重音 DUB in JPN

重音 DUB in JPN

2004.09.22
アルバム / VICL-61485
¥2,381+税
Victor

ニッポンのダブ、クロニクル。MUTE BEAT、こだま和文、藤原ヒロシ、屋敷豪太、DUB MASTER X、FISHMANS & ZAK、AUDIO ACTIVE、LITTLE TEMPO、DRY & HEAVY・・・日本のDUBを築きあげたダブマスター列伝。King Jammy、Mad Professorによるremixや意外なあの曲のDUBアレンジ等、激レア音源も多数収録した空前絶後の“キラー”コンピレーションアルバム。

  1. 01

    DEEJAY STYLE (Pithecan Live) / MUTE BEAT

  2. 02

    No No No(Dub Mix)

  3. 03

    Perfume Dub / CHIEKO BEAUTY

  4. 04

    GODZILLA No Nuke Mix / Hiroshi Fujiwara DUB MASTER X

  5. 05

    Merry Christmas Mr.Lawrence(RAM JAH WORLD MIX) / TR49

  6. 06

    DON'T STOP 'TIL YOU GET ENOUGH(DON'T STOP DUB YOU GET ENOUGH) / LuvMasterX

  7. 07

    ALA-MECKA-BICKALLY DUB (original「ALARM ALARM」) / AUDIO ACTIVE

  8. 08

    I DUB FISH / FISHMANS

  9. 09

    あめふりヒヤデス / UA

  10. 10

    Let My Love Shine   (One Two Dub) / 藤原 ヒロシ

  11. 11

    RADICAL DUBBER / Dry & Heavy

  12. 12

    What's 8appen?(Main Version) / KTU

  13. 13

    STILL ECHO“DUB STATION STYLE 2330” / こだま 和文

 ダブとはテクニックであった。そして、今ではそれは単なるテクニックを超える。ダブはカリブ海の小さな島国であるジャマイカで生まれた。ダブの定義に関しては色々な権威の方がおられるようだが、一つの言い方として、それはエンジニアをミュージシャンとして扱うということが言えるだろう。
 それまでの音楽では常識的なものだと思われたきた規範を壊したのがダブである。その規範とは、ヴォーカル、ギター、ベース、ドラム、その他の楽器のヴォリュームや音色のバランスである。一体、規範とは何だったのか?と問うたわけではないだろう。それより、こんな風に音と戯れてみようと、とジャマイカの偉大なるエンジニアたちが始めたのがダブなのである。普通ではヴォーカルが聞こえてくるところで、バックだけになる。バックの楽器だけ、どころではない、ベースだけになったりする。かと思うと、急にドラムが入って来る。ドラムも全体が入るのではない。ハイハットだけが鳴ったりする。それは驚くべきことだったが、なぜその“テクニック”が流行して、今にいたるかと言えば、“ダブ・ヴァージョン”と呼ばれるようになる、様々な既成の曲のダブの上に乗ってレゲエDJがトースティングする、お喋りするのがジャマイカのサウンド・システムで人気を博したからである。だから、ダブはエンジニアの音楽という密室性を持っていると同時に、野方図なまでの大衆性、外へ出ていく力を持っていた(いる)。そこがジャマイカの音楽全般の興味深い点でもあるが、ダブはまさに実験的にして、前衛的、しかし、子供が聞いても面白い、革命的なものだと言えるだろう。DJのお喋りを入れなくても聞くことが出来るダブがどんどん出て来るようになる。つまりは、インストゥルメンタルから少しづつ変化していったと考えると分かりやすい。
 そして、80年代にダブは世界的になった。ジャマイカは世界よりかなり進んでいたのである。このことはいくら強調しても足りない。
 しかし、世界的とは言っても、1980年代の世界は今よりお互いが遠かった。ニューヨークやロンドンで流行している音楽がすぐに日本で流行するわけではなかった。ましてや、ジャマイカ産の音楽が日本のアーティストたちによって作曲され、演奏されるようになるとは普通には考えにくかった。実際、多くのダブを試みていたアーティストは、世界的に見ても、ジャマイカ系移民のいる場所に限られたていた。イギリスでダブが少しづつ定着していったり、その頃のニューウェイヴのアーティストたちがダブを取り入れているのも、かの地にジャマイカ系の移民がいたからである。
だからこそ、ミュート・ビートというバンドの先駆性はいくら賞賛しても足りないと思う。彼らは1980年代初期に現れ、ピテカントロプス・エレクトスというーーこれまたまったく新しいコンセプトを持った空間だったーーをベースにライヴを行うのである。勿論、ジャマイカ人はいない。そして、実際、このコンピレーションに含まれているアーティストはかなりの部分でミュート・ビートとかかわりがあるのである。ミュート・ビートはエンジニア、DUB MASTER X をメンバーとした最初の日本のバンドであった。
 では次は?そこで藤原ヒロシを日本のダブを定着させた人物の1人として挙げることに異論を唱える人はいないだろう。勿論、他にダブをプレイしていたDJは多くいたし、レゲエを愛していた人間は数えきれない。しかし、作品を残した人物として考えると、そしてそれが残した影響を考えると、藤原ヒロシというアーティストの名前は外せないだろう。
 同時進行的に、様々な動きがあったのだが、藤原ヒロシという人物のダブの捉え方は、かなり日本でのダブのあり方を定義したのではないだろうか?
 2004年、日本ではダブにとりつかれているアーティストが少なくない。ダブを愛する聴衆もかなり増えてきた。これは喜ぶべきことだと思う。なぜなら、ダブが規範を壊すところから出発したのなら、その本質はより自由になることを求めるということになる。そして、あなたも知っている通り、音楽は自由なのだから。

text by 荏開津 広(INSPIRED BY KAZUFUMI KODAMA)

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