LAST UPDATE:06.29.2000

(幻の迷?作ここに公開)
連続推理小説 山中湖スタジオ殺人事件
第5話
《前号までのあらすじ》
若手人気演歌歌手、長沢涼子のマネージャー志村恭人が山中湖スタジオで何者かに殺害された。容疑者は当日レコーディングで滞在していた一行8人に絞られたが、捜査が進むうちに事件当夜被害者の部屋から聞こえてきた関西訛りの男、そして死んだ志村が手に持っていた譜面のかけらが重要な鍵を握ると見られていた。そんな矢先、涼子の友人、北浦一子の身に何かが起こった。

一子の容態は比較的軽かった。診察をした石橋医師の話では、この度の症状はもう大丈夫だが、肝臓がちょっと弱っているようなので血液検査もしておいた、とのことでしばらくしてロッジに戻ってきた。警察の調べで、一子の飲んだコップの水から微量の農薬が発見された。事の重大さに涼子は、一子と話していた内容を一部終始、樋口警部に伝えた。
「すると、その『夢ほおずき』という曲が何か事件に関わっている可能性があるようですね。その曲についてもう少し詳しく教えてもらえませんか。」
「それならディレクターの藤井さんに聴けばよく解ると思います。」涼子はどうなることか不安ながら興味津々であった。


「藤井さん、『夢ほおずき』という曲はどういう過程でできたんですか。」樋口警部は眼鏡の奥で何か掴みかけそうな期待をしながら尋ねた。
「あれは確か、鏡プロデューサーが『曲を書いたんで詞をつけてくれ』って言うので作詞家の笹このみさんにはめ込みをしてもらってたんですよ。」
「鏡さんが作曲をされることはよくあることなんですか。」
「いやぁ、ご本人は五十の手習いとおっしゃってましたけど、後にも先にもこれだけでしょう。」藤井はあきれた表情で答えた。
「そうですか…。なべさん、警視庁の岡島警部に鏡の身元調査を依頼してみよう。」


一夜明けると、昨日の雨が嘘のような日本晴れだった。樋口警部は関係者全員をスタジオのロビーに集合させた。
「おはようございます。こんなに朝早くお集まりいただき申し訳ございません。」
「ほんまや!もうちょっと寝かしといて欲しかったなぁ…。」与田は不服そうに悪態をついた。するとすかさず、藤井が言った。
「早起きは三文オペラというで。」
「アホ!それを言うなら『早起きは三文の徳』じゃ。朝早よからしょうもないこと言うな!」「何?十六文キック…」「さ、さんもんの徳じゃ!もうええわぃ!」与田はいらついていた。
「早くから皆さんをお呼び立てしたのは他でもありません。昨夜からの徹夜の捜査で一連の事件の犯人を突き止めることが出来ましたので、ここで披露したいと思います。」
一同に騒めきが起こる中、一子が大きな声で「犯人が解ったのなら、すぐ逮捕してよ!私だって1歩間違えば殺されるところだったのに、何悠長に構えてるのよ。」と叫んだ。
「ごもっともです。しかし、少々お待ち下さい。我々がどうして犯人を割り出すことが出来たのか、順にお話してまいります。」樋口警部は腕時計に目をやりながら、言葉は自信に満ち溢れていた。


