坂本 真綾
Maaya Sakamoto
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2026.03.30
NEW新曲「時計」 (スマートフォン向けRPG『Fate/Grand Order』最終章主題歌)オフィシャルインタビュー公開
新曲「時計」 (スマートフォン向けRPG『Fate/Grand Order』最終章主題歌)インタビュー
この10年、『FGO』のおかげで出会えたものや学べたことは数えきれません。
私にとって素晴らしい修行であり、学びの場でした。
――スマートフォン向けRPG「Fate /Grand Order」の最終章主題歌「時計」が昨年末にリリースされました。今回はまず最初にどのようなオファーがあったのでしょうか。
今回の楽曲「時計」の制作オファーをいただいたのは、2022年の年末で、シナリオライターの奈須きのこさんから直接お話を伺いました。最初のご提案は「エンディングテロップで流れてくるような、明るく希望に満ち溢れた大団円のイメージ」というものでした。これまで『FGO』のタイアップでは、「色彩」「逆光」「空白」「躍動」「独白」と書き下ろしてきて、ソリッドでアップテンポな、これから物語が始まるワクワク感を持ったオープニングテーマに近いものが多かったので、今回は全く違う視点で曲を作ることになりました。
私自身、誰に頼まれたわけでもなく、「もし『FGO』が完結する時が来たら、最後は攻撃的な印象の曲ではなく、全てを包み込むような曲で終わりたい」というイメージを以前から持っていたんです。それが偶然にも奈須さんの意図と合致していたことがわかって、私の方から「最後は私自身が作曲まで担当したい」と申し出て、承諾をいただきました。
――その打ち合わせを経て、「時計」の制作はどのように進んでいったんですか。
当時はなかなか制作に取り組む時間を作ることが難しかったのもありますし、楽曲制作にはかなりの時間を要しました。
作曲の際は、まずサビの〈こうして僕らの冒険が終わる〉というメロディが浮かんだところから始まりました。なかなか曲が出てこなくてピアノの前で悶々としていて、ふとお風呂に入ろうとした瞬間に「あ、これだ」とひらめいて、慌ててパソコンに向かったのを覚えています。そのサビの部分から前後を作っていきました。
――デモの段階からイントロの鍵盤の音色も真綾さんご自身で入れられていたそうですね。
私は普段、ピアノと歌が同時に始まるデモを提出することが多いのですが、今回ちょっと頑張って最後にイントロをつけました。「止まっていた時計が動き出し、セピア色の世界が色付いていく」ようなイメージを形にしたくて、パソコンの中にあるアップライトピアノのような、少し調律が曖昧で雨に濡れたような音色を選んでデモに入れたんです。「後でアレンジャーさんにかっこいいイントロをつけてもらおう」と思っていたんですが、アレンジャーの江口亮さんがその意図を汲んでくださり、デモ段階の音色やニュアンスを大切に残してくださいました。
――そうだったんですね。イントロから神聖な雰囲気が伝わりますし、救いや祈りの力を感じさせる曲でもあると思います。真綾さんが「時計」というタイトル、そして歌詞に込めた想いはどのようなものですか。
タイトルは、最初から「漢字二文字」でありながら「素朴で身近な言葉」にしたいと考えていました。これまでは「独白」や「躍動」といった少し難しい言葉が続いていたので、最後はあえて飾り気のない名詞を選びました。
歌詞の中では、時間が進むことの「無常さ」と、同時にそれが「救い」でもあるということを描きたかったんです。何かが終わる時、人は「もう何を楽しみにすればいいのか」と絶望することもありますが、それでも現実は進んでいく。その「時計が進んでいる」という事実が、いつか誰かの救いになればいいなと思っています。
また、〈羽が乾いたら〉というフレーズには、羽が雨に濡れてしまった時は、すぐに無理をして飛ばなくていいという想いを込めました。弱まっている自分の状態を認めて、休んで、乾いてからまた飛び立てばいい。大人になると感情に蓋をしてしまいがちですが、しんどい時はしんどいと感じることを自分に許してあげてほしいという、私なりの優しさです。
