小泉 今日子
koizumi kyoko

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2021.03.22

<唄うコイズミさん 筒美京平リスペクト編>ライブレポート

 この場所のこと、私、知っている。ひさしぶりだからちょっとキョロキョロしてしまうけど、もうずっと何年も通ってた場所だから。この空気、この光、この音で思い出すことがたくさんあるから。
 まるであたりの気配と匂いをくんくんと探る猫のように、カメラは進む(このオープニング映像の撮影は小泉今日子)。

 「(みんなが心が弱ってるときに)『元気出しましょー!』って感じは私はできないんですね。なんか、猫がすっと何気に隣で座ってくれる、みたいな感覚のことがやりたかった」と彼女はインタビューで語っていた。ああ、このイントロダクションは小泉今日子にとっての猫の視線なのかもしれない。



 小泉今日子配信ライブ<唄うコイズミさん>の第二回は、<筒美京平リスペクト編>。彼女にとって39回目のデビュー記念日である3月21日に、彼女が数えきれないほどのレコーディングを行なってきた、いわばホームといえるビクタースタジオの<301スタジオ>から配信された。

 昨年10月に亡くなった作曲家、筒美京平さんは、83年5月の5thシングルで、アイドルとしても大きな転機となった「まっ赤な女の子」以来、小泉今日子のシングル、アルバムで30曲を超える楽曲を提供してきた。シングルA面だけでも10曲に及ぶ。こうして筒美楽曲だけでライブする機会があったとしても、全曲を自分の持ち歌だけで統一できる幸運を持ち合わせている人は、他にはいない。

 そんな記念すべき夜、最初にどの曲を唄うのか。まずは呼吸を整えるように鳴り出したのはシェイカーの音。心地よく波打つリズム。そして加藤いづみさんのコーラス「Don't you cry, never mind, don't you cry, never mind..」が聴こえてきて、ドキドキした。

 その曲は、1984年のアルバム『Betty』(全曲の作曲を筒美さんが手がけた)に収録されたひそかな人気曲「今をいじめて泣かないで」だった。アコースティックな演奏が、2021年の彼女にやさしくフィットする。銀色夏生さんが歌詞で描いた十代の女の子の心の揺れも、この不安な時代に暮らすいろんな人たちにかけてあげたい言葉みたいに思えてくる。次の「Kiss」もシングル「水のルージュ」(87年2月)のB面曲。この冒頭の2曲は長年のファンにはうれしいプレゼントだし、ヒット曲を中心に彼女を知っている人にはかなりのサプライズでもあったはず。

 続けて「魔女」を歌った彼女は、筒美さんが手がけたヒット曲の数々を「宝物」と表現し、「一緒に歌ってくださいね」と画面の向こうに呼びかけて、めくるめくヒット曲が並ぶ“粋なメドレー”がはじまった。

 「水のルージュ」「まっ赤な女の子」「半分少女」「迷宮のアンドローラ」「ヤマトナデシコ七変化」……、そして熱くなってきたタイミングで「なんてったってアイドル」。「Yeah!」のシャウトにあの頃の小泉今日子の姿がダブる。「なんてったってアイドル」を唄い終えると、呼吸を整えるように「何十年ぶりでしょうか? アイドルは、やめられない?」とMCして照れ臭そうに笑って、こう続けた。「その人たちの歌を聴いて楽しくなるとか、いやなことを忘れられるとか、私もそういうものを(歌に)もらってるから、私もそういうことができたらなと思ってます」

 メドレー最後はアカペラからはじまる「夜明けのMEW」。息もつかせぬ構成だったけど、誰かに急かされるのではなく自分のペースで生きている実感がこもった十数分だった。

 メドレー明けの一曲は「ガラスの瓶」(95年11月)。筒美さんと作った最後のシングル「BEAUTIFUL GIRLS」のカップリング曲で、両面とも作詞は小泉今日子。筒美さんに音楽人生が大きく変わるきっかけをもらった女の子が、作詞パートナーに成長して再会した曲でもある。この曲をライブで唄うのは初めてじゃないかなと彼女は言っていた。そこから「夏のタイムマシーン」への流れにもグッとくるものがある。

 「16歳のときにデビューして一歩前に出てがんばったから今の私がある気がするし、今の私ががんばったら過去の私も前に進むんだろうな」

 「昔はよかった」的なノスタルジーじゃない。さりげなく、だけどきちんと、自分がもらった名曲という宝物に今の自分が息を吹き込む。<唄うコイズミさん>でやりたいことって、まさにそれなんだろうな。

 この夜を締めくくる最後の曲を彼女は、こう紹介して唄いはじめた。

 「意外かなあ? 好きな人も多いかなあ? どうだろう?」

 その曲は、アルバム『Betty』のラストナンバー「バナナムーンで会いましょう」。当時歌ったオリジナルのキーで、サビの高いところまで伸びやかに。「(筒美さんの楽曲では)自分でも『こういうのも歌えるんだ』とか『こういう声が出るんだ』って驚いていた」と彼女が語っていたことを思い出した。唄うのって楽しい。次はみんなと実際に会えたら、もっと楽しい。今夜のドラマはこれでハッピーエンド。だけど、きっとこのエピソードには続きがある気がする。




文:松永良平
写真:岩澤高雄

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