Wakana

SPECIAL

「Wakana Cover ~Anime Classics~」
セルフライナーノーツ

  1. 時には昔の話を

    MUSICIAN:Piano Sin / 1stViolin 今野 均 / 2ndViolin 徳永友美 / Viola 長石篤志 / Cello 西方正輝

    素敵な曲と歌でアルバムは幕開けます。Wakanaさんはたびたびジブリ作品が好きだと言ってこられましたが、その中からの楽曲ですね。

    映画『紅の豚』のエンディングテーマ曲です。歌ってみると、“時には昔の話を”の私の低音域の歌に対して“いいね”“新しいよね”と周りの方が言ってくださったんですよ。それもあって、アルバムのリード曲にして、MVも作ってもらいました

    加藤登紀子さんが歌われた「時には昔の話を」のオリジナルの歌は、スモーキーで大人の人生観が滲んだものでした。Wakanaさんの歌には透明感があって、ご自身なりの表現になっていますね。

    今の私が歌うにはまだ早いんじゃないか、という歌詞ですし。加藤登紀子さんは当時40歳代だったそうで、作中で(マダム・)ジーナとして歌われた歌は、年齢以上の深みを感じますよね。MVを撮っていただいた監督さんが“今のWakanaさんに昔があるように、昔のことを思い出すのに年齢は関係ないです”とおっしゃっていたんですが、本当にそうですよね。今の私が歌うことを恥ずかしがらずに、リラックスして歌いたいと思ってレコーディングしました。その上で特に大切にしたのは、言葉1個1個の響きなんです。ストーリー性が曲と歌詞にありますし、さらにヴォーカルで想いを乗せ過ぎてしまうと過剰になるから

    歌の冒頭、<時には>とそっと入る感じが語りかけているようであり。ここにある親密な温度が、Wakanaさんの「時には昔の話を」なんだな、と思いました。

    語りかける感じはイメージにありました。あと、この歌い出しは息づかいをそんなに入れずに、急にすっと入る感じを意識しています。思い出って、前置きなくいきなり訪れたりするもので、そういう感じを出したかったんです。歌全体としては、温かくなるメロディの曲ですから、自然と声の出し方も、熱量ではなくて、温かみのあるものになる。それは、ハートの温かさなんです

    そして、歌は最後の〈走りつづけているよね どこかで〉でグッと感情が乗ります。

    はい、この歌の先であり、アルバムという意味では、次の曲へ繋げたい、という想いから、走っている感じをイメージして、ラストは強めにいきました

    歌詞的には、目の前にいない人に向けて言っている言葉でもありますし、遠くにいて、でもきっと同じように走り続けている相手に繋がっていく歌ともとれそうですね。アレンジは、ピアノから始まって、1番の前半はピアノと歌だけで進んでいく。アプローチはオリジナルの世界が残されていて、フレーズでは新しい解釈がなされています。

    本当に素敵なアレンジなんですよ。私は、オリジナルの間奏の、広がる感じが好きなんですね。今回アレンジしてくださったSinさんの間奏は、楽器がたくさん鳴っているわけでもないのに、エモくて、広がりが表現されている。聴いて惹かれました

  2. やさしさに包まれたなら

    MUSICIAN:Piano 櫻井美希 / 1stViolin 室屋光一郎/ 2ndViolin 上里はな子 / Viola 馬渕昌子 / Cello 堀沢真己 / Tin Whistle 野口明生

    2曲目もジブリ作品から。映画『魔女の宅急便』のエンディングテーマ「やさしさに包まれたなら」が来ます。オリジナルが荒井由実さん。シングルはピアノアレンジでしたが、映画ではアコギが鳴るカントリー調のアルバムバージョンが使われていましたね。

    レコーディング前日まで、このアルバムの中で一番緊張する、と感じていた曲でもあります。というのも、『魔女の宅急便』という作品への思い入れも特別に強くて、大切な曲ですし、ユーミンさんだからこその曲だとも感じているんです。その楽曲を今、自分が歌う上で、可愛くなり過ぎたくなかったんですね。かと言って、冷たくもなりたくないし、少女の軽やかさも忘れたくなかった。そこでアプローチに悩んだんですよ。結果、劇中のラストで、トンボ(コポリ)が自転車で空を飛ぶシーンを重ねて。小型飛行機が海面近くをスーっと滑るように飛んでいくイメージを忘れずにいようと思えたんです。すると、真っ直ぐに歌えたし、素の声になったと感じています。“おはよう”と普段挨拶するような声で歌っている、そういう歌になりました

