松田 美緒
ピタンガ!
Pitanga!

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01
オラソン(祈り) ORACAO
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02
バイーア~サパテイロ通りの坂下で NA BAIXA DO SAPATEIRO(BAHIA)
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03
パライーバ PARAIBA
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04
メロヂア・センチメンタル MELODIA SENTIMENTAL
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05
ピタンガ! PITANGA!
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06
旅人のショッチ TABIBITO NO XOTE
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07
マエ・プレタ(黒き乳母) MAE PRETA
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08
ラグリマ(涙) LAGRIMA *LA´GRIMA
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09
イグノポール IGNOPOR
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10
ホマリア(巡礼) ROMARIA
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11
愛の歌 AI NO UTA
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12
オラソン(海の女神への祈り) ORACAO PARA YEMANJA *ORAC,A~O PARA YEMANJA´
"本能の歌姫" 松田美緒の新たな魅力が発揮されたセカンドアルバム
中原 仁
松田美緒の歌声を初めて聴いたときから、まだ1年半も経っていない。なのに、はるか昔からずうっと聴き親しんできたような、不思議な思いにとらわれている。彼女の歌声が、聞き手の本能の奥に眠る何らかの潜在意識を呼び覚ましたから、なのかもしれない。その潜在意識がサウダーデ(サウダーヂ)というものなのだろうか。
松田美緒は、これまで日本人の歌手が海外の音楽を外国語で歌うときに必ず直面したハードルから、完全に解き放たれている。カナダに留学し、ポルトガルに長期滞在し、ヨーロッパをめぐり、カボ・ヴェルデやブラジルに渡り・・、といった旅の人生を若い頃(今でも十分に若いけれど)から送ってきたこともあるのだろう。でも、それ以前に、ポルトガル語圏の音楽とその歌詞を通じての感情表現が、彼女の内なる "歌の本能" と共鳴したのだと思う。ただし、たんにファドやサンバやショーロを現地の人と同じように歌える、というだけの歌手ではない。そのことは、彼女の日本語の歌を聴けば誰もが感じられるだろう。何を歌っても、まぎれもない自分自身の歌として聴かせられる松田美緒は、まさに "本能の歌姫" だと思う。
ブラジル・リオ録音のファースト・アルバム『アトランティカ』で、海(大西洋)をキーワードにポルトガル、カボ・ヴェルデ、ブラジルを結ぶ壮大な音楽地図を描いた松田美緒は、「次は海から陸に上がって大地を踏みしめる感じで、とりあえず爆発しようかと思っています」と話していた。その言葉どおり、続いてはノルデスチ(ブラジル北東部)の中心都市レシーフェで録音したミニ・アルバム『カルナヴァリスタ』を発表。現地の凄腕ミュージシャンたちと組んで、大地の鼓動とカラフルな音の色彩の饗宴を繰り広げた。
そしてこの、フル・アルバムとしては第二作となる『ピタンガ!』。海の女神、イエマンジャーに祈りを捧げたオリジナル曲「オラソン(祈り)」で始まり、バイーア州の古都サルヴァドールの坂道を下り、ノルデスチの乾いた大地を踊るように軽快なステップで進み、内陸部の巡礼に加わり、熱帯の果実ピタンガと出会う。自由気ままな旅の途中に、ポルトガルとブラジルをつなぐ時空のトンネルや、日本人にとっての故郷の原風景が姿を現すなど、これまで以上にスケールの大きな世界観を歌い描いていて圧巻だ。
そんな彼女の旅路を支えるキー・パースンが、マルチ弦楽器奏者のジョアン・リラ。エリゼッチ・カルドーゾのバック・ミュージシャンとして来日したこともあるジョアン・リラは、リオのショーロ界とも関わりの深い人だがノルデスチの出身だ。このアルバムの多くの曲で聴くことができるヴィオラ・カイピーラの名手であり、ノルデスチの音楽文化の体現者と呼べる存在。伴奏者を越えたパートナーとして、松田美緒の新たな魅力を引き出すことに貢献している。
新たな魅力と言えば、このアルバムでは自ら作詞作曲したオリジナル曲が増えた点も聴きどころだ。なお、ノルデスチ音楽の父、ルイス・ゴンザーガとウンベルト・テイシェイラの作品「パライーバ」(注:ノルデスチの州の名前)の日本語詩は、この曲を生田恵子さんが1951年(!)にブラジルで録音したときに作られた歌詞が下敷きになっている。(*)
天性の歌姫であることにとどまらず、シンガー/ソングライターとしての力も備わってきた松田美緒。天衣無縫な自由人のイメージがあるが、何を歌っても足元は大地をしっかりと踏みしめていて、とても頼もしい。この先、どんな旅に僕たちを連れて行ってくれるのだろうか。
*復刻CD『東京バイヨン娘/生田恵子』(VICG-60227) に収録されています。