LAST UPDATE:04.17.2000

(幻の迷?作ここに公開)
連続推理小説 山中湖スタジオ殺人事件
第3話

「長沢涼子さんですね。」樋口警部は重々しい口調で尋ねだした。
「はい。」涼子はうつむきながら震える声で答えた。
「この度は、大変なことになりましたね。心中を察すると胸が痛みます。我々としてはいち早く犯人を逮捕するために最大の努力をしますので、つらいとは思いますがいくつか質問に答えてください。」
「志村さんは私にとっては掛け替えのないマネージャーでした。いまでも彼が亡くなったなんて信じられません。」
「しかし、残念ながら、彼が何者かに殺害されたことは明白です。−昨晩の貴女の行動を教えてくれませんか。」
「夕方までレコーディングがあり、皆で夕食をすませて、一度部屋に戻りました。それから少しして、この宿泊ロッジのロビーにもう一度集まってお酒をを飲んだんです。ちょうど私が出演したテレビ番組が放送されていたんで、最初は皆んなでそれを見ていました。」
「あっ!それ、『スターどっきりマル秘報告』でしょ。」渡部刑事が突然横から口を挟んできた。
 「確か長沢涼子さんは何度かこの番組に出演されていますよね。一度聴いてみたかったんですが、この手の番組は本当は全部打合せが出来てるんでしょ?昨晩もかなり動揺して泣き出してましたけど…。」
涼子はとんでもないという顔つきで、「私は一切聴かされていないんですよ。知っていたらあんなふうに泣いたりできませんわ。」
「マネージャーはどうなんですか?」
樋口警部が眼鏡を直しながら尋ねた。
「いろいろと段取りがあるでしょうから、マネージャーは最低知っていたはずです。」
「とすると、結果的にマネージャーの志村さんが貴女を騙したということになりますね。昨晩の番組の収録の日はさぞかし辛かったでしょうね。」
「…」涼子は微妙に顔を引き攣らせた。
「いいでしょう。それでは、志村さんが貴女の担当マネージャ−になったのはいつごろですか?」樋口警部はここぞとばかりに問い続けた。
「確か5年前の夏です。何の予告もなしに突然仕事帰りの羽田空港で前任の人から紹介されて、その時は仕事の出来そうな方だなぁと思いました。それから色々ありましたが、昨年演歌を歌うようになって本当に忙しくなり、これからが僕の腕の見せ所だと言ってたばかりなのに…。」
しばらく訊問は続いた。
「最後に、志村さんを怨んでいた人に心当たりはありませんか?」
「それならディレクターの藤井さんが知っているかもしれません。プライベートでもよくお話をしていたようですから…。」
「解りました。どうもご協力有難うございました。」樋口警部は渡部刑事が手に隠し持っていた白紙のサイン色紙をこっそり取り上げて話を終えた。


  ― 警視庁捜査一課、岡島警部は電話を置くとすぐに部下の関森刑事を呼んで、「関森くん、山梨県警から山中湖で起きた殺人事件の捜査協力の依頼が来た。君も色々仕事を抱えて大変と思うが、これも担当してくれ。」と命じた。 「殺害された志村恭人についてですね、承知しました。」関森は志村のマンションのある新井薬師に向かった。


「岡島警部、志村は来年結婚するつもりだったようですね。害者が住んでいたところは相手の女性のマンションで、すでに同棲していたらしいんです。ただ、仕事の関係で擦れ違いが多くて、近所で二人一緒にいるところを見たという声は少なかったです。また、志村が近々大金が手に入ると親しい人間に漏らしていたという噂があります。害者が勤めていたバイキングプロの系列のオフィス・クツベラという営業会社に以前勤めていた小山という男が言うには、まとまった金が入ったら独立して、かねてから望んでいたモデルの事務所を始めるのでいっしょにやらないかと誘われたということです。」
「その小山という男は信用できるのかね。」
「風体はちょっと危ないですが、仕事ぶりはしっかりしていたとの評判です。面白いことに、以前長沢涼子の営業周りの仕事を志村と一緒にしていた時があって、そのころの話を色々聴くことが出来ました。」
「いつの頃なんだね?」
「長沢涼子がまだ演歌を歌う前の色々苦労していた時のことです。デビューして3年目に『ヴィーフン』という曲で大ヒットして以来、ヒット曲が続かず、数人の前で歌ったり、馴れない芝居に取り組んだり、その役者仲間から『もう歌手辞めたの?』とまでも言われたりしたらしいんですよ。長沢涼子にしてみれば、あまり思い出したくない時代のことでしょうが、志村は事ある度にそのころの話を彼女にするので、本人はかなり煙たがっていたようですね。」
「長沢涼子に志村殺害の動機があったということだね。 ― いやご苦労さん、ところで関森くん、今晩空いているか?麻雀のメンバーがひとり足らんのだ。付き合ってくれ!」
「…。」


 一方、山中湖スタジオでは、事情聴取が続けられていた。
「私、運転手の中谷一郎といいます。昨日一行全員を山中湖に運んできたんですが、スタジオに着いたら特にやることがないので、ゆっくり休んでいたんです。昨晩も近くまでドライブして、午前2時過ぎに戻ってきたんですがね、静かなロッジになにか口論するような声が聞えたんです。」
「何処の部屋からですか?」渡部刑事が興奮気味に尋ねた。
「たぶん志村さんの部屋でした。男性の声で一人は志村さんだと思いますが、もう一人は何か関西訛りがあったようでした。よくは聴き取れなかったですが…。」
「関西訛りねぇ…。」


樋口警部は不気味な笑いを込めて、渡部警部に言った。
「ディレクターの藤井とプロモーターの与田は、一緒に話を聴いてみようじゃないか。」


*この物語はフィクションであり実在の人物・会社等とは一切関係ございません。


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