    笑顔が浮かぶような歌だと思いましたが、これはトンボのシーンから来たんですね(笑)。

    キキが空を飛ぶシーンより、なぜかトンボだったんですよ(笑)。特に、曲の始まりがイメージに合いました

    軽やかさは、<神さまがいて>の“か”のアタックの感じや〈心の奥にしまい忘れた〉というフレーズの歌に感じます。

    <神さまがいて>の“か”の音は角を取った歌にしました。それに<心の奥にしまい忘れた>の低音域の歌は、クールにも出せるところでしたが、敢えて明るく、かつ喉のすれ感を大事にして。丸っこく歌っても、すれ感があるからギリギリ大丈夫みたいなところを狙っていました。その中で、1番のAメロ<夢をかなえてくれた>は、少し可愛過ぎたかな?と、悩んだところでもあるんです。周りのスタッフさんの“これはこれでいいと思うよ”という言葉に背中を押してもらってこの歌にしました

    アレンジとしては、ピアノとバイオリン2人とヴィオラ、チェロのアンサンブルで構成されていて、元になったカントリー調の素朴な跳ね感に、軽やかさと弦独特の優雅さが加わっていますね。

    イントロで弦が入るこのアレンジがすごく格好良くて。ここを聴いた時に、アルバムの1曲目のイメージも浮かんで曲順は悩みました。私の希望で、櫻井(美希)さんにお願いしているんですが、それはユーミンさんという絶大なる女性が作った曲であり、大好きな主人公キキという少女を想い出させる曲だからこそ、女性にアレンジをしてもらいたかったんです。仕上がってきたものは、軽やかで爽やかで可愛くて、本当に素敵!と思いました。この軽やかさは、キキなのかもしれないですね(笑)。このアレンジを聴いて、彼女が軽やかにステップを踏んでいる姿を思い浮かべました

  3. Rain

    MUSICIAN:Piano 兼松 衆 / 1stViolin 室屋光一郎 / 2ndViolin 上里はな子 / Cello 堀沢真己

    オリジナルの大江千里さんではなく、映画『言の葉の庭』の主題歌として使われた秦 基博さんのバージョンが今回のカヴァーの元になっていると考えていいんでしょうか?

    新海 誠監督の作品を私はすべて観ていて、『言の葉の庭』で秦さんが歌っておられた“Rain”がまずありました。この曲は、スタッフさんが挙げてくれたんです。そこで改めて聴かせていただいたら、やっぱりいい曲だな、と思えました。大江さんと、秦さんはまた違ったアプローチの歌でしたが、やっぱりお2人は男性ですから、その良さがあると思うんですね。男性目線で綴られたこの歌詞を、女性の私の想いを乗せて歌った時に、お2人のどちらの表現にもいけないというか。感情を乗せ過ぎるとどうしても格好悪くなってしまう気がしたんです。だから、その1歩手前に落とし込みました

    ピアノとバイオリン、チェロという編成のアレンジも込みで、しっとりとした質感の曲になりましたね。

    しっとりとさせたいという想いはありました。歌う時に大切にしたのは、“響き”なんです。例えば<道路わきのビラと壊れた常夜燈>のラインなら、”ビラと”と”常夜灯”の語尾の韻ひとつ、響きの違いを意識したり。あと、<肩が乾いたシャツ>からの3番Aメロのブロックの変化が重要なポイントでした

    3番Aメロはアレンジ的にピアノのみになって、演奏も静けさを帯びるところですね。

    歌詞的にも、どしゃぶりだった雨がここで小降りになっている。場面が変わるんです。アレンジを手がけてくださった兼松(衆)さんは、演奏に雨の変化を入れてみました、とおっしゃっていて。私自身曲の冒頭、イントロのピアノの繰り返すフレーズから雨を感じていましたし、弦から雨の中で足元が滑るような、足がからまるような表現を感じていたんですね。そして、この場面転換でその演奏が静かになる。それに合わせて、ヴォーカルは囁くようにを意識してアプローチしたんです。さらにこのブロックの最後の<こんなふうに きみとは終われない>を強くいきたくて。ただこの後、ピアノが力強く響いてくるから、兼松さんと相談して、歌は強さを少し抑え目にして、その後の“Lady”からを全力にすることにしました

