小泉 今日子
koizumi kyoko

NEWS
ニュース

2024.12.28

TOUR 2024 BALLAD CLASSICSライブレポート公開!



 まるで雨のように、天井から無数の額縁が降っている。足元には大きな円舞台。そのどちらも木でできている。時を告げる教会の鐘が鳴り響き、ミュージシャンたちが円舞台を囲むように現れ、開演を待つオーケストラのようにそれぞれの楽器を重い想いに鳴らしながら準備し、やがて前奏曲へ。照明が徐々に強くなり、まぶしさに包まれそうになったそのとき、一枚の額縁の中に、小泉今日子がいた。これから『KYOKO KOIZUMI 2024 BALLAD CLASSICS』が開演する。

 2024年の小泉今日子ツアーが『BALLAD CLASSICS』と銘打って開催されると聞いて、心にポッと灯りが点いた長年のファンも多いだろう。80年代、彼女は同名のアルバムを2枚リリースしている(『Ballad Classics』87年、『Ballad Classics Ⅱ』89年)。そして、今回のツアーに合わせて、過去2作が再発売され、35年ぶりとなる第3集『Ballad Classics Ⅲ』が今年の9月25日にリリースされた(すべてGOH HOTODAが新たにリマスタリング)。
 そのタイトルが心をときめかせるのは、『Ballad Classics』と『Ballad Classics Ⅱ』の内容が、スローでロマンチックな「バラード」をまとめました、という単純な編集盤ではなく、さまざまな再アレンジ曲が多く含まれている事実上のオリジナル・アルバムのように熱心なファンには愛されてきたから、かもしれない。収められているのは、タイトル通りバラードのシングル曲だけでなく、カップリング曲、アルバム曲から丁寧に選ばれた「隠れた宝物のような」名曲たちだ。



 コンサートのオープニングは「Flapper」。7thアルバム『Flapper』(1985年)のタイトル曲。そして『Ballad Classics』の1曲目にセレクトされた、このコンセプトを象徴するべき曲。だけど、シングルでもなんでもない。そして『Ballad Classics Ⅱ』で東京スカパラダイスオーケストラによってスカ・アレンジを施されたセルフ・カバー版「今をいじめて泣かないで」へ。この2曲で、KKBCプロジェクトのプロデューサーでもある小泉今日子の本気度がわかるというもの。このコンセプトだからこそ歌いたい曲をやるわよと、彼女の満面の笑みから伝わってくる。だって、そこから続けて「小泉今日子はブギウギブギ」(24thアルバム『Nice Middle』2008年)で、さらに「寝ながら書いたラブ・レター』(11thアルバム『Phantásien』1987年)だもの。オープニングからいきなりアルバム曲を4曲も続けて。自由すぎる!
 彼女のツアー活動をバンドリーダーとして支え、ユニット黒猫同盟として共に活動する上田ケンジをはじめとしたバンドのアンサンブルもすごい。なにしろ明後日プロデュースの舞台『ピエタ』(2023年)にも大役で出演したヴァイオリニスト、向島ゆり子と、あらゆる金管楽器、木管楽器を自在に吹くYOKANの参加により、バンドは曲に応じてオーケストラにもビッグバンドにも変身する。音楽の経験がある人なら、これほど幅広いバラエティのアレンジを7人だけで演奏していることにきっと驚くはずだ。
 人気が高いのになかなかツアーで歌われることがなかったシングル曲からは「Smile Again」(1987年)と「魔女」(1985年)をまずピックアップ。そして、「乙女心三連発」と自ら語った「Kiss」(シングル「水のルージュ」カップリング曲、1987年)「あなたがいた季節」(16thアルバム『afropia』収録、1991年)「100%」(配信シングル、2012年)へ。さらに、真田広之と共演した映画『快盗ルビイ』(1989年)の挿入歌「たとえばフォーエバー」にびっくりしたファンは多いだろう。ほとんど生のコンサートで歌われる機会がなかったこの曲が、真田がアメリカでエミー賞を受賞(ドラマシリーズ『SHOGUN』)したこともきっかけとなって、舞台の上で甦った。映画の監督を務めた和田誠が作詞作曲したこの曲の歌詞は、歌手であり俳優でもあり、演劇プロデューサーとしても表現に深く関わり続けてゆく小泉今日子のこれからの人生にもつながっているようで、まさに前半のハイライトだった。
 今回のツアーでは、劇場としても使用される(あるいは劇場のような雰囲気を持つ)会場が選ばれていた。そして演劇につきものなのは「幕間」。ここでコンサートも休憩へ。