――〈真っ白に広がる 次のページへ〉という清々しいフレーズも印象的です。
曲の最後に〈真っ白に広がる 次のページへ〉という前向きな言葉を置いたのは、終わることの寂しさを知りつつも、一緒に終わらせることの美しさを伝えたかったからです。例えば、この座組みで作品を作るのはこれが最後かもしれないという切なさは、芝居やライブの現場で常に感じていることで、だからこそ、その終わりの瞬間を分かりやすく前向きに締めくくりたかったのです。
――「FGO」シリーズに携わってきたことは、真綾さんの30年の音楽活動の中でも大きなピースのひとつだと思います。一連の制作を振り返って、どんなことを今思いますか。
『FGO』が2015年にローンチされた時には、これほど長く愛される作品になるとは誰も想像していなかったと思います。私自身が個人的に思うのは「こんなことがしたいな」「ああなったらいいな」と先を想像して物語を進めていく時ってすごくエネルギーがあって頑張れますが、それを終わらせることって最初に考えてないことだし難しいこと。特にこれだけ人気のある作品であれば、次のシリーズに移行してなんとなく続く形にすることもできるはずです。だけど『FGO』はここで一区切りをつけるという使命を持って、それに向かって奈須さんを中心に作り手の方たちが身を削って良いランディングを目指しているのもわかっていたので、すごく尊いことだなと感じていました。
奈須さんとの打ち合わせの中でとても心に残っているのが「喪失感は宝物になるよ」という言葉です。私自身はそんなにゲームに一生懸命にのめり込んだ経験はないんですが、アニメやゲーム、ライブも含むエンターテイメントって、受け手を楽しませることで日々の些末なことを忘れさせてあげることがひとつの役目だと思うんです。でも同時に、それが過ぎ去ればまた日常に戻らなければいけないことも決まっていて。なのでゲームをしている時、ライブを観ている時を、現実と切り離された、ただ楽しかった時間で終わらせるのではなく、終わった後に宝物のような感覚が残って欲しいなと私も思うんです。
――それは真綾さんのアーティストとしてのあり方にも繋がってくる話ですね。
そうですね。ライブや物語が終わった時に感じる喪失感は、決して虚無ではなく、何かが自分の中に残って次へ向かう力になる。エンターテインメントの使命とは、現実を忘れさせるだけでなく、日常に戻った時に「あの時の気持ち」を思い出せるような、ささやかな何かを残すことだと思っています。
――あらためて、この「時計」という曲に込めた想いは、どのようなものでしょうか。
『FGO』の主人公のひとりが盾を持って戦うキャラクターであることは、私の中でずっと印象的な設定でした。その、盾だけで戦う女の子のイメージを、最後には絶対に入れたいと思っていました。人生には無数の選択肢がありますが、選ばなかった道は消えてしまうのではなく、「選んだ道を最善にするための盾」となって自分を守ってくれている。そう考えることで、過去のしんどかった選択も肯定できる気がするのです。
――30周年という節目に、これぞ坂本真綾の音楽だと胸を張れるような素晴らしい名曲を生み出されたんじゃないでしょうか。ご自身にとって、その手応えはいかがでしょう。
デビュー30周年というタイミングで、自分の作曲で「時計」を生み出せたことは本当に嬉しいです。作詞家の岩里祐穂さんからも「今まで真綾ちゃんが書いた曲の中で一番好き」と仰っていただき、大きな自信になりました。
この曲は『FGO』を知らない方でも、4月の出会いや別れの時期に自分を重ねて聴ける曲になっていると思います。私自身にとっても、30周年という華やかなひとつの節目を終えたら、また次の何かが始まるという今の状況に深くリンクしています。
この10年、『FGO』のおかげで出会えたものや学べたことは数えきれません。奈須さんという繊細でピュアなクリエイターと共に歩めたことは、私にとって素晴らしい修行であり、学びの場でした。これからまた、真っ白なページに何を描いていくのか。私自身も楽しみにしながら、歌い続けていきたいです。
interview & text 上野三樹