    3Aは、<今日だけが>のヴォーカルにエアー感があることで、後に来る<きみとは終われない>はしっかりと力を感じる。そういうストーリーが描かれていますね。

    そこは描きたかったところです。繰り返しが多い曲でもありますし、どのサビも違う雨の景色にしたかったんですね。中でも、3Aでは、主人公が“きみ”のことをしっかりと好きでいると感じましたから。そういった意味でも、ヴォーカルで物語を感じてもらいたかったんですよ

  4. いのちの名前

    MUSICIAN:1stViolin 室屋光一 / 2ndViolin 上里はな子 / Viola 馬渕昌子/ Cello 堀沢真己

    いのちの名前」は、ジブリ映画『千と千尋の神隠し』からの楽曲です。

    『千と千尋の神隠し』という作品自体も、この曲も大好きなんですよ。インストバージョンも知られていますよね。今回のカヴァーでは兼松さんにアレンジをお願いしたんですが、“ピアノなしの編成でいきます”とおっしゃっていて。久石(譲)さんのピアノが心に焼きついていますし、ピアノレスでどうなるんだろう、とワクワクしていたところ、想像を超えるアレンジになりました

    スローテンポの中鳴る弦も、音数が少ないというか……。

    本当に繊細なハーモニーで構成されているんです。ストリングスの方の録音中も息を飲むような静謐さがあって。入ってくる音に、ドキっとするようなレコーディングでした

    Wakanaさんはこのアレンジからどんなインスピレーションが湧いたのでしょうか?

    最初のハーモニーが入ってくるところに、静寂を切る感じがしたんですね。真っ暗なところからそのトンネルをそっと抜けて光が差し込むような……アニメの世界観に通じる景色が浮かんだんです。そして乗る歌詞は想いが強い。ただ、最初からいき過ぎない、と決めて、大事に歌いました

    歌の入りでもある1番のAメロは、繊細な感情が交ざっている感じがします。

    笑顔じゃなく、優しさでもなく。少し内緒話をするような感じがしますよね

    曲全体的に大きくて透明感があるヴォーカルの中で、今挙げてもらったラインもそうですし、例えば1番のサビの<声にほどかれて>の中音域も豊かな響きですね。

    “いのちの名前”はかなり音的な高低差がある曲なんですね。それでも良い声が乗せられた曲だと自分でも思っています。曲全体の透明感については出したかったところでもありつつ、このメロディに呼ばれて自然と出るものでもあるんですよね。意識して大切にしたのは、声の鳴りでした。これは、アルバム全体で言えることでもありますね。“Rain”も、キーが低い上、台詞のようでもある歌に鳴りが必要でしたし、“やさしさに包まれたなら”も鳴りを大事にしています。鳴りの種類が、1曲1曲で違うんですよ

  5. やつらの足音のバラード

    MUSICIAN:Piano Sin

    ここから2曲、Wakanaさんがカヴァーすると聞いた時、意外に感じた曲が続きます。「やつらの足音のバラード」は、テレビアニメ『はじめ人間ギャートルズ』のエンディングテーマでした。放送が1974年~1975年ですから、世代的にもズレていますね。

    スタッフさんから推薦があった曲です。私が生まれる10年前のアニメの楽曲になりますが、平井堅さん、斉藤和義さん、PUSHIMさん……いろんな方がカヴァーされていて、愛されていますよね

    そうやって多くのアーティストさんがそれぞれの解釈で歌われてきた曲をWakanaさんは、ピアノのみを伴奏に歌っています。

    届いたアレンジを最初に聴いた時、ムーディで、私も意外でした。そして、この曲をどうアプローチするか考えた時に、せっかくこういう雰囲気のあるピアノだから、<雲>とか<時>という変哲のない言葉すら、ムードを感じるものにしよう、と思ったんですね。それで、いつもよりも息を多めに混ぜて歌って。出したことがない歌声になりましたし、私なりの歌にできた気がします

    ピアノアレンジとヴォーカル込みで、ハイクラスのホテルのラウンジで歌われているような雰囲気がありますね(笑)。

    大人の雰囲気が出ましたよね。歌詞に<ブロンドザウルス>とか<イグアノドン>って出てくるから、どうしても引っ張られてしまう。それを除く方法を考えた時に、優しく歌うことだな、と。加えて、レコーディングブースの雰囲気からムードを作って歌ったんですよ。さらに、座って歌っています。あと、Sinさんが、“この曲は、ヴォーカルにほぼエフェクトをかけないです”とおっしゃったんですね。生っぽい歌になるんだな、ということで、歌う時に耳に返している声もエフェクトをかけないようにしたんです。そういったレコーディングの環境を整えてから、歌録りをしました