 衣装替えを経て、後半へ。ステージには2脚の椅子。そのうちの1脚は無造作に倒されている。
 「月の夜のシ・ア・ワ・セ」(『Best Of Kyong King』1988年)、「今年最後のシャーベット」(『Hippies』1987年→『Ballad Classics Ⅱ』)、「samida-rain(『Nice Middle』)」を歌い終えて、来場客の年齢層を世代別に挙手してもらうアンケート。続いて、観客の中に今日、誕生日を迎えた人はいるかと呼びかけた。「ハッピー・バースデー」の演奏と合唱のプレゼント。そして、椅子に腰掛けると、俳優としての仕事を続けてきた自分にできる表現だとして、一片の詩を朗読した。それはパレスチナの詩人、リフアト・アルアリイールの「If I must die(もし私が死なねばならないなら)」。この詩を発表してほどなく、彼は爆撃で命を落とした。倒れている椅子は、その悲しい現実の光景を表していたのだ。
 あえて「ハッピー・バースデー」と、怒りと希望が混ざり合った詩人の思いを並べた彼女には、どんな生命も平等で祝福されなくてはならないという強い思いがあったはず。続けて歌われたのが、「サーチライト」(『Phantásien』)。「ローソクのあかりだけでキスだけでふたり」(作詞は銀色夏生)という歌い出しはラブソングのはずなのに、現実の世界で戦火を生きる人たちの姿と重なり合う。暗い闇を照らすサーチライトを見失わないでほしいと願う、まさに小泉今日子プロデュースの凄さだ。



 バンドメンバーの紹介を兼ねた「木枯しに抱かれて」(1986年)、そして「優しい雨」(1993年)。そしてラストに彼女が選んだのは「きのみ」(23thアルバム『厚木I.C.』、2003年)。永積タカシが書いた歌詞は小泉今日子本人に宛てたものだろう。でも、それが彼女の声を通すことで、彼女の音楽を聴いてきた、あるいは、今日初めてこの曲を聴いている人たちにも同じように降り注ぐのを感じた。「それが 君らしさだよ」って。
 アンコールは、高木完、上田ケンジと小泉今日子が立ち上げた「シン・コイズミックスプロダクションズ」のファーストシングルとして2024年10月にリリースされた「恋のブギ・ウギ・トレイン」(吉田美奈子作詞、山下達郎作曲で、オリジナルはアン・ルイス、1979年)! あれ、バラードはどこに? 小泉自身も苦笑しながら、こういうヤンチャも私らしさでしょ?と胸を張る。そして「The Stardust Memory(Slow Version)」(1984年)の『Ballad Classics』で大団円。



 最後に、このツアーで彼女が小泉流のバラード名曲とともに持ち帰ってほしかったことを、あらためてアナウンスしておくことにする。
 まず、「カーボン・オフセット」という試みについて。イギリスのロック・バンド、コールドプレイが環境保護(CO2削減)のために大規模ツアーでの使用電力などを可能な限り低炭素な再生可能エネルギーに置き換えてゆく「カーボン・ニュートラル」に取り組んでいることは話題を呼んでいる。そこまでの徹底はまだ無理としても自分も一歩を踏み出したいという思いのもと、株式会社UPDATERとの協力のもと彼女が選択したのが「カーボン・オフセット」。ツアーに伴うCO2排出量を計算し、それと同等のCO2を吸収する取り組みを行うというもの。投資から植樹、自家用車を避けて電車や自転車での移動を選択するなど、日常的な行動でも補うことができる方法はある。
 そして、サステナブル(持続可能)という側面からのアイデアがもうひとつ。ステージで彼女が立っていた木製の円舞台は、宮城県の製材業者に持ちこまれ、猫砂として再生されるという。
 ツアー最終日の山形県・シェルターなんようホールでの公演では、「”繋がる”文化的・体験的プログラム」として、ひとり親家庭の親子4組8人を招待し、リハーサル見学など、ライブ・コンサートの作り方により密接に触れる試みも行われた。地方と都会の文化的な格差を埋めるというだけでなく、この体験が将来の選択にも繋がるといい。コンサートの時間は、好きなアーティストの歌や音楽を純粋に楽しむためのもの。でも、それっきりでおしまいの特別な一夜じゃなく、その先につながっていくものになれたらいい。
 今回のツアーで久しぶりに小泉今日子の歌声に触れたという客層も少なくなかったと聞く。「昔と変わらない歌声や元気さでびっくりした」とか、「“新曲”が多くて、とてもよかった」という感想もあった。ちょっと待って。歌われてたのはバラードの隠れた名曲で、「新曲」じゃないよ。でも、むしろ知られざる名曲を最近できた新曲のように聴いてもらえるのは、アーティストとしての現役感があるからだ。そして何より、その人たちが生きている現在の実感に対して、曲がノスタルジックなものに全然なってないからだろう。
 『BALLAD CLASSICS』のツアーで、小泉今日子は自分のバラードを新しいものにした。

文:松永良平(リズム&ペンシル)
撮影:田中聖太郎

SHARE マイアーティスト
メール登録

DISCOGRAPHY ディスコグラフィー

NEWS ニュース

VIDEO ビデオ