「まず、我々が最初に興味を持ったのが、運転手の中谷さんが犯行時刻の少し前に聞いた関西訛りの男です。時刻と場所の状況から、この男が犯人と見て間違いないでしょう。」
樋口は周りを見渡して言った。「この中には与田さんと藤井さんが大阪生まれですね。」
「……」与田と藤井は目を合わせた。
すると突然、フロントにいた渡部刑事が、一人だけまるで風呂上りのようにすっきりした表情で、ファックス用紙を持ってロビーに入ってきた。
「おう、これを待っていたんだ。間に合ってよかったよ。」樋口警部は届いたファックス用紙を二つに折って片手に持ちながら、 「では、続けます。亡くなった志村さんが手に握り締めていた紙切れ、これがこのスタジオでレコーディングされる予定だった『夢ほおずき』の譜面の切れ端だったのです。我々はこの曲に何か今回の事件の鍵が隠されていると判断しました。この曲の作曲は鏡さん、貴方でしたね。」
「……」鏡は黙っていた。
「いやぁ、手間がかかりましたよ、鏡さん。なんたって、かなり昔のことですからねぇ。貴方、武井昌男という人物ご存知ですか?」
「記憶にないですねぇ。」鏡は煙草に火を点けた。
「それは変ですね。貴方がコロンブス・レコードの制作部長だった頃の部下ですよ。」
「ああそうですか、当時はたくさん部下を引き連れていましたんで、中にはよく覚えていない者もいましてね。武井…そういえばそんな男も居ましたっけねぇ。」鏡の煙草の灰が今にも落ちそうになっているのを、間一髪で涼子が灰皿で受け止めた。
「その武井さんが10年前、制作部から外されたのを機に、会社を辞めて作曲家になろうとした。当時かなり苦労したらしく、どこのレコード会社に行っても相手にしてもらえなくて、とうとう自分が以前勤めていたコロンブスを訪ねた。彼にしてみれば、意地でも行きたくなかった貴方の所にね…。」警部は鏡を凝視した。
「他のディレクターの協力もあって、幸いその年の強力新人のデビュー曲を彼の作品にすることがほぼ決まった。彼は泣いて貴方に感謝した。鏡さん、そうですね。しかし、その新人のデビュー曲は、おおかたの予想に反して、まるっきり別人のものにすり代わっていた。」
「あれはしょうがなかったんだ。武井の曲のパターンがあまりにも多すぎて、ライバルの歌手と同じ傾向になりそうだったから、あえて他人のやらない空いている道を選んだまでだ。苦しかったが、それが制作部長の務めなんだよ。」鏡は目を細めて言った。
「よろしいでしょう。しかし、落胆した武井さんは思い余って自らの命を絶った。7年前の出来事ですね。さて、今ここに当時武井さんが精魂込めて書かれた曲の譜面があります。鏡さん、この曲見覚えありませんか?」樋口は先程のファックス用紙を広げて言った。
「あっ、それ『夢ほおずき』やっ!でも、なんで?」すかさず叫んだのは藤井だった。
「この曲にまつわる一連の事実を知った志村が、盗作作家の鏡さん、貴方を強請ったんでしょう。それで口論になり殺害した。そうですね。」せきたてる樋口の言葉に、鏡は興奮気味に口を滑らせた。
「あほぬかせ!わしは、なんもしらんど!」
一瞬、ロビーにいた全員の目が点になった。樋口はにやりと笑って、「志村の部屋で、口論した時もその関西訛りだったんだろう。お前の生まれが大阪だっていうこともこっちは調べがついてるんだぞ!なべさん、鏡を逮捕だ。」