    ムードがあるなかで、<生まれた 生まれた 何が生まれた>や<ブロントザウルスが ほろび>といったフレーズにしても、言葉と語尾が丁寧に表現されている気がしました。

    <生まれた>とか“なんとかした”という言葉が続く箇所が何回か出てきますから、違いを楽しめる歌にしたかったんですね。だから言葉一つひとつを大切にしつつ、さらに、1番、2番、3番でそれぞれ独立した世界観を大切にしているんです。そこは、Sinさんのピアノアレンジが、それぞれに違いがあったから。それに乗っかりました

    ムードだけでなく、ピアノに寄り添った歌ですよね。<山が火を噴き>の言葉の詰まり感ひとつとってもそうですし。

    少し遅らせたり、少し走ったり(テンポに対して速くなること)というタイミングも合わせたかったんですよ。だからピアノを聴き込んで、ヴォーカルのアプローチを作っています。<山が火を噴き>は、特にピアノに合わせることを意識した場所ですね

  6. Get Wild

    MUSICIAN:Piano Sin / 1966カルテット(1stViolin 松浦梨沙 / 2ndViolin 花井悠希 / Cello 伊藤利英子 / Piano 増田みのり)

    女性4人のインストグループ・1966カルテットが参加されていますね。

    12月22 日に『Anime Classic 2020』というライヴを予定していて、そこに1966カルテットのみなさんが参加してくださるんです。それもあって、是非アルバムでも、と思った時に、“Get Wild”がぴったりだな、と。彼女たちは、ビートルズのカヴァーをしているし、こういうアップテンポの曲をガシガシ弾いてもらいたかったんですよ。1966カルテットのみなさんは、レコーディングでも立って弾かれるんです。とても躍動感のある演奏になっています

    弦の奏者で立って録音するって珍しいですね。“Get Wild”も、いろんな方がカヴァーされている曲です。

    曲が使われたアニメ『シティーハンター』と共に広い世代に愛されていますし、本当に多くの方がカヴァーされていますから、Wakanaとしてどう歌うか、考えました。ヴォイストレーニングの先生にも相談して、“サビが強い曲だし、全体を強めにいくべきですよ”というアドバイスもいただいたんです。言葉数が多いですし、格好つけずに強めに言葉を投げていきたいな、と思って歌いました。特に印象に残ったのは、弦の“ヒュン、ヒュン”という音なんです

    2番のBメロの弦ですね。

    あのアプローチが好きで。そういう鋭利な感性の弦のフレーズが散りばめられていますし、刺激されて歌声にも尖った感じがほしかったというところもあります

    弦という楽器とWakanaさん本来の歌声の質として、スピード感と切れのある曲は相性がどうなんだろう?と楽しみにしていましたが、完成した曲は自分のものになっているな、と感じました。<スリルに>といった、音が詰まった箇所も、アタックを当ててアクセントにしていたり。

    そういった詰まり感や、サビの繰り返し感がオシャレな曲ですから、そこは意識しています。特に繰り返し感は、打ち込みと生楽器の編成とでは違いますよね。そこはアレンジが格好いいし、歌が引いていてはいけない、と、駆け抜けました

  7. 風のとおり道

    MUSICIAN:Piano 櫻井美希 / 1stViolin 室屋光一郎 / 2ndViolin 上里はな子 / Viola 馬渕昌子 / Cello 堀沢真己 / Tin Whistle 野口明生

    曲調がガラッと変わって、「風のとおり道」が始まります。少しリバービーで澄んだ声がゆったりと響く曲の入り方も素敵です。

    私が事前にお伝えしたイメージを汲んで、櫻井美希さんがアレンジしてくださったんです。お伝えしたのは、“無風のところから、だんだん風が集まってきて、間奏明けのサビの<森の奥で……>が流れる頃には、グルグル風が大きく生まれ変わる感じなんです”。その、無風のところから生まれた風を、声で表現するためのアカペラ始まりなんですよ。そして、間奏はエネルギーが渦巻いていますよね。これは、“グルグルした感じ”が形になっています(笑)

    この曲はインストも有名です。そのインストもオリジナルも神秘的な響きを持っていますが、世界観はWakanaさんのカヴァーにも受け継がれていますね。

    荘厳さは絶対に失わずにいたかったんですね。同時に櫻井さんのアレンジは、明るいというより、密やかで影がある感じがして、そこが素敵だな、と思っています。また、櫻井さんのピアノにジブリ感があっていいんですよ。雨の中、メイちゃんとサツキが雨宿りをしている雰囲気が出ていて、可愛い! 萌えましたね

