LAST UPDATE:05.12.2000

(幻の迷?作ここに公開)
連続推理小説 山中湖スタジオ殺人事件
第4話
《前号までのあらすじ》
若手人気演歌歌手、長沢涼子のマネージャー志村恭人が山中湖スタジオで何者かに殺害された。容疑者は当日レコーディングで滞在していた一行8人に絞られたが、樋口警部の執拗な訊問が続く中、長沢涼子の知られざる過去が次々と浮かび上がるのだった。折りしも事件当夜、被害者の部屋から関西訛りの男の声が聞えたとの情報を得た。

「それではお二人とも死亡推定時刻の午前3時から5時までは熟睡していたとおっしゃるのですね。」樋口警部は怪訝な表情で問いただした。
「昨日の晩は相当飲んでましたから部屋に戻ったらすぐ寝てしまいました。与田は確かシャワーを浴びとったやろ。」藤井が聞くと、与田が思い出しながら、
「シャワー浴びて、電話して…。」
「電話!?」渡部刑事が目を吊り上げた。
「そんな怒らんでもよろしいでしょう。ちょっと広島に住んでいる彼女の声が聴きたかっただけですやんか。何にも悪いことしてまへんで!」
「よろしい、では昨晩午前2時過ぎに志村さんの部屋から口論する声が聞こえたらしいのですが、気がつかなかったですか?」 「なにせよう寝たもんでまるっきり知りまへんわ、ふじヤン聞こえたか?」
「いいや…。」
「関西訛りの声だったらしいですがねえ。それはそうと、与田さん昨日の昼間、志村さんと口論していたそうじゃないですか。」渡部の含みのある言い方に、与田は興奮気味に言った。
「ええかげんにしてくださいよ、知らんもんは知らんねんから!大体さっきから聴いてたらなんかまるで俺が犯人みたいな言い方してはりますけど、死んだ志村は長沢涼子の演歌プロジェクトの同士なんですよ。そりゃ熱が入って仕事してたら口喧嘩のひとつやふたつ普通あるでしょ。そやから言うて殺すなんてアホらしゅうて開いた口がふさがりまへんわ。志村がいなくなって…これからいったいどうなるのんか、もうわかりませんよ。」与田は目に涙をいっぱいためていた。
「さあ、もういいですか。私これからレコーディングの続きがありますから。」藤井は平気な顔でそう言って立ち上がった。
「ご協力有難うございました。後ほどまたお話をお伺いするかもしれませんので、その時はよろしくお願いします。」


昨日までの快晴とは打って変わって午後からはひどいどしゃ降りだった。涼子の部屋では重苦しい雰囲気で涼子と一子が話し合っていた。
「失礼しちゃうわね涼子、みんな結局疑われているんじゃない。」
「仕方ないわよ、場所が場所だからまさかいくら何でも通り魔の仕業なんて考えられっこないでしょ。」
「そういう涼子も容疑者の一人なのよ。」
「悲しいけど早く真犯人が見つかってくれることを祈るだけね。でないと、志村さんがあんまりかわいそすぎるわ。」
「ねぇ涼子、私警察の人には言わなかったんだけど、志村さんを見つけたときこんなもの手に持っていたのよ。」一子は志村の死体が握っていた譜面の切れ端を涼子に見せた。
「なんの譜面かしら?」
「どう?これって犯人を見つけるきっかけにならないかなぁ。」
「うん、なるかもしれない!」二人はもうすっかり刑事気分に浸っていた。宿泊ロッジの部屋割りは2階の4部屋の内、通路を挟んで左側手前から涼子と一子の部屋があり、その隣が殺害現場となった志村の部屋、右側手前が鏡の部屋で、その隣が藤井と与田の部屋である。


中谷は1階で、村田と矢崎は別棟のコテージに泊まっていた。外からの侵入は非常に難しく、志村の部屋に入るには一つしかない階段を上り涼子や鏡の部屋の前を通って行くしかない。死亡推定時刻の午前3時から5時は容疑者全員が熟睡していたと証言した。犯行現場の志村の部屋に残されたものは、青酸性毒物の入った缶チューハイと志村が握りしめていた譜面の切れ端。
「たぶんこの譜面は犯人が取っていこうとしたら破れて残ったのね。問題はこの譜面が一体どんな曲だったかだけど、この黄ばんだ紙の色を見ると、けっこう古いものみたいね。」
「涼子の曲じゃなさそう?」
「志村さんが持っていたのならたぶん私の曲だと思うけど、よく解らないわ。だってほんの2小節くらいしか見えないんだもの。」
「そうよね、演歌ってほとんど同じような曲ばっかりだから、2小節くらいじゃ色々ありすぎて、まず解らないわよねぇ。」 「あ・の・ねぇ、そんなことないわよ!」
「あら、涼子も昔はそう言ってたじゃない。」
「えっ、そうだったかしら…。でも少なくとも今はそんなこと全然思わないわよ。一小節一小節味わい深いのが演歌なのよ。」 「よっ!日本一の演歌歌手!」
「一子、ふざけてる場合じゃないわ。えーっと、口論する声が聞こえたって言ってたじゃない、ようするにこの譜面を奪いあってたのかしら?」
「そんなにこの譜面が重要なのかなぁ、タリララランランラ〜ラン。どう思い出した?」
「…!わかったぁ!それ今日歌入れする予定だった『夢ほおずき』よ。間違いないわ、あぁどうしてもっと早く気がつかなかったのかしら。キーが全然違うから見ただけでは全然解らなかったわ。」
「やったね涼子、でもその『夢ほおずき』の譜面を一体なぜ犯人は奪おうとしたのかしら?」
「それは、ひょっとすると…」
「しーっ!誰かいるっ!だあれっ、ドアのところにいるのは?」一子は急いでドアを開けたが人影はなかった。
「気のせいじゃない?一子」
「そんなことないわ、私ははっきり感じられたの。あれは霊じゃなくて、もっと生々しい人間の吐息よ。涼子、今の話絶対他人に言っちゃだめよ。夕食終わったら続きお話しましょう。」
「解ったわ、あーぁこの雨じゃ今晩のバーベキューはお流れね。せっかく楽しみにしていたのになぁ…」


午後5時半頃、一行8人は全員レストラン“LAKE HILL”に集まった。降りしきる雨の中、誰も自分から話し出そうとしなかった。あまりに暗い雰囲気を見かねたコックが話を始めた。
「みなさん、ようこそ山中湖スタジオにお越しくださいました。今日はあいにくの天気でバーベキューは出来ませんが、私が腕によりをかけて作りましたチャ−ミー鍋です。心行くまでお召し上がりください。ご挨拶遅れましたが、私がシェフの大城です。」
「大城さん、このお鍋なかなかいけますね。ところで、どこかで一度お会いしたことありませんか?」与田が不思議そうな顔をして尋ねた。
「いやぁ、昔はね貴方と同じような仕事をしてたんですがね、失敗しちゃったんですよ。それ以来かたぎになったっていうわけです。今じゃたまに東京へ行ってもせいぜいカフェ・ラ・ミルで珈琲を飲むくらいですよ。そうだ、皆さん食後の珈琲は期待していてくださいよ。」それだけ言うと大城は厨房に消えていった。
「なんか見たことあるような気がすんねんけどなぁ…あの人。ふじヤン知らんか?」与田が尋ねた。
「いいや…。」藤井がそっけなく応えるやいなや、静かに食事をしていた一子が急におなかを押さえて苦しみだした。
「一子!どうしたのっ!」涼子が叫んだ。


*この物語はフィクションであり実在の人物・会社等とは一切関係ございません。


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