「警部さん、待って!」今まで静か話を聞いていた涼子が突然立ちあがって叫んだ。
「鏡さんは犯人じゃないわ。」
渡部刑事が叱咤するように「あなたは黙っていてください。これから署で取り調べますので…」と言うと、涼子はさらに大声で訴えた。
「私、犯人を知っているんです。」
「いい加減なことを言っちゃいかん!」
「いい加減じゃないわ。志村さんを殺してしまったのは…。」
「誰だ、と言いたいのかね。」樋口が言った。
「志村さんを殺してしまったのは…、ごめんね、いっちゃん、あなたよね。」
一子は涼子の言葉を聞くや否や「何言ってるのよ涼子、私は殺されかけたのよ。被害者なのよ。」
「確かにある意味では被害者かもしれない。だけど、お腹痛くなったのは、あれはお芝居ね。私もお芝居やっていたことあるから解るんだけど、あなた食事する前から、なんかそわそわしてたでしょ。コップのお水飲むときだって、目つぶって鼻つまんで、誰が見てもおかしかったわよ。」涼子は一気に話しだした。
「……」一子は黙ってしまった。
「私が不思議に思い始めたのは、さっき警部さんが、武井昌男という人の話をしたときからよ。どっかで聞いたことある名前だなあって、なかなか思い出せなかったけど、武井さんっていっちゃんの以前付き合ってた彼でしょ。よくお話ししてたじゃない、大作曲家になるんだって夢みたいなことばかり言ってる彼が好きなのって…。交通事故で亡くなったっていう話だったけど、そういうことだったのね。でも、一体どうして志村さんを?」
「……」一子は涙で声が出なかった。
「一子ちゃん、もうおしまいだね。計画はうまくいかなかったけど、もうこれ以上はごまかしきれないよ。」いつから居たのかシェフの大城が口を挟んだ。「警部さん、志村さんが飲んだ缶チューハイの毒を用意したのも、一子ちゃんが口にした水に農薬を入れたのもすべて私です。実は私、業界を辞めてからなかなかうまく行かなくて、一時ムショ暮らしをしていたころもあるのですが、出所して途方に暮れていたとき、ある霊能師のところで一子ちゃんに出逢って、彼女のいろんな話を聴いたんです。今回のことは、年甲斐もなくそんな彼女にほだされた中年男の愚かな仕業なんですよ。」
「思い出したぁ!あの時の演芸係の受刑者や。ふじヤン覚えてるやろ。」
与田の声に、
「ほうほう、涼子ちゃんが府中刑務所に慰問に行ったときやな…。そういえば、講堂の椅子に札貼ってたあの人か。」藤井が答えた。
「その節は、心暖まるョーを有難うございました。皆さんの仕事ぶりを拝見していて、なんか懐かしい気持ちになりましたよ。でも、その中に、鏡さんの姿を見つけたときは当時の感情がよみがえってきたんです。昔、よくいじめられましてね。あるプロダクションにいた頃なんですが、所属歌手の新曲を次から次に発売するもんで、当時は一年に一曲が当たり前でしたから、なかなか番組が取れなくて、その度におまえの仕事のやり方じゃ売れるものも売れん!てな感じでね。逆恨みって言やぁそれまでですが、そんなこんなで今回の一子ちゃんの計画に力を貸したわけなんです。」


「ちょっと待って、実際死んだのは鏡じゃなくて、志村なんだよ。」樋口はまだ合点がいかなかった。すると、一子が涙をぬぐって重い口を開いた。
「間違えたんです。志村さんには鏡さんに飲ませて欲しいと言って缶チューハイを渡しました。飲み口に大城さんから手に入れた薬を塗っておいたんです。ほんとは自分で直接やろうと思っていました。だけど、志村さんが俺に任せろと強く言うので、そうしたんです。まさか強請っていたなんて知りませんでした。」
「そうなんだよ。」鏡が言った。「あの晩、口論になって喉が乾いたんで、自分で持ってきた缶ビールを飲んで『おまえもうちょっと落ち着けよ』って言ったら、手元にあった例の缶チューハイを飲んだんだよ。すると突然苦しみだして倒れたんだ。こっちは関わり合いになっちゃまずいと思ったから、譜面を取り上げて部屋に戻ったんだ。あれを俺が飲んでいたら今ごろ御陀仏か…あの世で演歌でも唄っているかなぁ。」
「なに呑気なこと言ってるんですか。でも、志村さん間違って死んじゃったなんて…。」涼子は何とも複雑な心境だった。


「さっき俺と目合わせたとき、俺が犯人や思ってたやろ。」与田が藤井に突っかかった。
「それはこっちのセリフや。おまえ、俺と何年付きおうてんねん。友達がいのないやっちゃな。」
「アホ言え!どっちがじゃ。」
「まあまあ、お二人さん。仲良くいこや!」
鏡の言葉に二人は開いた口がふさがらなかった。

(おわり)



*この物語はフィクションであり実在の人物・会社等とは一切関係ございません。


<< 第4話へもどる