    そして間奏明けのチェロのロー感とヴォーカルの響きがいいです。

    演奏してくださった室屋ストリングスさんって、常にまとまり感がありながら、かつそれぞれの楽器がキッチリ立って聞こえるんですよ。この間奏明けのサビを歌っている時は、チェロの音が体に響いて。<森の>という歌の出だしも、やり過ぎたかな、っていうくらい〈も〉の前の“ん”の音を感じた歌になってるんですね。それくらい深みが出るオケでしたし、ここは歌に深みが欲しかったんですよ

    歌の深みは全体的に感じます。

    はい。歌は線のようにずっと繋がっている感じにしたかったですし、音程的に高いこの曲はともすれば聴き疲れてしまうけれどそこは避けたくて。そのためにも深みと、声の角をとる、ことを意識して歌っています

    雰囲気がある歌の中でもアクセントになっているのは、<フワリ>の表現ですよね。

    4回出てくる中で、2種類の<フワリ>を歌い分けています

    メロディの流れにのった<フワリ>と崩したものの2種類。

    櫻井さんが掲示してくださったのは、崩した<フワリ>でしたし、アカペラはこのほうがいいな、と思ったんです。ただ、オケが入ってからは、重さが欲しかったというか、風がだんだん強くなっていくイメージだったから、メロディに添った<フワリ>にしたんですね。そして最後は、しんとまた風が止んでいく、ふわっとした瞬間を表現したくて崩した感じにしました。これはヴォーカル録りでアカペラの部分を歌っている時に、崩した<フワリ>が自然と出てきたから、今日の歌は、こうなんだ、って。そこで歌い方を決めました。このアルバムでは、全体的に“今の声”を大切にしています

  8. 君をのせて

    MUSICIAN:Piano Sin / 1stViolin 今野 均 / 2ndViolin 徳永友美 / Viola 長石篤志 / Cello 西方正輝

    ジブリ映画『天空の城ラピュタ』の主題歌として使われた1曲です。

    “君をのせて”も私にとって子供の頃から歌ってきた身近で大切な曲なんですよ。愛している期間が長い分、自分の中に刻み込まれた“君をのせて”が明確にあって。それを今どう表現するか考えたんです。ただ考え過ぎて力むこともなく、歌をリラックスして歌えるようになってきたからこそ、歌いやすくて。フラットに歌えました

    2番のサビでグッと力強く歌が響いた後、最後にAメロがくる。余韻感というか、この物語が続いていきそうな雰囲気も良かったです。

    <父さんが>からのサビのメロディは高音に展開するし、気持ちの高まりに乗せて歌いたくなるんです。でも、〈地球はまわる〉からのAメロは丁寧に歌を届けたい。パワフルと繊細が混在している難しさがある曲でもあるんです。そこは、体に染みこんでいるものが助けてくれました。あと、<さあ でかけよう ひときれのパン>の“パン”。私は“ン”の発音が好きで、こうしたいと感じたまま“パン”と歌ったら、“むっちゃパンだね”と言われて。抑えて普通のパンにしました(笑)

    この曲も、歌の響きが心を震わせます。

    あまりにも有名な曲ですし、歌詞の世界観は多くの人が知っていますから。鳴りと響きと、メロディとの兼ね合いに意識を傾けているところがあります

    あと、間奏に入っている“Ha Ha”というコーラスも曲の世界観を広げていますね。

    このコーラスは、レコーディング現場で、Sinさんに“できる?”って振られたんですよ。入れたことで良い空気感が出ました。このコーラスと通じているのは“風のとおり道”に入れた“Woo Woo~”のコーラス。これは、風の子供が生まれた感じがして気に入っています。こうやって、レコーディング中に生まれたアイデアが形になっていくことも今回はあって。今まではガチガチに決め込んでいたところから、柔軟にできたんですね。コーラスを積んでいくことに対しても、音と歌を理解しているからこその楽しみ方ができました

  9. 愛にできることはまだあるかい

    MUSICIAN:Piano Sin / Violin 今野 均 / Cello 奥泉貴圭

    新海 誠監督の映画『天気の子』で使われたRADWIMPSの「愛にできることはまだあるかい」。描かれている心情が、繊細でモロい一面もありますね。それをWakanaさんがどう表現するか興味があったのですが、Aメロを丁寧に紡いでいく感じとか、良かったですよ。

