース)

 世界が不穏な空気に包まれば包まれるほど、ザ・プロディジーは活発になり、澱のようにたまったフラストレーションを極限のカタルシスへと変換してくれる。
 完全復活を果たした反逆の皇帝が放つ暴動と言う名の祝砲『Invaders Must Die』。それは再び暗闇に足を踏み入れそうな時代の鼻っ面をぶちのめす痛快極まりないカウンターブローなのだ。

─ 2009年1月 佐藤 譲