    今まで歌ってこなかった内容ですし、言葉を大切に表現することを意識したんです。その中で、ワンコーラス目はいき過ぎずに。<絆とかの魔法>というフレーズもトゥーマッチにしたくなかったんです。対して2番の<果たさぬ願いと>から<抱えて生きてる>の4行は想い入れを持って歌いました。ここは仮歌で出た表現を大事にしたかった。ピアノのSinさんと、バイオリンの今野(均)さん、チェロの奥泉(貴圭)さんがオケを録った後に、仮歌を入れたんですね。そこでふっと降りてきたものがあって、自由にやってみようと歌った表現が自分の中で良かった。ポツポツ歌ってみてもいいのかな、と感じていたんですけど、一つひとつに深いストーリーがあると仮歌を歌っていて感じたし、その歌を聴いて、感情を入れて表現しよう、と思えたんです

    この4行には、叶わぬ再会、降り積もる憎悪、許し合う声……いろんな感情や営みが入っていますよね。

    それが私たちの住む星の営みだなと捉えると尊いし、生きるって面倒臭いな、と思ったんですよ。いちいち感動していちいち心を揺らして大変だな、って。そしてそれは『天気の子』にも繋がっていると思うんです

    そしてDメロの歌がエモくて。ここにある〈希望を持たせたか〉の中音域は迫力があって、活きていますね。

    チェロの立ち位置がしっかりしていたんです。そこで、無茶苦茶感情的に歌おうと思わされました。野田洋次郎さんは淡々と歌われているところがあって、だからこそ訴えてくるものがあると思うんです。でも、私はそう言ってられなかった。それでいいのかな、と思っています

    その表現の仕方の違いがカヴァーする意味ですよね。感情が表に出た歌だからこそ、Dメロ明けの<答えてよ>に続く最後のブロックの静けさを帯びる歌にある慈愛感が引き立っていますよ。

    そう感じてもらえたら嬉しいです。<答えてよ>から次の<愛の歌も>に入る間に、1拍分休符を増やしたんです。気持ちの切り替えにその1拍が必要でした

  10. 夢のゆくえ

    MUSICIAN:Piano 兼松 衆 / 1stViolin 室屋光一郎 / 2ndViolin 上里はな子 / Cello 堀沢真己

    アルバムの最後を飾るのは、映画『ドラえもん のび太のドラビアンナイト』のエンディング曲ですね。

    アルバム収録曲を公開した時に「嬉しい!」というお声が多かった1曲ですね。それに私も、小さかった頃に上映された、ドラえもんの映画はすべて観ていて、使われている音楽たちを作品の欠かせないものと捉えているんですね。昔のドラえもんの映画の曲は、武田鉄矢さんが作詞をされていて、少し切ない歌詞の曲も、温かい曲も、どれも素敵なんです。“夢のゆくえ”はこの明るさが印象に残っていて、絶対にアルバムに入れたいと思っていました。今回のアレンジもドンピシャで、心に来る。手がけてくださった兼松さんの思い入れを感じました

    温かく包み込むような響きを持った歌とアレンジで、アルバムの最後にぴったりですね。

    私もそう思いました。実はこの曲のヴォーカルレコーディングの日、いつも通りの時間に布団に入ったんですけど、寝つけなくて。睡眠不足でフラフラしながらスタジオ入りしているんです。だから眠そうな声になるかな、と思っていたのに、いざ歌うといい声が出た。それで自然と楽しい気持ちになって、そのまま歌えたんですよ。余計なことを考えなかった、というところでもいい方向に転びました。改めて曲に向き合ってみて、こんなにも素直で、温かく、優しい言葉があったんだと思わされましたし、この歌詞を表現するために、シンプルな声で歌いたかったんです。その通りレコーディングでは、とにかく言葉を大事にして歌おう、というところで雑念なく歌えた。囁いている気持ちでもあり、優しく自分の声を失わずに歌いたかったから、その通りになりました

    2番のBメロ明けのサビは、ピアノのリリカルな響きと弦の奥行き、歌のハーモニーが素敵ですね。

    この演奏、泣いちゃいますよね。兼松さんがピアノを演奏してる姿もドラマチックで、格好良かった。“Rain”も“夢のゆくえ”も兼松さんはピアノを弾いた後、“どうですか?” って聞いてくださったんですね。私、“僕たち泣いています”って思わず返していたくらい、素敵な演奏です!

TEXT:大西智之